密室で殺人?(刑事 佐川 敏 殺人事件捜査リポート)

矢野 零時

文字の大きさ
2 / 6

2遺体発見時

しおりを挟む
 三日前、佐川たちは、いつものように覆面パトカーを走らせていると県警指令室からの指令が出されたので寿マンションに行った。

 寿マンションは、旧市街地にある住居マンションだった。
 マンションの駐車場に近づくと、すでに駐車場に鑑識係のボンゴ車をとめていた。駐車場そばに車をとめて、二人はマンションの玄関口にある管理人室に近づいていった。
 窓口から五十は過ぎている男が顔をのぞかせた。
「警察です。管理人さんですね?」と言いながら、佐川は警察手帳を見せた。
「ああ、そうだよ」
「車を置かせてもらいたいんですが?」
「すでに警察の人は来ているよ」
「それは、鑑識の者たちです。警察も組織で捜査をしていますので」
「そうなのかい」と言いながら、管理人が管理人室から出てきた。
「駐車場の使っていない所に停めてもらわないと、住民の人たちがうるさいんですよ」
 管理人はマンションから駐車場に出られるドアを開け、二人は後に続いた。駐車場に出た佐川は監視カメラがマンション集会室の上から駐車場に向けられているのを見つけた。

「このマンションには、監視カメラは何台ついているのかね?」
「管理人室前に一台、エレベーターの中に一台、それに駐車場に一台。あわせて三台だね」
「このマンションについている非常階段の方に監視カメラはついていないみたいだね?」
「非常階段についているドアは中からしか開けることができないからね」と言いながら、管理人は車のとめていない場所を指さした。すぐに、近藤は覆面パトカーの所に行って乗り込むと、ゆっくりと車を動かし、管理人の指示をした場所に車をとめていた。

 近藤が車から降りてくるのを見て、管理人は「それじゃ、遺体を見つけた部屋に案内をしますよ」と言っていた。管理人は歩き出し、先ほど出てきた入口からマンション内に戻ると、まっすぐにエレベーターに向かった。管理人室の方を佐川が見ると窓口から初老の女性の顔が見えた。管理人の妻に違いなかった。

 エレベーターにのると、すぐに佐川が聞いていた。
「警察に電話をされたのは管理人さんだとお聞きしましたが」
「ええ、そうですよ。マンションの中を一日二回朝の8時と夕方の7時に巡回をするんですが、503号室のドアにつけられた郵便受箱に新聞がたまり出していた。無理に入れていたので、ヘビの頭のように突き出していた。どこか旅行などに行かれる場合には、望月さんは管理人に連絡をくれますからね。それもなかった。おかしかったので玄関ドアで声をかけたが、やはり中から音がしない。しかたなく、管理人用の合鍵を使い、中に入って見ましたよ。すると、部屋の高い所から衣文かけが吊り下がっている。こんな物があるのは、おかしいなあと思って見ていると、望月さんが部屋の中で首を吊っていたんですよ」

 エレベーターを管理人が五階でとめると、三人はエレベーターをおりた。
 通路の中頃に背筋を伸ばした警官が立っていた。
「刑事さんたちをお連れしましたよ」
「ご苦労様です」と言って警官は佐川たちに敬礼をした。
「じゃ、これで」と言って管理人は一階に戻っていった。
「もう、入っていいですかね?」と佐川が警官に聞いた。
「はい、こられたら、中へお入れするように言われています」
 すぐに、佐川たちは胸ポケットからビニールカバーを出して靴にかぶせ、手に白い手袋をはめた。
「じゃ、入ります」と言って、佐川は玄関ドアを開けて中に入った。玄関にある靴箱の上にたまった新聞が積まれていた。
 中はダイニングキッチンと間仕切りされている部屋がもう一つあった。そこにベッドも置かれているが、リビングでもあったのだろう。
 ベッドわきの床に望月薫が横たわっていた。鑑識係で吊られていた望月をおろしていたのだ。 
 緑色のカーディガンをはおり、茶色のスカートをはいていた。首には顎下から上に向かった跡がくっきりとついていた。ベッドの上にある掛け布団には首を吊った後に体から生まれた汚水でよごれ、鼻をつく異臭が漂っていた。

 鑑識係長の根元が佐川のそばにやってきた。
「この女性には、もし無理に吊られたならば、紐をとこうとして首をかいたりする吉川線が生まれる。そんな傷はみあたらない。さらに手足にも傷はないし、爪の間を検査させているが肉片もない。あれば誰かが殺そうとしたことになる」
「ともかく、司法解剖はした方がいいのじゃないですかな?」
「それを決めるのは、鑑識の仕事だよ」と、根本が立場を主張した。

「それに、そこにパソコンがあるだろう」
 根本が指差したところには、壁際に机と椅子がおかれ、机の上にはパソコンとプリンターが載せられていた。
「そもそも、彼女は何をして暮らしていたんだい?」
「置かれている物を見ると、小雑誌にコラムやエッセイを書いていたようだ」
「そんなことを、やっていたんですか?」
「パソコンの中に遺書も残されていた。もちろん、プリンターに紙で打ち出してから、死んだのだがね。見るかい?」
 根元から受け取ったA4判の紙に佐川は目を通した。

 ごめんなさい。 生きているのが辛くなりました。
 どうして、生きていたらいいのか、わからなくなりましたので、
 死ぬことにしました。
 せっかく、ここまで育ててくれたのに、
 お父さん、お母さん、ごめんなさい。
 生きる力がなくなってごめんなさい。

    8月20日午後3時
                          望月薫より

「そうですか」と、佐川は片眉をあげて、手にした紙を根本に返していた。

 エレベーターで一階におりた佐川は、管理人室をのぞいて管理人に挨拶をして、近藤といっしょに駐車場に出ていった。車にのったとたん、近藤は「佐川さん、鑑識結果に異議ありなんじゃないですか?」と言っていた。
「ないよ。そもそも、自殺か他殺かを決める権限は私たちにはない。明らかな違和点でもあれば別だが、ともかく他の人のやることに文句を言うきはない。警察はね。組織でやる仕事だからね」
 佐川が笑うと、近藤はキーを廻してエンジンをかけた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...