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16呪いからの脱出
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五日間煮詰めると、月のしずくは完全に形をなくし、とろみのある茶色の液体に変わっていた。
「できあがったみたい」と言いながら、私は大ベラで寸胴鍋をかきまわしていた。
やがて朝がきた。
私は窓の外が青白くなるのをみつめた。王は人に戻っていられる時間が近づいてくる。
かごを手にさげてアンナがやってきた。
「いつもの飲み薬と塗り薬は用意をいたしましたが、ナターシャ様は自分でお作りになった薬を王様に差し上げたいのでしょう? 同行をさせていただきます」
私はうなずき、寸胴鍋から紅茶カップに月のしずくで作った水薬を入れていた。
作った薬が王の呪いを解く力が本当にあるものなのか、分からない。それ以上に、王の体にどんな影響を及ぼすものなのか、分からないのだ。
朝日がさす通路をお盆の上に紅茶カップを載せて私は歩るき、震える手で王の部屋のドアを開けた。
「リチャード様、おはようございます」と私は部屋の中に入った。
「おはよう、ナターシャ。リカードがら聞いたよ。私のために、月のしずくを採りに行ってくれたそうだね」
「はい、月のしずくから薬を作ってまいりました」
「じゃ、さっそく飲ませてもらおうか?」
だが、私は王へ紅茶カップを手渡すことができずにいた。
「どうしたのかね?」
「始めて、この薬を作りました。月のしずくから私が選んだ方法で薬を作りましたが、その方法が間違っていたかもしれません。それに私が月のしずくだと思って採った草そのものが、間違っているかもしれません」
「そうだね。間違っているかもしれないね」
私は不安で首を小刻みにふっていた。
「だが、それは君が作ってくれた薬を飲んでみなければ、分からないじゃないか。君が命をかけて採り作ってくれ薬だ。私が命をかけないでどうする。さあ、薬はカップの中に入っているのだろう? さあ、カップをこちらへ」
私はリチャード王に促されて、お盆にのせた紅茶カップを差し出した。手がふるえている。
王は鎖のついた手をおろすと、盆の上におかれていた紅茶カップをあげて、躊躇うこともなく一気に薬を飲んでいた。
私は見守り続ける。
すると、王は紅茶カップを落とし、苦しそうに首の辺りを両手でかきだしたのだ。苦しそうで、額に脂汗が浮かんでいる。そして、王は玉座の上で動かなくなっていた。
私の薬選び、いえ薬作りは失敗をしてしまった。目から涙があふれ出てくる。私は、王を殺してしまった。
「王よ。おゆるしください。ゆるしてください」
私は倒れるように、王の足元にふれふしていた。アンナも何も言えずに、涙をこぼしナターシャを見続けている。
私は泣き続け、涙も枯れだした時だった。
王の手が動いた。それもゆっくりと。
「ナターシャ様」と、アンナがそれに気が付いて声をあげた。私も顔をあげた。
玉座に体を押しつけていたリチャード王の背がすこづつ起き上がり出した。いま王は軽く頭をふっていた。
「私を縛り付けていた物が、引き離されていった気がする」
「リチャード様。大丈夫でしたか?」
「薬は効いたようだな」と言って、王は笑っていた。
私は喜び安心をして、アンナと一緒になっていつもの吹き出物を治すための薬を王の全身に塗っていた。
王がオオカミに変わる心配をしながら、作業をしていたのだが、一時間をすぎても、王は体から毛が生え出さず、オオカミになることはなかったのだ。
「変わらないでいられるぞ」
「まだわかりません。前の薬で呪いが抑えられているのかもしれません」
「そうだな。この薬を明日も、その次の日も飲むぞ」と、王は言ってくれた。
その日は、午後の体への薬塗も私が行った。そして、夕暮れも王の部屋をのぞきに行ってみた。
王はオオカミにならずに、昼間と同じ人の姿をしていたのだ。
「よかった。よかったわ」と、同行したアンナは侍女であることを忘れて、私に喜びの言葉を投げかけていた。
私が月のしずくを薬として王に飲ませ出してから一週間がすぎていた。
月のしずくの薬が本当に効いたかどうかを確かめようとする者はいなかった。それは、リカードを始め、騎士たちの優しさだったように思える。やがて、いつ行っても王はオオカミになることはないと、リカードから聞いた騎士たちは月が出る夜にも王に会いにきてくれるようになった。
しばらくして、私は騎士のみんなにも月のしずくを飲んでもらった。彼らがオオカミに変わらないでいられるのはクリスタルの力があったからだ。月のしずくを飲んだ後はクリスタルを持っていなくても、オオカミになることはなくなっていた。彼らにかけられていた呪いもまた完全に消し去ることができたのだった。
「できあがったみたい」と言いながら、私は大ベラで寸胴鍋をかきまわしていた。
やがて朝がきた。
私は窓の外が青白くなるのをみつめた。王は人に戻っていられる時間が近づいてくる。
かごを手にさげてアンナがやってきた。
「いつもの飲み薬と塗り薬は用意をいたしましたが、ナターシャ様は自分でお作りになった薬を王様に差し上げたいのでしょう? 同行をさせていただきます」
私はうなずき、寸胴鍋から紅茶カップに月のしずくで作った水薬を入れていた。
作った薬が王の呪いを解く力が本当にあるものなのか、分からない。それ以上に、王の体にどんな影響を及ぼすものなのか、分からないのだ。
朝日がさす通路をお盆の上に紅茶カップを載せて私は歩るき、震える手で王の部屋のドアを開けた。
「リチャード様、おはようございます」と私は部屋の中に入った。
「おはよう、ナターシャ。リカードがら聞いたよ。私のために、月のしずくを採りに行ってくれたそうだね」
「はい、月のしずくから薬を作ってまいりました」
「じゃ、さっそく飲ませてもらおうか?」
だが、私は王へ紅茶カップを手渡すことができずにいた。
「どうしたのかね?」
「始めて、この薬を作りました。月のしずくから私が選んだ方法で薬を作りましたが、その方法が間違っていたかもしれません。それに私が月のしずくだと思って採った草そのものが、間違っているかもしれません」
「そうだね。間違っているかもしれないね」
私は不安で首を小刻みにふっていた。
「だが、それは君が作ってくれた薬を飲んでみなければ、分からないじゃないか。君が命をかけて採り作ってくれ薬だ。私が命をかけないでどうする。さあ、薬はカップの中に入っているのだろう? さあ、カップをこちらへ」
私はリチャード王に促されて、お盆にのせた紅茶カップを差し出した。手がふるえている。
王は鎖のついた手をおろすと、盆の上におかれていた紅茶カップをあげて、躊躇うこともなく一気に薬を飲んでいた。
私は見守り続ける。
すると、王は紅茶カップを落とし、苦しそうに首の辺りを両手でかきだしたのだ。苦しそうで、額に脂汗が浮かんでいる。そして、王は玉座の上で動かなくなっていた。
私の薬選び、いえ薬作りは失敗をしてしまった。目から涙があふれ出てくる。私は、王を殺してしまった。
「王よ。おゆるしください。ゆるしてください」
私は倒れるように、王の足元にふれふしていた。アンナも何も言えずに、涙をこぼしナターシャを見続けている。
私は泣き続け、涙も枯れだした時だった。
王の手が動いた。それもゆっくりと。
「ナターシャ様」と、アンナがそれに気が付いて声をあげた。私も顔をあげた。
玉座に体を押しつけていたリチャード王の背がすこづつ起き上がり出した。いま王は軽く頭をふっていた。
「私を縛り付けていた物が、引き離されていった気がする」
「リチャード様。大丈夫でしたか?」
「薬は効いたようだな」と言って、王は笑っていた。
私は喜び安心をして、アンナと一緒になっていつもの吹き出物を治すための薬を王の全身に塗っていた。
王がオオカミに変わる心配をしながら、作業をしていたのだが、一時間をすぎても、王は体から毛が生え出さず、オオカミになることはなかったのだ。
「変わらないでいられるぞ」
「まだわかりません。前の薬で呪いが抑えられているのかもしれません」
「そうだな。この薬を明日も、その次の日も飲むぞ」と、王は言ってくれた。
その日は、午後の体への薬塗も私が行った。そして、夕暮れも王の部屋をのぞきに行ってみた。
王はオオカミにならずに、昼間と同じ人の姿をしていたのだ。
「よかった。よかったわ」と、同行したアンナは侍女であることを忘れて、私に喜びの言葉を投げかけていた。
私が月のしずくを薬として王に飲ませ出してから一週間がすぎていた。
月のしずくの薬が本当に効いたかどうかを確かめようとする者はいなかった。それは、リカードを始め、騎士たちの優しさだったように思える。やがて、いつ行っても王はオオカミになることはないと、リカードから聞いた騎士たちは月が出る夜にも王に会いにきてくれるようになった。
しばらくして、私は騎士のみんなにも月のしずくを飲んでもらった。彼らがオオカミに変わらないでいられるのはクリスタルの力があったからだ。月のしずくを飲んだ後はクリスタルを持っていなくても、オオカミになることはなくなっていた。彼らにかけられていた呪いもまた完全に消し去ることができたのだった。
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