恋獄~あなたを見るたび恋をする

奈古七映

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エピローグ

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「あの、俺もう子供じゃないってわかってるよね?」
 ショーンの声をスルーして、由莉はドライヤーを温風から冷風に切り替えた。
「うん、いい感じ」
 ふんわり空気を含ませたショーンの髪は、ツヤを増して輝いて見える。
 満足げにうなずいた由莉は、はずむような足取りで奥の部屋に向かった。衣裳部屋として使うことに決めたそこには、ショーンの私服がハンガーに吊るされてずらりと並んでいた。
「こんなに着ないと思うんだけど」
 楽しそうに服や靴を選んでコーディネイトしている由莉を見ながら、ショーンはぼやく。

 ミラノに来て数週間、由莉はマネージャーの山口と一緒に服飾品の調達に余念がなかった。すべてショーンのためのものである。

「モデルは私服姿だって大事なプレゼンなのよ?」
「わかってるけどさ」
 由莉と暮らすようになってから、一度も自分で身につけるものを選んでいない。それどころか、髪を乾かすのも肌や爪の手入れも、由莉がやるといって聞かないのだ。
 まるで子供のように守られ、至れり尽くせりの日々が続いているが、ショーンの輝きは目に見えて増している。

「ねえ、由莉」

 ショーンは両手を伸ばし、背後から由莉を抱きしめて尋ねた。
「俺のこと、ちゃんと大人扱いして?」
 由莉は彼の腕の中で反転して、手に持っていたチョーカーをショーンの首に巻きつけようと手を伸ばした。
「屈んで」
 おとなしく従うショーンを、由莉は愛しそうに見上げる。チョーカーを巻き終えると、そのまま首に両手をまわして抱きついた。
「大好き。ちゃんと大人として愛してるよ。子供だなんて思ってるわけないでしょう?」
「ほんとに?」
「私がこんなに甘えられるの、ショーンだけなんだから」
「それならよかった。甘えてくれるの、俺も嬉しいよ」
 ショーンは両腕で力強く由莉を支え、大きな手で優しく髪を撫でる。ずっとこういうふうに抱きしめたかった人が、今ここにいることが奇跡のように思えて、たまらなく愛しかった。

 由莉の離婚が成立したのはほんの一ヶ月前、ショーンと一緒に日本を離れる少し前のことだ。共有財産のことなど取り決めなければいけないことが色々あり、由莉が何もいらないと主張しても、そう簡単には済まなかったらしい。

「ちょっと待っててくれる?」
 ショーンは由莉から手を離すと、急いで自分の寝室に向かった。大切にしまっておいた小さな箱を取り出し、口元を引き締める。ついにこの時がと思うと、うっかり泣いてしまいそうだった。
「由莉」
 気合を入れて彼女のところへ戻ったショーンは、片足を立ててひざまずき、ふたを開けた小箱を差し出した。大粒ではないが、けっして安物ではないダイヤモンドが七色の光を放つ。

「結婚してください」

 由莉の目に涙が浮かび、ハイと大きくうなずいた瞬間それは空を舞い、ダイヤモンドに負けないきらめきを放った。

「すごく嬉しい……ありがとう」
 ショーンが左手の薬指にはめた指輪を、由莉はうっとりと眺める。それから彼と目を合わせ、幸せそうに微笑んだ。
「健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、死が二人をわかつ日まで、あなたを愛することを誓います」
 ショーンは結婚式の時のような誓いの言葉を口にした。
「私も同じく誓います」
 そして、どちらからともなく自然にキスを交わした。

「愛してるって、何回言っても足りないかも」
 由莉はショーンの胸に顔をうずめた。
「びっくりするぐらい、どんどん好きになっていくの……今はもうショーンが視界にいるだけで嬉しくて、勝手ににやけちゃう。一秒も離れていたくない。ずっとこうしてくっついていたい」
「え、そんなに?」
「うん」
 年齢や照れやプライドなどというものは、ショーンの前ではどうでもよくなってしまう。なりふりかまわず、好き好き大好き愛してると叫びたくなる。こんな気持ちは、生まれて初めてだった。
「嬉しすぎる」
 ショーンは涙を浮かべてつぶやき、ぎゅっと由莉を抱きしめた。
「でも俺の方が愛してると思うよ。毎朝起きるたび一番におはようって言えて、一日中そばにいられるなんて夢みたいだ。目にうつるたび、見るたびに新しく恋に落ちてる感じがする。たぶん、もう俺、由莉がいないと一秒も生きていけない」
「ショーンって……さらっと殺し文句繰り出して来るよね」
 由莉が頬を染めたのを見て、ショーンも顔を赤らめる。

 その時、開けっぱなしだったドアをノックする音がして、二人はパッと離れた。

「邪魔しちゃ悪いと思って待ってたんだけど、そろそろ時間なのよね」
 にまにまと含み笑いしながら、山口が言う。
 この一階から四階まで縦長のメゾネット型アパートには、今のところ山口も滞在中なのである。
「あんたたち、同棲してるくせにいつまで初々しいのよ。さっさと同じ部屋で寝たらいいのに。お子様カップルと暮らしてるみたいで、こっちが恥ずかしくなるわ」
「ど、同棲とは言えないでしょ、三人で住んでるんだから」
 真っ赤になった由莉が怒ったような口調で言うと、山口はハイハイと受け流した。
「照れ隠しはいいから早く支度して。今日は大切な契約の日なんだから、遅れたら許さないわよ」
「わかってます!」
 由莉は自分の寝室がある最上階へ上っていき、ショーンは衣裳部屋で彼女が用意したコーディネイトに着替える。
 山口は上の様子をうかがいつつ、すすっとショーンの背後に近づいた。
「一応お話しとくけど、今日の契約が無事に済んだら、アタシはここ出るつもりよ。由莉ちゃんがついてれば、あなたは何でも出来るわよね? もうつきっきりでは面倒みれなくなるから」
「山口さん、まさか日本に帰るの?」
 いきなり突き放すようなことを言われたショーンは戸惑ってふり向く。山口は首をふり、肩をすくめるジェスチャーをして笑った。
「人使いの荒いカオルの命令で、ヨーロッパでの拠点作りしなきゃなんないの。ミラノでもいいけど、理想はパリね。アタシも忙しくなるわ」
「今まで、沢山ありがとうございました」
 頭を下げたショーンに、やめなさいよと照れた山口は、声のトーンをぐっと下げた。
「そんなことより、あなた、男としても頑張らなきゃダメよ。何のためにこんなファミリー向きの広いウチ用意したと思ってるの? すぐ子供が出来ても困らないようにって配慮したんだからね。なのに、キスハグだけで満足とか馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。由莉ちゃんの方が年上バツイチとはいえ、中身は十代の女の子みたいなんだからね。そのへんは男のあなたからグイグイいかなきゃダメよ。経験なくたってね、ベッドになだれ込んでしまえば本能でどうにかなるわ」
 山口は声をひそめてまくしたて、ショーンは顔を赤らめたまま何度もうなずく。

「ちょっと山口さん、また良からぬこと吹き込んでるんじゃないでしょうね?」

 ヒールの音を響かせて戻って来た由莉は、二人の様子を目にすると疑わしそうに山口を見た。仕立ての良いシックなスーツをエレガントに着こなし、さりげなくブランド品のバッグやアクセサリーで武装している。
「さすが由莉ちゃん! もぉーばっちり! すごい敏腕エージェントに見えるわ」
 ぐっと親指を立てる山口。まじめくさった顔に、たまらずショーンがふき出す。
「さぁ、行くわよ」
 アタッシュケースをしっかり抱えた山口が号令する。
 大きなドアを開けて外へ出れば、洗練された老若男女が行き交うミラノの街と、どこまでも澄み切った青空が広がっている。

「由莉」

 ショーンが笑顔で差し出した手を、由莉はしっかり握って顔を上げ、晴れやかな表情で歩きはじめるのだった。



(完)
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感想 2

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みんなの感想(2件)

ロスマリス
2019.02.12 ロスマリス

ごめんなさい、更新追っかけてます。
奏って…ショーンに嫉妬してます?
そんなのする筋合いもないのに…。
ドラマの現場で浮気(まさしく濡れ場)しているところを
由莉とショーンに見られて離婚に話が
進むのかなという予想をしてしまったのですが
奏の思惑がどこにあるのか見えないのが
もどかしいです!
なんとなくですが、奏と由莉の復縁は
無さそうな流れなので、ショーンが
どこまで由莉の心に入るのか、次回の展開を
楽しみにしています。
下積み時代を支えた糟糠の妻をないがしろに
している奏にも報いがあるといいのにと
思ってしまうのは女性目線だからでしょうか。
由莉の心が楽になり、目の前の事と
向き合って真に自分を愛する人と
結ばれることを。

2019.02.13 奈古七映

ロスマリス様
いつも読んで下さり、感想までありがとうございます!とても励みになってます。
中編として書いたものなので、もう後半にさしかかってますが、最後までおつきあいよろしくお願いしますm(*_ _)m

解除
ロスマリス
2019.02.09 ロスマリス

初めて感想を書かせていただきます。
由莉の気持ちもわかるのですが、
モヤモヤした思いを抱えたままで
本音を言うことも出来ずにいるその姿勢に
イライラします。
浮気されてもそれを旦那に言えないでいる私、
可哀想という悲劇のヒロインぶってて。
壊したくないのは壊れるのがわかってるからで
向き合えないんですよね。
それで他の男に流されるのだとしたら
ものすごく愚かな女だなと。
こういう女いますけど、結局自分が一番
可愛いだけだと思いました。
イライラしてしまうのは作者様の描写が
うまいのでしょうね。
更新お待ちしています。

2019.02.09 奈古七映

コメントありがとうございます!
まっすぐ夫にぶつかって追求できない気持ちをどう表現したらいいか、正直すごく悩んだ部分だったので、感想きかせていただいてガッツポーズきめてます。意図したところがちゃんと伝わっているようで、安心しました。感謝です!
更新は不定期になりますが、ラストまでお付き合いいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いしますm(*_ _)m

解除

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