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東京のお母さんと向井
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織は本日も一睡もできなかった身体に、カフェインと糖分を投入して仕事を開始した。
(忙しくしたい)
レジを打ち、商品を陳列して、宅配業者から商品を受け取りがてら倉庫を整理し、発注を終えた頃には遅番スタッフの退勤時間になっていた。
笑顔でスタッフを送り出した後は、書類仕事と後回しにしていたデスク周りの片付けを始めた。
(え?もうこんな時間?)
どうせ眠れない家に帰るのも億劫だった。後でシャワーだけ浴びに帰ろうと、織は休憩室のテーブルに突っ伏した。
それなりに疲れていたこともあって、すぐに意識が無くなった。
「あらぁ織さん!なに、帰ってないの?」
「あっ、え、何時?おはようございます」
織は早番スタッフに発見されて起きた。1時間だけ寝ようと思うのなら、織はアラームをかけるべきだった。
「やだ、おはようだけど大丈夫?こんなパイプ椅子じゃ身体おかしなるよ?」
「ほんと、せめて横になったら良かったのに。なに、そんな忙しいの今?」
早番スタッフは織の母親くらいの年齢の方が多く、息子の心配をするような態度に織はじんわり癒された。
「大丈夫ですよ、すみません、家でシャワーだけ浴びて来ますね」
「え~?お風呂だけ入るなら帰って休んだら?そんな忙しいの?」
「いやぁ、でも休むなんて」
その先を言う前に、立ちくらみを起こした織は立ったばかりの椅子にまた座り込んだ。
「もぉ、立ちくらみ?何も食べてないんでしょ。夜はブレーカー落ちるから寒くないようにねって、人には言うくせにそんな薄着で」
「あは…申し訳ない、申し送りこれなんで、開け作業お願いしていいですか…?」
「やだもー、そんなの、やっとくからこれ掛けて寝てなさい?」
早番の二人は今日の伝達事項を受け取ると、織に膝掛けと温かいお茶を与えて仕事に向かった。
「ほんっとやだわ身体を大事にしないんだから」
「最近はああいうの無くなったと思ってたのにねぇ」
「早く奥さんもらわないとダメよ、仕事ばっかしてんだから」
「心配よねぇ」
(東京のお母さんだな、もはや)
織は苦笑した。食欲は無かったが、温かいお茶を飲むと空腹を感じた。
(食べたら気持ち悪くなる気がするな。後でポカリでも飲むか)
しかし、クレーム対応やそれに関する報告書を作っているうちに食事のことを忘れ、末期的な顔色で売り場を作っていたところ、早番スタッフ二人の逆鱗に触れた。
「これ食べて裏で寝てなさい!」
織はおにぎりを手渡されてフロアから追放された。
-----
夕方、向井は休憩室の隅に並べられた椅子で、膝掛けを二枚かけられて横たわる織を見つけた。
「あぁ、さっきやっと寝たとこなのよ」
「赤ちゃんなんすか」
どれどれと、ようやく寝付いたという我らが店長の顔を覗き込んだ。
「!」
(しまった)
血色の悪い顔は目の下に濃いクマを作り、眠っているというのに苦しそうな表情をしていた。
(バイト先の織さんしか知らなかったから、見誤った)
向井は考えが至らなかった自分を責めた。忙しく動き回る店舗での様子と、ゲームの通知で織が毎日ログインしていることを確認して、安心していた。
(こんなに危なっかしいなんて)
「織さんこんなでしょ?だから今日は20時まで残ろうと思って」
「え?」
そう言った早番の一人は、よっこいしょと立ち上がった。
「ご家族、大丈夫なんすか」
「あーいいのいいの、うちは子どもも大きいしね。閉店までは無理だけど」
「小山さん…女神様じゃないっすか」
「やだ、わかる?もぉ~レジいとくから品出しよろしくね!」
-----
ベテランスタッフ小山さんのおかげで、向井は一人でも順調に締め作業を終えた。
織を背負い、無事に部屋までたどり着いた。途中で目覚めた織の拒否は全て無視された。
「着きましたよ」
「…ありがとう」
迷惑をかけた自覚がある織はおずおずと向井から降りた。
「身体冷えてそうですし、先にお風呂入りましょうか」
「えっと、あの、大丈夫だよ。本当ごめん。送ってくれてありがとね」
「あ、ダメっすよ。小山さんにも言われてるんで、俺には織さんを寝かしつける使命があります」
(赤ちゃんじゃあるまいし…)
渋る様子の織を見て、向井は仕方なく圧をかけることにした。
「早く、着替えとタオル持ってきてください。自分で行かないなら担いで入れますよ」
「やめて!持ってくるから!入るから!」
シャワーを浴びて身体が温まると、織はぼんやりと眠気を感じた。
リビングでは向井がお粥の入ったお椀とスプーンを手に、ソファで待っていた。
「これは畑山さんが帰りに持ってきてくれました。心配してましたよ」
「畑山さんまで…」
織は、東京のお母さん二人の愛を感じずにはいられなかった。また、おかげで向井への過剰な恥ずかしさも和らいだ。限界眠気と栄養不足が理由でもあった。
「今度お礼いわないと。向井君も、ごめんね。試験期間なのに…」
「俺は今日で試験終わりっすから。ナイスタイミンす」
(それはいいんだけど、これ…)
とはいえソファで隣に座るのはやはり恥ずかしい織が、カウンター付近で立ち止まってしまった。
「? カウンターのがいいっすか?」
「いや、そうじゃないけど」
「はぁ、俺が邪魔で食えない」
「違う違う!申し訳なさが先行して、今お隣失礼させていただきます!」
こうして、織は順調にタスクをこなしていき、後は寝るだけという段階になった。
(忙しくしたい)
レジを打ち、商品を陳列して、宅配業者から商品を受け取りがてら倉庫を整理し、発注を終えた頃には遅番スタッフの退勤時間になっていた。
笑顔でスタッフを送り出した後は、書類仕事と後回しにしていたデスク周りの片付けを始めた。
(え?もうこんな時間?)
どうせ眠れない家に帰るのも億劫だった。後でシャワーだけ浴びに帰ろうと、織は休憩室のテーブルに突っ伏した。
それなりに疲れていたこともあって、すぐに意識が無くなった。
「あらぁ織さん!なに、帰ってないの?」
「あっ、え、何時?おはようございます」
織は早番スタッフに発見されて起きた。1時間だけ寝ようと思うのなら、織はアラームをかけるべきだった。
「やだ、おはようだけど大丈夫?こんなパイプ椅子じゃ身体おかしなるよ?」
「ほんと、せめて横になったら良かったのに。なに、そんな忙しいの今?」
早番スタッフは織の母親くらいの年齢の方が多く、息子の心配をするような態度に織はじんわり癒された。
「大丈夫ですよ、すみません、家でシャワーだけ浴びて来ますね」
「え~?お風呂だけ入るなら帰って休んだら?そんな忙しいの?」
「いやぁ、でも休むなんて」
その先を言う前に、立ちくらみを起こした織は立ったばかりの椅子にまた座り込んだ。
「もぉ、立ちくらみ?何も食べてないんでしょ。夜はブレーカー落ちるから寒くないようにねって、人には言うくせにそんな薄着で」
「あは…申し訳ない、申し送りこれなんで、開け作業お願いしていいですか…?」
「やだもー、そんなの、やっとくからこれ掛けて寝てなさい?」
早番の二人は今日の伝達事項を受け取ると、織に膝掛けと温かいお茶を与えて仕事に向かった。
「ほんっとやだわ身体を大事にしないんだから」
「最近はああいうの無くなったと思ってたのにねぇ」
「早く奥さんもらわないとダメよ、仕事ばっかしてんだから」
「心配よねぇ」
(東京のお母さんだな、もはや)
織は苦笑した。食欲は無かったが、温かいお茶を飲むと空腹を感じた。
(食べたら気持ち悪くなる気がするな。後でポカリでも飲むか)
しかし、クレーム対応やそれに関する報告書を作っているうちに食事のことを忘れ、末期的な顔色で売り場を作っていたところ、早番スタッフ二人の逆鱗に触れた。
「これ食べて裏で寝てなさい!」
織はおにぎりを手渡されてフロアから追放された。
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夕方、向井は休憩室の隅に並べられた椅子で、膝掛けを二枚かけられて横たわる織を見つけた。
「あぁ、さっきやっと寝たとこなのよ」
「赤ちゃんなんすか」
どれどれと、ようやく寝付いたという我らが店長の顔を覗き込んだ。
「!」
(しまった)
血色の悪い顔は目の下に濃いクマを作り、眠っているというのに苦しそうな表情をしていた。
(バイト先の織さんしか知らなかったから、見誤った)
向井は考えが至らなかった自分を責めた。忙しく動き回る店舗での様子と、ゲームの通知で織が毎日ログインしていることを確認して、安心していた。
(こんなに危なっかしいなんて)
「織さんこんなでしょ?だから今日は20時まで残ろうと思って」
「え?」
そう言った早番の一人は、よっこいしょと立ち上がった。
「ご家族、大丈夫なんすか」
「あーいいのいいの、うちは子どもも大きいしね。閉店までは無理だけど」
「小山さん…女神様じゃないっすか」
「やだ、わかる?もぉ~レジいとくから品出しよろしくね!」
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ベテランスタッフ小山さんのおかげで、向井は一人でも順調に締め作業を終えた。
織を背負い、無事に部屋までたどり着いた。途中で目覚めた織の拒否は全て無視された。
「着きましたよ」
「…ありがとう」
迷惑をかけた自覚がある織はおずおずと向井から降りた。
「身体冷えてそうですし、先にお風呂入りましょうか」
「えっと、あの、大丈夫だよ。本当ごめん。送ってくれてありがとね」
「あ、ダメっすよ。小山さんにも言われてるんで、俺には織さんを寝かしつける使命があります」
(赤ちゃんじゃあるまいし…)
渋る様子の織を見て、向井は仕方なく圧をかけることにした。
「早く、着替えとタオル持ってきてください。自分で行かないなら担いで入れますよ」
「やめて!持ってくるから!入るから!」
シャワーを浴びて身体が温まると、織はぼんやりと眠気を感じた。
リビングでは向井がお粥の入ったお椀とスプーンを手に、ソファで待っていた。
「これは畑山さんが帰りに持ってきてくれました。心配してましたよ」
「畑山さんまで…」
織は、東京のお母さん二人の愛を感じずにはいられなかった。また、おかげで向井への過剰な恥ずかしさも和らいだ。限界眠気と栄養不足が理由でもあった。
「今度お礼いわないと。向井君も、ごめんね。試験期間なのに…」
「俺は今日で試験終わりっすから。ナイスタイミンす」
(それはいいんだけど、これ…)
とはいえソファで隣に座るのはやはり恥ずかしい織が、カウンター付近で立ち止まってしまった。
「? カウンターのがいいっすか?」
「いや、そうじゃないけど」
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