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最終章 ニューヨーク
エピローグ
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それは、ジャン=ピエールとリサがフランスに行ってしまった翌年の、一月六日のことだ。
マンハッタンのアッパーイースト・サイドにあるルイス邸では、エピファニー「公現祭」を家族で祝っていた。
パーク・アヴェニューと72thストリートの角というアドレスは、この辺りでもさらに人気の高いレノックスヒルに位置する。
細部まで手の込んだ装飾の外観を持つ、十九世紀に有名建築家がデザインした家がジェレミー・ルイス氏の邸宅だ。今では手に入りにくくなった質の良い石の外壁をそのまま残して、中身を配管ごと――つまり内装すべて、モダンで住みやすいように改装した逸品とも呼ばれていた。
こんな贅沢な場所なのに、ルイス邸のような一戸建が、アッパーイーストではちらほら見られる。そのいくつかは、美術館として一般公開されていたりもする。
富豪が次の世代に引き継ぐ時に、マンハッタンから引っ越して住まなくなった家を、相続税の代わりに寄付したのだが……、おそらくその家族は、郊外のゆったりした環境で暮らしたくなったのだろう。まあ相続税が払えなかった、からというのもよくある話だ。なにしろ税額は法外な高さだし、代が変われば社会も変わるから、親と同じ経済状態を保つのが難しくたって人生に失敗したわけではない。さもありなんなのだ。
エピファニーとは、生まれたばかりのキリストの所へ、メルキオール、バルタザール、カスパールの東方の三博士が訪れ、聖母子に礼拝したことを記念する日だ。
クリスチャンの多いヨーロッパではこの日までクリスマスの飾り付けを取り外さないけれど、アメリカでは新年を迎えるとすぐに取り払われてしまうし、パティスリーでガレットが売られているわけでもないので、ヨーロッパほど盛大な行事ではない。
そんな中でもフランスの風習を尊重するルイス家では、毎年家族全員でお祝いの正餐を囲む。正餐も欧風に、つまりディナーでなくフォーマル・ランチとなる。
豪華な食事のふるまわれた後、いよいよアーモンドペースト入りの折りパイ「ガレット・デ・ロワ」の登場だ。
「じゃあポール、どれを誰に配るか決めてね。終わるまで目隠しはしたままよ、いいこと?」
どのピースを誰に――を決める栄誉は、家族で一番小さい子供に与えられるという習慣に従い、ポールの指図で四人の前にそれぞれの分が行き渡った。
「フェリシタシオン!」
ガレットの中からフェーヴを引き当てたシャルロットの頭上には、金色の紙でできた王冠が乗せられた。
女王になった彼女は、食事が終わるとさっそく最初の命令を下すために、テーブルの一番奥の席に座っている人物を見た。
「じゃあ……パパ、わたしにネクタイを結ばせてくれる?」
「え!?」
ジェレミーは凍りつく。
――まだ誰にも……、キャサリンにさえも結ばせたことがないのに?
たじろいでいる父に、シャルロットは威厳を持って告げた。
「女王さまの命令よ」
ジェレミー・ルイス氏が守ってきた、揺るぎない信条だったのだ。独身時代のガールフレンドが結びたいとねだっても、決して触れさせたことがなかった。それが今、滅ぼされようとしている。
けれど彼が感じたのは、屈辱ではなく疼くような快い感覚だった。他の誰にもさせなかったことをただ一人だけ許すとしたら、それは愛娘以外にあり得ないだろう。
テーブルの向かいのキャサリンを見れば、余裕をたたえた顔で微笑んでいる。
「どうぞ、あなたのお好きなように。この子の望みをかなえてあげて」
肩をすくめるジェレミー……。
「オーケー、じゃあやり方を教えてあげよう。おいで」
差しのべられた長い腕は、ダンスの誘いのように優雅だった。
自分の席を離れたシャルロットが、彼の膝にちょこんと腰を下ろし、ジェレミーの首にすがりついてキスを受け止めた。
◇ ◇ ◇
三週間前、パリから届いたクリスマスカードには、結婚した二人の初めての子供がこの夏に生まれることが記されていた。
ジャン=ピエールの言っていた通り、ビジネス・スクールを卒業したリサは、ラングロワ氏に採用されガレット・デ・ロワに就職した。
カードには、リサの短いメッセージが添えられてあった。
『さすがに、アメリカと同じというわけにはいかないみたいです。フランス語はなんとか頑張ってコミュニケーションはとれていますが、ここではそちらにいた時ほど、人びとに甘やかされることはありません』
久しぶりに見た彼女の手書きの文字……、きれいな細い線が思い出を運んでくる。
――そう、西海岸に比べて成功するのが難しいと言われるマンハッタンだが、パリではそれにも勝る狡猾さが必要だ、リサ。母校の教授を訪ねた日、階段教室で生徒たちの後ろに座り講義が終わるのを待っていた間に、見つけてしまったまぶしい女の子……。インターンシップ終了までの短い期間に、ずいぶん大人になったものだ。
一方シャルロットは、かつての憧れの人が自分以外の女性と幸せそうにしている知らせに、最初のうちは落ち込んでいたが、気持ちが癒されてくると「ジャン=ピエールなんかより素敵な誰かを、絶対に見つけてみせるから!」と決意を固めていた。
幼い娘の気丈さが、ある意味でジェレミーの心の支えにもなっていた。
リサのいなくなった淋しさを最も忘れさせてくれたのは、以前より一緒に過ごす時間が多くなった娘だった。女王に選ばれた今年……、シャルロットにもきっと何かいいことが起こるのではないだろうか。
「あの人以上の男性って言っても、リチャードの事じゃないのよ」
リチャードは知り合いの資産家の息子だが、シャルロットとは幼児期から近所のプレイグラウンドで一緒に遊んでいる、兄妹のような仲良しだ。
思わず苦笑しながら、「おそらく別の相手になるだろう」というような、曖昧な答えを返したジェレミーだった。
――もっとも、あの男より素晴らしいとシャルロットが言う輩が現れたとしても、彼女の結婚相手を決めるのは、まだまだ先のことだが。
その許可を与えられる人物は、この世にただ一人……、もちろんジェレミー・ディヴィッド・ルイス氏だけなのである。
◇ ◇ ◇
夜……、キャサリンの輝く金髪に顔をうずめながら、ジェレミーは問いかけた。
「どうして人のネクタイなんか、結びたいのかな」
「あなたをコントロールできると思っているのかしら?」
「でも君は、そういうの興味ないんだ?」
「だって、そんなことでルイス社長を制御できるとは考えていませんもの」
「確かにね。それに……君にはそんな必要はない、カテリーヌ」
フランス語で妻の名を呼ぶのは、彼女を崇めていることを示す時だった。
「あなたって、フェーヴを引き当てなくても王さまなのね。まるで生まれる前からそう定められていたみたいに。でも私は、むしろ民を蹴散らす王のようなCEOが好き」
「ふっ、そんな暴君のような振る舞いをしたら、ルイス・エンタープライズがつぶれてしまって私は君主でいられなくなる」
「だったら私だけに、そうしてくださる?」
一瞬……!
ネクタイを結ばせてくれるようシャルロットに頼まれたとき以上の衝撃かもしれないほど、ジェレミーはうろたえた。
妻の望みは、意外にも自分の希望と一致していた。深窓の令嬢と結婚して以来ずっと、尊敬を込めて愛情を注ぐのが礼儀だと信じてきたというのに。
「お望みとあらば……」
「そういえば教会から手紙が届いてたでしょ? 寄付はあなたの個人資産からでよかったのかって、念のための確認とかって……。大司教があんなに驚かれるなんて、ほんと珍しいこと」
「あぁ、あれは会社の予算でないほうがいいかと考えてね……。実は夢でお告げを受けたのが理由だって言ったら、君に笑われてしまうかな?」
「笑ったりするはずないでしょう? でも、どんなお告げなのか聞いても良くって?」
「ぅ……ん、確か『神に感謝して、その恵みに答えよ』……だったかな」
先日夢から覚めた時覚えていた正確な言葉は――汝の罪は神の愛によって救われた。その恵みに感謝し、喜びをもって岩山に聖堂を建てよ――だった。
ルイス一家が通っている聖パトリック教会に、修繕費等はもう充分足りているようだった。だからジェレミーは、できるだけ現代社会に役立ってもらえる用途に寄付したほうがいいとお告げを意訳し、病気や仕事、家族など諸事情で困っている人に援助をする慈善活動を支援する献金を決意した。
教会は救いを求めて扉を叩いた人に手を差し伸べるが、決して信仰の強制はしていない。それがもっと広く知られたら、そして政府の弱者救済を受けられなかった人にも恩恵を受けてもらえたら、とジェレミーは願っている。
とにかく本当に教会が建てられるほどの桁の数字が並んだ小切手だったので、大司教からめったに見られない狼狽ぶりで感謝された。
◇ ◇ ◇
パリのドルレアン家でも、エピファニーのお祝いは行なわれていた。
兄弟が全員、ジャン=ピエールの両親の家に集まって開かれた正餐の席で、今年ガレットの中からフェーヴを引き当てたのは、ジャン=ピエールだ。
その数週間後に、さっそく最初の幸運がやってきた。
パリの新聞紙上では、ジャン=ピエールがユベール・ラングロワ氏からガレット・デ・ロワの後継者に選ばれたことが、盛んに報道されたのだった。
- fin -
※あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
既にお気付きの方もいらっしゃると思いますが、当作品は史実を参考にした創作になります。誤解を防ぐため、史実と大きく違っている点をお伝えいたします。
この物語にはイングランド王室の親戚筋にあたる、ノルマンディー公国という独立した国が登場します。ですがこれは、ルイ王がシャルロット王女を政略結婚させるにあたり、政治的に重要な国に嫁がせたかったという設定が欲しかったため、作者が作り上げた実在しない国です。
物語は16世紀初頭の西暦1510年代あたりという設定で、作中で語っているノルマンディーの歴史、911年に、ロロ・ザ・ノルマンディーという元ヴァイキングが建国。その子孫ギヨーム2世が1066年にイングランドを征服してウィリアム1世を兼ねる……、等は史実通りになります。
けれど史実では、1204年に、フランス王フィリップ2世によりイングランドから奪還され、今日ノルマンディーとして知られている地域は、フランスの領地になりました。
というわけで、もし16世紀に英王室の親族で、しかも姻族のノルマンディー公国が実在していたら、「じゃあお前ら、百年戦争中(1337~1453)は英仏どっち側についたんだよ?」ということになってしまって大変なので、念のため。
もう1点は、ルイ・ド・ヴァロワのモデルは中世のフランス王ではなく、現実世界のジェレミー・ルイス氏です。
ルイ12世と13世の間にあたりますが、ルイ12.5世とかにするとコメディ色が強くなって作風に合わないため、呼称はルイ王になりました。
実在する当時のフランス王は、アンボワーズを居城としていたフランソワ1世でした。
ところで「10代の読者が心から楽しめる、オリジナリティ溢れるフレッシュなエンターテインメント作品」を募集している賞なのに、よくぞ一次通過させてくれたものだと感謝しています。
実は作者として隠れたテーマがありまして、少子高齢化の一因の適齢期の女性と既婚男性の不倫問題について、「500年くらい前だったら社会的に認められたけど、現代では世界で最も素敵な男性と結ばれるよりも幸せなことがあります」ということが言いたかったのです。
これを聞いたらきっと一次通過も取り消されてしまうかもしれませんが、10代の頃からしっかり将来の設計をしたほうが、充実した人生をおくれるような気がします。
マンハッタンのアッパーイースト・サイドにあるルイス邸では、エピファニー「公現祭」を家族で祝っていた。
パーク・アヴェニューと72thストリートの角というアドレスは、この辺りでもさらに人気の高いレノックスヒルに位置する。
細部まで手の込んだ装飾の外観を持つ、十九世紀に有名建築家がデザインした家がジェレミー・ルイス氏の邸宅だ。今では手に入りにくくなった質の良い石の外壁をそのまま残して、中身を配管ごと――つまり内装すべて、モダンで住みやすいように改装した逸品とも呼ばれていた。
こんな贅沢な場所なのに、ルイス邸のような一戸建が、アッパーイーストではちらほら見られる。そのいくつかは、美術館として一般公開されていたりもする。
富豪が次の世代に引き継ぐ時に、マンハッタンから引っ越して住まなくなった家を、相続税の代わりに寄付したのだが……、おそらくその家族は、郊外のゆったりした環境で暮らしたくなったのだろう。まあ相続税が払えなかった、からというのもよくある話だ。なにしろ税額は法外な高さだし、代が変われば社会も変わるから、親と同じ経済状態を保つのが難しくたって人生に失敗したわけではない。さもありなんなのだ。
エピファニーとは、生まれたばかりのキリストの所へ、メルキオール、バルタザール、カスパールの東方の三博士が訪れ、聖母子に礼拝したことを記念する日だ。
クリスチャンの多いヨーロッパではこの日までクリスマスの飾り付けを取り外さないけれど、アメリカでは新年を迎えるとすぐに取り払われてしまうし、パティスリーでガレットが売られているわけでもないので、ヨーロッパほど盛大な行事ではない。
そんな中でもフランスの風習を尊重するルイス家では、毎年家族全員でお祝いの正餐を囲む。正餐も欧風に、つまりディナーでなくフォーマル・ランチとなる。
豪華な食事のふるまわれた後、いよいよアーモンドペースト入りの折りパイ「ガレット・デ・ロワ」の登場だ。
「じゃあポール、どれを誰に配るか決めてね。終わるまで目隠しはしたままよ、いいこと?」
どのピースを誰に――を決める栄誉は、家族で一番小さい子供に与えられるという習慣に従い、ポールの指図で四人の前にそれぞれの分が行き渡った。
「フェリシタシオン!」
ガレットの中からフェーヴを引き当てたシャルロットの頭上には、金色の紙でできた王冠が乗せられた。
女王になった彼女は、食事が終わるとさっそく最初の命令を下すために、テーブルの一番奥の席に座っている人物を見た。
「じゃあ……パパ、わたしにネクタイを結ばせてくれる?」
「え!?」
ジェレミーは凍りつく。
――まだ誰にも……、キャサリンにさえも結ばせたことがないのに?
たじろいでいる父に、シャルロットは威厳を持って告げた。
「女王さまの命令よ」
ジェレミー・ルイス氏が守ってきた、揺るぎない信条だったのだ。独身時代のガールフレンドが結びたいとねだっても、決して触れさせたことがなかった。それが今、滅ぼされようとしている。
けれど彼が感じたのは、屈辱ではなく疼くような快い感覚だった。他の誰にもさせなかったことをただ一人だけ許すとしたら、それは愛娘以外にあり得ないだろう。
テーブルの向かいのキャサリンを見れば、余裕をたたえた顔で微笑んでいる。
「どうぞ、あなたのお好きなように。この子の望みをかなえてあげて」
肩をすくめるジェレミー……。
「オーケー、じゃあやり方を教えてあげよう。おいで」
差しのべられた長い腕は、ダンスの誘いのように優雅だった。
自分の席を離れたシャルロットが、彼の膝にちょこんと腰を下ろし、ジェレミーの首にすがりついてキスを受け止めた。
◇ ◇ ◇
三週間前、パリから届いたクリスマスカードには、結婚した二人の初めての子供がこの夏に生まれることが記されていた。
ジャン=ピエールの言っていた通り、ビジネス・スクールを卒業したリサは、ラングロワ氏に採用されガレット・デ・ロワに就職した。
カードには、リサの短いメッセージが添えられてあった。
『さすがに、アメリカと同じというわけにはいかないみたいです。フランス語はなんとか頑張ってコミュニケーションはとれていますが、ここではそちらにいた時ほど、人びとに甘やかされることはありません』
久しぶりに見た彼女の手書きの文字……、きれいな細い線が思い出を運んでくる。
――そう、西海岸に比べて成功するのが難しいと言われるマンハッタンだが、パリではそれにも勝る狡猾さが必要だ、リサ。母校の教授を訪ねた日、階段教室で生徒たちの後ろに座り講義が終わるのを待っていた間に、見つけてしまったまぶしい女の子……。インターンシップ終了までの短い期間に、ずいぶん大人になったものだ。
一方シャルロットは、かつての憧れの人が自分以外の女性と幸せそうにしている知らせに、最初のうちは落ち込んでいたが、気持ちが癒されてくると「ジャン=ピエールなんかより素敵な誰かを、絶対に見つけてみせるから!」と決意を固めていた。
幼い娘の気丈さが、ある意味でジェレミーの心の支えにもなっていた。
リサのいなくなった淋しさを最も忘れさせてくれたのは、以前より一緒に過ごす時間が多くなった娘だった。女王に選ばれた今年……、シャルロットにもきっと何かいいことが起こるのではないだろうか。
「あの人以上の男性って言っても、リチャードの事じゃないのよ」
リチャードは知り合いの資産家の息子だが、シャルロットとは幼児期から近所のプレイグラウンドで一緒に遊んでいる、兄妹のような仲良しだ。
思わず苦笑しながら、「おそらく別の相手になるだろう」というような、曖昧な答えを返したジェレミーだった。
――もっとも、あの男より素晴らしいとシャルロットが言う輩が現れたとしても、彼女の結婚相手を決めるのは、まだまだ先のことだが。
その許可を与えられる人物は、この世にただ一人……、もちろんジェレミー・ディヴィッド・ルイス氏だけなのである。
◇ ◇ ◇
夜……、キャサリンの輝く金髪に顔をうずめながら、ジェレミーは問いかけた。
「どうして人のネクタイなんか、結びたいのかな」
「あなたをコントロールできると思っているのかしら?」
「でも君は、そういうの興味ないんだ?」
「だって、そんなことでルイス社長を制御できるとは考えていませんもの」
「確かにね。それに……君にはそんな必要はない、カテリーヌ」
フランス語で妻の名を呼ぶのは、彼女を崇めていることを示す時だった。
「あなたって、フェーヴを引き当てなくても王さまなのね。まるで生まれる前からそう定められていたみたいに。でも私は、むしろ民を蹴散らす王のようなCEOが好き」
「ふっ、そんな暴君のような振る舞いをしたら、ルイス・エンタープライズがつぶれてしまって私は君主でいられなくなる」
「だったら私だけに、そうしてくださる?」
一瞬……!
ネクタイを結ばせてくれるようシャルロットに頼まれたとき以上の衝撃かもしれないほど、ジェレミーはうろたえた。
妻の望みは、意外にも自分の希望と一致していた。深窓の令嬢と結婚して以来ずっと、尊敬を込めて愛情を注ぐのが礼儀だと信じてきたというのに。
「お望みとあらば……」
「そういえば教会から手紙が届いてたでしょ? 寄付はあなたの個人資産からでよかったのかって、念のための確認とかって……。大司教があんなに驚かれるなんて、ほんと珍しいこと」
「あぁ、あれは会社の予算でないほうがいいかと考えてね……。実は夢でお告げを受けたのが理由だって言ったら、君に笑われてしまうかな?」
「笑ったりするはずないでしょう? でも、どんなお告げなのか聞いても良くって?」
「ぅ……ん、確か『神に感謝して、その恵みに答えよ』……だったかな」
先日夢から覚めた時覚えていた正確な言葉は――汝の罪は神の愛によって救われた。その恵みに感謝し、喜びをもって岩山に聖堂を建てよ――だった。
ルイス一家が通っている聖パトリック教会に、修繕費等はもう充分足りているようだった。だからジェレミーは、できるだけ現代社会に役立ってもらえる用途に寄付したほうがいいとお告げを意訳し、病気や仕事、家族など諸事情で困っている人に援助をする慈善活動を支援する献金を決意した。
教会は救いを求めて扉を叩いた人に手を差し伸べるが、決して信仰の強制はしていない。それがもっと広く知られたら、そして政府の弱者救済を受けられなかった人にも恩恵を受けてもらえたら、とジェレミーは願っている。
とにかく本当に教会が建てられるほどの桁の数字が並んだ小切手だったので、大司教からめったに見られない狼狽ぶりで感謝された。
◇ ◇ ◇
パリのドルレアン家でも、エピファニーのお祝いは行なわれていた。
兄弟が全員、ジャン=ピエールの両親の家に集まって開かれた正餐の席で、今年ガレットの中からフェーヴを引き当てたのは、ジャン=ピエールだ。
その数週間後に、さっそく最初の幸運がやってきた。
パリの新聞紙上では、ジャン=ピエールがユベール・ラングロワ氏からガレット・デ・ロワの後継者に選ばれたことが、盛んに報道されたのだった。
- fin -
※あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
既にお気付きの方もいらっしゃると思いますが、当作品は史実を参考にした創作になります。誤解を防ぐため、史実と大きく違っている点をお伝えいたします。
この物語にはイングランド王室の親戚筋にあたる、ノルマンディー公国という独立した国が登場します。ですがこれは、ルイ王がシャルロット王女を政略結婚させるにあたり、政治的に重要な国に嫁がせたかったという設定が欲しかったため、作者が作り上げた実在しない国です。
物語は16世紀初頭の西暦1510年代あたりという設定で、作中で語っているノルマンディーの歴史、911年に、ロロ・ザ・ノルマンディーという元ヴァイキングが建国。その子孫ギヨーム2世が1066年にイングランドを征服してウィリアム1世を兼ねる……、等は史実通りになります。
けれど史実では、1204年に、フランス王フィリップ2世によりイングランドから奪還され、今日ノルマンディーとして知られている地域は、フランスの領地になりました。
というわけで、もし16世紀に英王室の親族で、しかも姻族のノルマンディー公国が実在していたら、「じゃあお前ら、百年戦争中(1337~1453)は英仏どっち側についたんだよ?」ということになってしまって大変なので、念のため。
もう1点は、ルイ・ド・ヴァロワのモデルは中世のフランス王ではなく、現実世界のジェレミー・ルイス氏です。
ルイ12世と13世の間にあたりますが、ルイ12.5世とかにするとコメディ色が強くなって作風に合わないため、呼称はルイ王になりました。
実在する当時のフランス王は、アンボワーズを居城としていたフランソワ1世でした。
ところで「10代の読者が心から楽しめる、オリジナリティ溢れるフレッシュなエンターテインメント作品」を募集している賞なのに、よくぞ一次通過させてくれたものだと感謝しています。
実は作者として隠れたテーマがありまして、少子高齢化の一因の適齢期の女性と既婚男性の不倫問題について、「500年くらい前だったら社会的に認められたけど、現代では世界で最も素敵な男性と結ばれるよりも幸せなことがあります」ということが言いたかったのです。
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お疲れ様でした。
中世フランスと現代ニューヨークの間を行き来する話、細かい設定と人物描写で楽しめました。
次の作品を期待しております。
感想ありがとうございました。
また連載始めたら、よろしくお願いします。