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第3章

ウルバンの巨砲 2

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 四月十二日――その耳をつんざく轟音は、コンスタンティノポリスの人びとを震え上がらせた。
 ウルバン砲から放たれた五〇〇キロの重さの巨大な石が、テオドシウスの外壁に命中し、切り石のブロックを壊して土煙を巻き上げる。住民だけでなく、ビザンティン兵士たちまでをも呆然とさせた。
 もっとも彼らがしばらく何も対処できず立ち尽くしていたことも、帝国に取り立てて打撃を与えたわけではない。なぜならこの大砲は、あまりに大きすぎるため発射の際に熱がこもる。だから次の砲撃まで冷めるのを待ってからでなければ、砲身が破壊されてしまうのだ。それには実に三時間もの空白を要した。
「発射の反動で土台から大きくずれている」
 ここから眺めていてもそれは明らかな問題だ。見掛け倒しの兵器に過ぎぬ、と言い聞かせ心を落ち着かせている自分……、そうでもしなければ武者震いなのか怖くて震えているのか、レオナルドはわからなくなりそうだ。
「かねてから修正するよう命じておいたはずだが……」
 叱りつけるメフメトの手が剣に触れたのでウルバンは、びくりと飛び上がった。本当に完成するのかと念を押され、ひたすら平謝りするしかなかった。
「必死で努力いたしております。どうか……」
 ここでウルバンを殺してしまえば、巨砲が使い物にならない未完のままに放置されるとは理解しているので、さすがの冷血漢メフメトもこの男に手は出さなかった。
 ビザンティン軍側としてはとにかく、大砲がオスマンの最強兵器ではあっても、一日に発射できる限度は一台につきわずか七発だということがわかった。だからもちろんスルタンは、複数の大筒を作らせていた。すべてがこれと同じ大きさというわけにはいかなかったけれど、今のところ大小含めて一四もの大砲を用意していた。それらは同時に発射されることはなく、順番に時間差で打ち込んできた。
 メフメトは一機ずつテオドシウスの壁のそれぞれの門の前に据え、コンスタンティノポリスの弱点を次々と攻撃し続ける。
 二十キロ離れた所まで聞こえると言われた爆音は、この日からしばらく、東ローマ帝国中に毎日響き渡ることになった。

 もちろんレオナルドたちは、夜になって敵の砲撃が止むと、ただちにテオドシウスの壁の修復作業に取りかかる。翌朝までに補修しなければならない。寝る時間を削ってもだ。作業は、まず崩れた石をできる限り積み直し、それを速乾性の粘土で塗り固めるという手順だ。
 だが砲撃によって細かく粉砕されてしまった切り石は、積み上げてもどうしても元の壁の大きさには足りない。
 この一、二か月間ずっと続けてきた城壁を建設当時の規模に復元する工事で、帝国内に転がっていた石はすでにほぼ使い切ってしまっている。
「やむを得ぬ。大競技場の石の壁を切り崩すしかあるまい」
 皇帝コンスタンティヌスの言う競技場とは、ヴァティカンのあるローマのコロッセオと同じ形の建築物のことだ。今は廃墟と化したその壁は少しずつ壊され、テオドシウス嬢壁の修理に使われ始めた。
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