大人の絵本・おじさま

矢野 零時

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 私は家から出ないようにしていました。それは、おじさまと女の人がいっしょにいるのを見たくなかったからでした。でも、本当はおじさまに、会いたかったのです。

 庭を見ていて、おじさまの姿をみつけた私は、どんなに喜んだことでしょう。

 でも、私が庭に出ていくと、あの女の人が現れたのです。私はたじろぎ、後ろにさがっていました。
 すると、ベランダのテーブルに置かれた花切りバサミが手にさわったのです。その冷たい感触に私は思わずハサミを握ってしまいました。

 女の人は、おじさまといっしょに私の方に近づいてきます。
 それも、笑顔で…。私は両手でハサミをつかむと女の人に向けて突き出しました。まちがいなく、ハサミは女の人の胸に突き刺さっていたはずでした。

 それができなかったのです。私の真ん前におじさまが立ったからです。おじさまは、笑いながら私の手をおさえてくれました。

 でも、さげられたハサミはおじさまの足に突き刺さっていたのでした。
                 
 おじさまは。何事もなかったように歩いて玄関口まで行き、そこで倒れていました。それに気がついた女の人は、おじさまのそばに駆けより、空を切り裂くような悲鳴をあげたのでした。

 やがて、うなるような救急車のサイレンの音が聞こえてきました。
 救急車で運ばれるときに、おじさまは救急隊員にむかって、「玄関口でころんでハサミを刺してしまったよ」と、言っていたのでした。

 この時も私は木のそばに立ちつくし、遠ざかる救急車を見送っていました。

                 
 

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