刑事殺し

矢野 零時

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4 勝 手 捜 査

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 俺は、出勤時間五分前に刑事課の部屋に入った。すでに、相馬は来ていて、自分の席にすわっている。
「おはよう。昨日は池に落ちたんだって」
 鑑識の大和係長から聞いたのだろう。相馬は、机の上に置いた新聞に眼を落したまま言っていた。俺の失敗としか思えないことを、冷やかしの材料にしたつもりなのだろう。だが、顔は笑っていない。俺も何も言わなかった。
 渡辺課長は、自分の席にすわって、窓から署に出勤してくる職員たちを見ていた。いつも見ているが、渡辺はそれが仕事だと思っているようだった。やがて、出勤をしてくる職員たちの姿が無くなり出した頃、突き出た下っ腹をなぜながら、渡辺は声をあげて立ちあがり、自分の机の前に盗犯係のみんなを集めた。
「残念ながら、中島公園そばのコンビニ強盗は、高速の出口ではっていた機捜が逮捕して終わったようだ。せっかくのチャンスだったのだが、次に期待をしよう」
 係員たちは渡辺の前からバラバラになり、自分の席に戻っていった。だが、俺はすわっている気などない。
「じゃ、品田町の方をパトロールしてきます」
 そう言って、俺は署を飛び出した。品田町は、たて続けに空き巣事件が起きていた。もちろん、いまだに犯人は捕まっていない。だから、そこに行く理由ができている。だが、俺には、もう一つ目的があった。谷口組の浅野忠雄にあいに行くことだった。
 谷口組の事務所は品田町にあった。それも普通の商店街の中に紛れ込んでいて、警察か、そのスジの関係者ぐらいしか、そのことを知っている者はいない。ただの商事会社が入っている建物にしか見えないのだ。
 ハジキ(銃)を手に入れて、俺を撃ちたくなるとしたら、浅野しかいない。そう思うには、理由わけがある。前にナイフで浅野に襲われたことがあったからだ。建物の中に入ると、受付によることもなく、階段をあがった。
 階段そばのドアを開けて俺は入り込んだ。この部屋は谷口組の下っ端の者がたむろする部屋だったからだ。思ったとおり、浅野がいた。俺が入っていくと、眼を倍の大きさにしていた。その驚き方は、俺がここに来るとまるで思っていなかったからか、または殺したはずなのに生きて姿を見せたからなのか、俺には読み取ることができなかった。
「隠しているハジキがあるんじゃないのか?」
 そう言うと、浅野が大笑いをしていた。
「洋さん、知らないのは、あんただけじゃないのかな?私らは警察の方と仲良くやっている」
 俺は言い返せなかった。浅野は執行猶予がついて刑務所に行かずにすんでいた。それが実績となったのか?確かに谷口組のいい役についているようだった。その証拠に、この部屋でも彼のすわっているソファの周りには若い奴らが立って囲んでいた。
「サツだって、手柄を立てたいんだろう。捜査月間の時期がきたら、ハジキをいくつサツに渡すか決めているんだぜ。下っ端の俺が、そんな立派な話に入り込めるわけがない」
「餓鬼どもを集めて、組に売るような真似をしてるくせに何を言いやがる」
 俺は捨てぜりふを残して、部屋を出ると、階段をおりていった。
 浅野は、ヤクザの世界で出世している。昔より良くなっている浅野が俺への憎しみに固守するとは思えない。少年院に送った奴もいるし、街角で職質をかけて氏名手配の者と分かり逮捕したこともあった。だが、彼らは刑務所の中にいるはずだ。
 表向きの仕事もしておく必要がある。俺は空き巣事件が頻発している場所を見て歩いた。だが、おかしな奴を見つけることはできなかった。もちろん、見つけたら、捕まえるつもりだった。
 昼が来ていた。とつぜん、空腹を覚え出したのだ。
 昼食をとってから戻る旨を盗犯係に連絡を入れてから、俺は食べ物屋をさがし出した。侵入者のいる体は二人分以上の食が必要になっているのだ。いつもなら、よさそうな店を見つけるまで歩きまわる。だが、今は違う。すぐにでも何か食べたいのだ。
 署からもそれほど遠くない場所。品田町のはずれにあるカフェ・ケルンに、俺は飛び込んでいた。ここは署に行く前に俺が朝食をとる店だった。
 俺は、奥にあるテーブル席にすわった。そこはトイレに近く、誰もがすわりたがらない。つまり俺の定席になっていた。すると、なじみのウエイトレス、熊谷勝代がやってきた。若くはない。小太りの女だ。この店からの給料だけで暮らしている。朝早くから出勤をし夕刻前には帰るが、長時間ここにいる生活をしていた。
「洋さん、昼に来るのはめずらしいね。何にします?」
「なんでもいいから、早くくれよ」
「じゃ、カレーが早いよ」
「それがいい」
 俺がそう言った途端に、(それじゃ、足りんな!)と俺の中に入りこんだ侵入者の声がした。
 奴(侵入者)がカレーを知っている、どうして?
 そうか、俺の記憶を探ったのか。俺は自問自答して、すぐに解答を見つけ出していた。
「少し増やすかな。後で言いから、カツを四枚持ってきてくれ」
「えっ、そんなに」と勝代は驚いていた。無理はない。俺は少食の方だったからだ。朝だって、トーストいち枚、ゆで卵一つ、後はブラックコーヒーですましていた。
 やはりカレーは早かった。
 スプーンですくい、喉に流し込むようにカレーを食べる。少し遅れて、カツが四枚のせられた皿がおかれた。
「サービスよ」と、勝代は、皿の端にのせられたキャベツの千切りをゆびさした。
「ありがとう。追加にオムライス」
 勝代は、眼が倍の大きさになったように眼を見開いて、俺を見ている。
「洋さん。狂っているわよ」
「俺も、そう思う」
 そうなのだ。俺が食べたがっているわけではない。侵入者が食べたがっているのだ。
 オムライスを勝代が運んできて、「コーヒーは飲むんでしょ?」と言った。
「もちろん、もらうよ」と言ってオムライスを食べている俺は思い出したことがあった。
 そう、記憶がフラッシュバックしたのだ。
 一週間前だったと思う。署に出る前に、俺はケルンにたちより、この席で朝食をとりコーヒーを飲んでいた。その時に、真正面に見える暗がりのテーブル席に、暴対課(暴力団対策課)の丸山浩がすわってた。同じ署内の者だ。顔は知っている。暗がりに谷口組の幹部、本間人志もすわっていたのだ。気にも留めずにいたが、今思えば二人は笑いあって仲が良すぎた。
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