愛の転生令嬢、奮戦記

矢野 零時

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2貴族生活

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 ふと気がつくと、純子は鏡台の大きな鏡の前にすわっていた。鏡に写っている者は色白の肌に頭髪が金色で、その髪は背まで伸びている。目は大きくエメラルドのような緑色をして額は少し出ていて鼻も高かった。その顔は明らかに美しかったのだ。
「ユリアさま、そろそろ食事室にまいりませんか。お父さまとお母さま、それにマーガレットさまもお待ちでございますよ」
 ユリアと呼ばれて、純子は転生で得た名前がユリアだったことを思い出していた。声をかけてくれた女性の方に顔をむけた。
「ユリアさま、どうかされたのですか? 私をみつめたりして」
 その女性はエルザ。幼い頃は乳母としてユリアの世話をしてくれた人だ。エルザはいつものようにやさしい眼差しをユリアにむけてくる。
 頭髪は白というよりも銀色で、束ねて頭の後ろでまとめていた。服装は若い娘のようなメイド服を着ていたのだが、エルザが着ると、どこかシックな服に見えてくる。
 食事室にいくと両親と妹がすでに丸テーブルを前にすわっていた。
「ユリア、お早う」と父であるヒックス・ブライアンが声をかけてくれた。
 父はオマル国にあるトマド領の領主だった。だが、トマド領には住んではいなかった。城勤めをしていたので首都カマルにある官舎に住んでいたのだ。太りぎみなので、痩せたくて、自宅の官舎から城まで馬車にのらずに、徒歩で通っていたのだ。それをすれば、痩せると思っていたのだろうが、かえって食欲を増してしまい昼食時には、宮殿の食堂でパンの追加などをしていた。まず食べる量を減らさないと痩せることなど、できるはずもなかった。
「今日のお肉は、あなたも好きなホロホロ鳥よ」と、母であるジェーンは優しい声を出していた。
 母の頭髪は茶色で細いからなのか、あちらこちらウエイブがかかっていた。高齢になっているが肌は白くシミらしいものはまるでなかった。どうやら、ユリアが色白なのは、ジェーンの血をひいたからに違いなかった。
 妹のマーガレットは、「お姉さま、早く席におつきになったら」と、少し非難をするような調子で声をかけてきた。マーガレットもユリアと同じく金髪で色白。マーガレットもユリアと同じく美人だった。ユリアとの違いは、目は茶色であることと、いつも貴族的なふるまいに専念ができることだった。 
「お早うございます。お父さま、お母さま、それにマーガレット」
 いつものように挨拶ができたと思ったユリアは椅子に腰をおろした。その椅子にすわったせいか、ユリアの頭の中に、この歳になるまでの記憶が一気に蘇っていた。生まれたすぐに抱きあげてくれた母の感触。両親に連れられて街の広場や森に遊びに行ったこと。どれも楽しい思い出ばかりだった。
 エルザは、ホロホロ鳥の半身焼に野菜サラダを添えた物やパンの上に羊のチーズをのせて焼いた物を別々の皿にのせて運んできて、ユリアの前においていた。こんな豪華な料理を食べられるのも、ユリアが伯爵であるヒックスの娘に生まれていたからだった。
 
 ヒックスは、城にある庭園を管理長官として維持保全する仕事をしていた。食事が終った後、ヒックスはお茶を飲みながらユリアにむかって話し出した。
「夏が近づいてくる。去年と同じにユリアに花壇作りを手伝ってもらえないだろうか?」
「お父さま、よろしくてっよ」
「よかった。ユリアでなければ、一年中、バラの花を咲かしておくことができないのだよ」
「そうでしょうね。定期的に施肥をしなければならないし、枝を切る剪定もしなければなりませんわ。でも、それを行う時期が大事なんです。もちろん、力仕事は庭師の方々に手伝ってもらいますけど」

 ヒックスが花壇をユリアに任せたのは、花壇ではない畑に薬草を植えていて、そちらの育成に力を注いでいたからだ。いろんな種類の薬草をできるだけ多く栽培をして、城の中にある治療院にそれを渡していたのだ。治療院は庭園で作られた薬草を保管庫の中で干して薬を作っていたのだった。

 またユリアが庭園の仕事を引き受けたのも別の理由があった。花壇作りを手伝えば城の中にいつでも入れるからだ。城に入れば、宮殿に住むリチャード王子と会うことができるのだ。
 リチャードの頭髪は赤茶色だった。だが、ユリアには、すぐに分った。リチャードは原田の生まれ変わりなのだ。東洋的な切れ長の目をしていて、鼻筋がすっきりとしている。そして、笑顔がすてきだった。それは前世の頃とまったく変わらないことだった。
「庭作りで、もう一つ、やってもらいたいことがあるんだ。実は、異国の商人から新しいバラの苗を買ったのだよ。それを花壇の空き地に植えて育てて欲しいんだ」
「お父さま、それは、どんなバラが咲くのかしら?」
「それは黄色の花で香りがいいそうだ。桃のような香りがするらしい」
「その仕事のお手伝いは、ぜひさせていただきたいですわ」
 すると、マーガレットはしかたなさそうに「そうね。私にはできそうにない。そういう仕事は、お姉さま向きの仕事ですもの」と言っていた。
 父は、安堵したように、カップを持ちあげて残っていたお茶を飲み干していた。そんな父に顔をむけ、ユリアは笑顔で大きくうなずいていた。 
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