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ドール3
しおりを挟む3赤い犬
郷里から戻ってきた弘子は出社を始めた。出勤時間の五分前に会社に行き、課長席の方を見た。吉田が席にいなかった。いつもなら、課員の誰よりも早く吉田は出社してくる。その吉田がいないのだ。その上、課長席には、まるで知らない男がすわっていたのだ。
「吉田課長、どうかしたの?」と、弘子は机を並べてすわっている智子に聞いていた。
「あら、知らないの。吉田課長、突然、会社やめたわよ」
「えっ、どうして?」
「わからないわ。自分から、辞表を出して、やめたそうよ」
「会社の方で、それをそのまま、ゆるしたの?」
吉田は会社が新しい分野に踏み込むための企画プロジェクトを任されていて、それを完成させるまではきみを手放さないと、黒田部長はいつも言っていたはずだった。
「すぐに新しい課長がきまって、昨日、みんなの前で挨拶もしていたのよ。でも、弘子はいなかったのだから、知らなくてもしかたがないか」
弘子は、どうしたらいいのか、まるで考えは浮かばない。すぐにチェックをしなければならない書類が回ってきた。それを処理している作業の中で、会社での時間に弘子は飲み込まれていった。それでも、昼休みには、弘子は携帯で何度も吉田を呼び出してみた。しかし、携帯には『圏外にいるか、電源が切られております。』といった表示が出るだけだった。
やがて、終業チャイムがなった。みんなが動き出すのに合わせて弘子も席をたち、更衣室のロッカーで着替えをすませて会社を出た。
弘子は、吉田の住まいを訪ねてみることにした。住所は知っていた。前に深酒をしすぎた吉田を送ってタクシーで彼の住むマンションに行ったことがあったからだ。その時に、部屋の中にも入り、吉田が妻といっしょに住んでいないことを知った時でもあった。
会社そばの駅から地下鉄にのり三つ目にある駅でおりた。七番出口の階段をかけあがると、すぐにマンションが見えていた。
マンションに行きエントランスに設けられている郵便受けを見ると、すでに吉田の名札がはずされ白くなっていた。弘子は管理人室の受付窓をたたいた。管理人が窓を開けて、しわだらけの顔をのぞかせた。
「はい、何かごようですか?」
「吉田さんの名前がないようですけれど、どうされたんですか?」
「昨日ですか。ここから出ていかれましたよ」
「えっ、どうしてですか?」
「さあ、わかりませんが、突然ここから出て行くと言い出されましてね。それも大型のトラックを横付けにして、部屋にある物を次から次へと運びだし始めたんです。すぐに管理会社に電話で相談をしましたよ。でも、吉田さん、ちゃんと部屋代は払ってくれている人でしたし、敷金は返していらないと言われましたので、会社もあきらめていましたよ」
そう言った管理人は笑っていた。
「吉田さん、どちらに行かれたんですか?」
「それがね。私も聞いたんでよ。郵便物がこちらに届いた場合、新しい住所に送ってあげたいと思ったもんですから。でも、教えてもらえなかった」
弘子は思わず唇をかんでいた。
「それに、おかしなことを言っていましたよ」
「おかしなこと?」
「まず赤い犬を捜さなければならないそうですよ」
「どうして、赤い犬なんか捜すんですか?」と言って、弘子は管理人をみつめた。
「小さな女の子に頼まれてしまったと言っていましたけど」
弘子の頭の中で深く沈んでいたナナの記憶が甦り出していた。
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