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2遺体発見時
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三日前、佐川たちは、いつものように覆面パトカーを走らせていると県警指令室からの指令が出されたので寿マンションに行った。
寿マンションは、旧市街地にある住居マンションだった。
マンションの駐車場に近づくと、すでに駐車場に鑑識係のボンゴ車をとめていた。駐車場そばに車をとめて、二人はマンションの玄関口にある管理人室に近づいていった。
窓口から五十は過ぎている男が顔をのぞかせた。
「警察です。管理人さんですね?」と言いながら、佐川は警察手帳を見せた。
「ああ、そうだよ」
「車を置かせてもらいたいんですが?」
「すでに警察の人は来ているよ」
「それは、鑑識の者たちです。警察も組織で捜査をしていますので」
「そうなのかい」と言いながら、管理人が管理人室から出てきた。
「駐車場の使っていない所に停めてもらわないと、住民の人たちがうるさいんですよ」
管理人はマンションから駐車場に出られるドアを開け、二人は後に続いた。駐車場に出た佐川は監視カメラがマンション集会室の上から駐車場に向けられているのを見つけた。
「このマンションには、監視カメラは何台ついているのかね?」
「管理人室前に一台、エレベーターの中に一台、それに駐車場に一台。あわせて三台だね」
「このマンションについている非常階段の方に監視カメラはついていないみたいだね?」
「非常階段についているドアは中からしか開けることができないからね」と言いながら、管理人は車のとめていない場所を指さした。すぐに、近藤は覆面パトカーの所に行って乗り込むと、ゆっくりと車を動かし、管理人の指示をした場所に車をとめていた。
近藤が車から降りてくるのを見て、管理人は「それじゃ、遺体を見つけた部屋に案内をしますよ」と言っていた。管理人は歩き出し、先ほど出てきた入口からマンション内に戻ると、まっすぐにエレベーターに向かった。管理人室の方を佐川が見ると窓口から初老の女性の顔が見えた。管理人の妻に違いなかった。
エレベーターにのると、すぐに佐川が聞いていた。
「警察に電話をされたのは管理人さんだとお聞きしましたが」
「ええ、そうですよ。マンションの中を一日二回朝の8時と夕方の7時に巡回をするんですが、503号室のドアにつけられた郵便受箱に新聞がたまり出していた。無理に入れていたので、ヘビの頭のように突き出していた。どこか旅行などに行かれる場合には、望月さんは管理人に連絡をくれますからね。それもなかった。おかしかったので玄関ドアで声をかけたが、やはり中から音がしない。しかたなく、管理人用の合鍵を使い、中に入って見ましたよ。すると、部屋の高い所から衣文かけが吊り下がっている。こんな物があるのは、おかしいなあと思って見ていると、望月さんが部屋の中で首を吊っていたんですよ」
エレベーターを管理人が五階でとめると、三人はエレベーターをおりた。
通路の中頃に背筋を伸ばした警官が立っていた。
「刑事さんたちをお連れしましたよ」
「ご苦労様です」と言って警官は佐川たちに敬礼をした。
「じゃ、これで」と言って管理人は一階に戻っていった。
「もう、入っていいですかね?」と佐川が警官に聞いた。
「はい、こられたら、中へお入れするように言われています」
すぐに、佐川たちは胸ポケットからビニールカバーを出して靴にかぶせ、手に白い手袋をはめた。
「じゃ、入ります」と言って、佐川は玄関ドアを開けて中に入った。玄関にある靴箱の上にたまった新聞が積まれていた。
中はダイニングキッチンと間仕切りされている部屋がもう一つあった。そこにベッドも置かれているが、リビングでもあったのだろう。
ベッドわきの床に望月薫が横たわっていた。鑑識係で吊られていた望月をおろしていたのだ。
緑色のカーディガンをはおり、茶色のスカートをはいていた。首には顎下から上に向かった跡がくっきりとついていた。ベッドの上にある掛け布団には首を吊った後に体から生まれた汚水でよごれ、鼻をつく異臭が漂っていた。
鑑識係長の根元が佐川のそばにやってきた。
「この女性には、もし無理に吊られたならば、紐をとこうとして首をかいたりする吉川線が生まれる。そんな傷はみあたらない。さらに手足にも傷はないし、爪の間を検査させているが肉片もない。あれば誰かが殺そうとしたことになる」
「ともかく、司法解剖はした方がいいのじゃないですかな?」
「それを決めるのは、鑑識の仕事だよ」と、根本が立場を主張した。
「それに、そこにパソコンがあるだろう」
根本が指差したところには、壁際に机と椅子がおかれ、机の上にはパソコンとプリンターが載せられていた。
「そもそも、彼女は何をして暮らしていたんだい?」
「置かれている物を見ると、小雑誌にコラムやエッセイを書いていたようだ」
「そんなことを、やっていたんですか?」
「パソコンの中に遺書も残されていた。もちろん、プリンターに紙で打ち出してから、死んだのだがね。見るかい?」
根元から受け取ったA4判の紙に佐川は目を通した。
ごめんなさい。 生きているのが辛くなりました。
どうして、生きていたらいいのか、わからなくなりましたので、
死ぬことにしました。
せっかく、ここまで育ててくれたのに、
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
生きる力がなくなってごめんなさい。
8月20日午後3時
望月薫より
「そうですか」と、佐川は片眉をあげて、手にした紙を根本に返していた。
エレベーターで一階におりた佐川は、管理人室をのぞいて管理人に挨拶をして、近藤といっしょに駐車場に出ていった。車にのったとたん、近藤は「佐川さん、鑑識結果に異議ありなんじゃないですか?」と言っていた。
「ないよ。そもそも、自殺か他殺かを決める権限は私たちにはない。明らかな違和点でもあれば別だが、ともかく他の人のやることに文句を言うきはない。警察はね。組織でやる仕事だからね」
佐川が笑うと、近藤はキーを廻してエンジンをかけた。
寿マンションは、旧市街地にある住居マンションだった。
マンションの駐車場に近づくと、すでに駐車場に鑑識係のボンゴ車をとめていた。駐車場そばに車をとめて、二人はマンションの玄関口にある管理人室に近づいていった。
窓口から五十は過ぎている男が顔をのぞかせた。
「警察です。管理人さんですね?」と言いながら、佐川は警察手帳を見せた。
「ああ、そうだよ」
「車を置かせてもらいたいんですが?」
「すでに警察の人は来ているよ」
「それは、鑑識の者たちです。警察も組織で捜査をしていますので」
「そうなのかい」と言いながら、管理人が管理人室から出てきた。
「駐車場の使っていない所に停めてもらわないと、住民の人たちがうるさいんですよ」
管理人はマンションから駐車場に出られるドアを開け、二人は後に続いた。駐車場に出た佐川は監視カメラがマンション集会室の上から駐車場に向けられているのを見つけた。
「このマンションには、監視カメラは何台ついているのかね?」
「管理人室前に一台、エレベーターの中に一台、それに駐車場に一台。あわせて三台だね」
「このマンションについている非常階段の方に監視カメラはついていないみたいだね?」
「非常階段についているドアは中からしか開けることができないからね」と言いながら、管理人は車のとめていない場所を指さした。すぐに、近藤は覆面パトカーの所に行って乗り込むと、ゆっくりと車を動かし、管理人の指示をした場所に車をとめていた。
近藤が車から降りてくるのを見て、管理人は「それじゃ、遺体を見つけた部屋に案内をしますよ」と言っていた。管理人は歩き出し、先ほど出てきた入口からマンション内に戻ると、まっすぐにエレベーターに向かった。管理人室の方を佐川が見ると窓口から初老の女性の顔が見えた。管理人の妻に違いなかった。
エレベーターにのると、すぐに佐川が聞いていた。
「警察に電話をされたのは管理人さんだとお聞きしましたが」
「ええ、そうですよ。マンションの中を一日二回朝の8時と夕方の7時に巡回をするんですが、503号室のドアにつけられた郵便受箱に新聞がたまり出していた。無理に入れていたので、ヘビの頭のように突き出していた。どこか旅行などに行かれる場合には、望月さんは管理人に連絡をくれますからね。それもなかった。おかしかったので玄関ドアで声をかけたが、やはり中から音がしない。しかたなく、管理人用の合鍵を使い、中に入って見ましたよ。すると、部屋の高い所から衣文かけが吊り下がっている。こんな物があるのは、おかしいなあと思って見ていると、望月さんが部屋の中で首を吊っていたんですよ」
エレベーターを管理人が五階でとめると、三人はエレベーターをおりた。
通路の中頃に背筋を伸ばした警官が立っていた。
「刑事さんたちをお連れしましたよ」
「ご苦労様です」と言って警官は佐川たちに敬礼をした。
「じゃ、これで」と言って管理人は一階に戻っていった。
「もう、入っていいですかね?」と佐川が警官に聞いた。
「はい、こられたら、中へお入れするように言われています」
すぐに、佐川たちは胸ポケットからビニールカバーを出して靴にかぶせ、手に白い手袋をはめた。
「じゃ、入ります」と言って、佐川は玄関ドアを開けて中に入った。玄関にある靴箱の上にたまった新聞が積まれていた。
中はダイニングキッチンと間仕切りされている部屋がもう一つあった。そこにベッドも置かれているが、リビングでもあったのだろう。
ベッドわきの床に望月薫が横たわっていた。鑑識係で吊られていた望月をおろしていたのだ。
緑色のカーディガンをはおり、茶色のスカートをはいていた。首には顎下から上に向かった跡がくっきりとついていた。ベッドの上にある掛け布団には首を吊った後に体から生まれた汚水でよごれ、鼻をつく異臭が漂っていた。
鑑識係長の根元が佐川のそばにやってきた。
「この女性には、もし無理に吊られたならば、紐をとこうとして首をかいたりする吉川線が生まれる。そんな傷はみあたらない。さらに手足にも傷はないし、爪の間を検査させているが肉片もない。あれば誰かが殺そうとしたことになる」
「ともかく、司法解剖はした方がいいのじゃないですかな?」
「それを決めるのは、鑑識の仕事だよ」と、根本が立場を主張した。
「それに、そこにパソコンがあるだろう」
根本が指差したところには、壁際に机と椅子がおかれ、机の上にはパソコンとプリンターが載せられていた。
「そもそも、彼女は何をして暮らしていたんだい?」
「置かれている物を見ると、小雑誌にコラムやエッセイを書いていたようだ」
「そんなことを、やっていたんですか?」
「パソコンの中に遺書も残されていた。もちろん、プリンターに紙で打ち出してから、死んだのだがね。見るかい?」
根元から受け取ったA4判の紙に佐川は目を通した。
ごめんなさい。 生きているのが辛くなりました。
どうして、生きていたらいいのか、わからなくなりましたので、
死ぬことにしました。
せっかく、ここまで育ててくれたのに、
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
生きる力がなくなってごめんなさい。
8月20日午後3時
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「そうですか」と、佐川は片眉をあげて、手にした紙を根本に返していた。
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