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若き向井の悩み
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ひとり部屋に残った向井は、粛々と後片付けに勤しんでいた。
何かしていないと発狂しそうだったからだ。
(織さんなら俺もイケる発言した俺が、なに噛みついてんの?)
「うああああ」
油断したら思い出された自分の行いに耐えきれなくなり、声が漏れた。
しかも、そんな自分の行動に対しても、羽場は気分を害した様子を見せずにスルーしてくれた。
(それがまたキツい)
敵わないと思ってしまったら、もう織を追いかけられないのは分かっていた。
(ダサいダサいダサい、こんな俺じゃ織さんを幸せにするなんて言えない)
「はぁ…」
向井は、自分がつくづく子どもなことにうんざりした。
(ダメだ。今は落ちるな。まずは片付けて、織さんにも謝って、それで…)
「怒ってたらやだなぁ」
駅まで送るだけにしては織の帰りが遅いことも、向井の不安を煽った。
そもそも行くところまで行った二人なのだ。向井という愚か者をスパイスに、やっぱりお前だけだよ、なんてことになって駅前の変な名前のホテルに入っていたり、いや羽場の家に向かってたり…
向井の想像は玄関の扉が開く音で止まった。
織は、勢いよく部屋から出て来た向井に怯んだ。
「わっ、びっくりした…ただいま」
「織さん、あの…俺…」
「?」
何から伝えたものか定まらない向井に、織はカウンターで待っててくれる?と言って洗面台へ向かった。
「…はい」
(これはスタッフを注意するためにバックヤードに呼ぶときと同じ)
令和を生きる若者は、怒られることに慣れていなかった。
織がリビングに入ると、向井が両手を膝の上で重ねて妙にキチンと座っていたため笑ってしまった。
「どうしたの、お皿でも割ったの?」
「…いや」
「向井君」
「…はい」
向井の手に力が込められた。
(先に謝るべきだったか?でも…俺は…)
「…今日は、ありがとね」
「…はい?」
予想外の言葉に、向井は思わず顔を上げて織を見た。織はテーブルの上に視線を落としたまま、言葉を続けた。
「あの、男で良かったっていうの、言ってくれたじゃない…?」
「あ…はい…」
織は恥ずかしいらしく、両手で顔を覆った。
「女ならどうこうって割と言われてきたし、傷ついた訳じゃないんだけど、その、嬉しかったから…」
そこで、織はちらっと向井を見た。
「ありがとうね」
「…」
向井は織の方を向いたまま固まっていた。
「えー…以上です」
返事が無いことに織がうろたえはじめた。向井は何とか返事を探した。
「いやっ、むしろ、すいませんでした。急に、空気壊すことして」
「あぁ、気にしないでよ。羽場も気にしてなかったし、むしろごめんってさ」
「そうなんすか…」
羽場のいい人要素が増えたことに向井は複雑な心境だったが、ひとまず織が怒っていないことに安堵した。
「だいたい羽場には男が好きってことも、好きだったってことも言ったのにあんなこと言うんだから、むしろ言ってやって」
「え?言ったんすか?そう、その辺どうなったんすか?」
向井は昨日から気になっていたことを聞くきっかけを手に入れた。
「うん。お互い思ってたことを話したら、こじらせてたのが色々ほどけて、やっと友達になれた感じ。前より気も使わなくなったし」
「友達?」
「まぁお互いどうかしてたよねってことでね…」
「えっ、と…大丈夫なんすか?友達って」
(カミングアウトした?好きって言った?友達になれた?)
向井は次々に渡される情報を必死で理解しようとした。
「うん。あんなに辛かったのが嘘みたいでこれも向井君の…おかげだよ」
織は話の途中でうっかり向井と目が合ったため、最後の方で少々口ごもった。
「え、でも、LINEのトップに固定」
「あ!それ聞こうと思ってた」
「はい?」
何かしていないと発狂しそうだったからだ。
(織さんなら俺もイケる発言した俺が、なに噛みついてんの?)
「うああああ」
油断したら思い出された自分の行いに耐えきれなくなり、声が漏れた。
しかも、そんな自分の行動に対しても、羽場は気分を害した様子を見せずにスルーしてくれた。
(それがまたキツい)
敵わないと思ってしまったら、もう織を追いかけられないのは分かっていた。
(ダサいダサいダサい、こんな俺じゃ織さんを幸せにするなんて言えない)
「はぁ…」
向井は、自分がつくづく子どもなことにうんざりした。
(ダメだ。今は落ちるな。まずは片付けて、織さんにも謝って、それで…)
「怒ってたらやだなぁ」
駅まで送るだけにしては織の帰りが遅いことも、向井の不安を煽った。
そもそも行くところまで行った二人なのだ。向井という愚か者をスパイスに、やっぱりお前だけだよ、なんてことになって駅前の変な名前のホテルに入っていたり、いや羽場の家に向かってたり…
向井の想像は玄関の扉が開く音で止まった。
織は、勢いよく部屋から出て来た向井に怯んだ。
「わっ、びっくりした…ただいま」
「織さん、あの…俺…」
「?」
何から伝えたものか定まらない向井に、織はカウンターで待っててくれる?と言って洗面台へ向かった。
「…はい」
(これはスタッフを注意するためにバックヤードに呼ぶときと同じ)
令和を生きる若者は、怒られることに慣れていなかった。
織がリビングに入ると、向井が両手を膝の上で重ねて妙にキチンと座っていたため笑ってしまった。
「どうしたの、お皿でも割ったの?」
「…いや」
「向井君」
「…はい」
向井の手に力が込められた。
(先に謝るべきだったか?でも…俺は…)
「…今日は、ありがとね」
「…はい?」
予想外の言葉に、向井は思わず顔を上げて織を見た。織はテーブルの上に視線を落としたまま、言葉を続けた。
「あの、男で良かったっていうの、言ってくれたじゃない…?」
「あ…はい…」
織は恥ずかしいらしく、両手で顔を覆った。
「女ならどうこうって割と言われてきたし、傷ついた訳じゃないんだけど、その、嬉しかったから…」
そこで、織はちらっと向井を見た。
「ありがとうね」
「…」
向井は織の方を向いたまま固まっていた。
「えー…以上です」
返事が無いことに織がうろたえはじめた。向井は何とか返事を探した。
「いやっ、むしろ、すいませんでした。急に、空気壊すことして」
「あぁ、気にしないでよ。羽場も気にしてなかったし、むしろごめんってさ」
「そうなんすか…」
羽場のいい人要素が増えたことに向井は複雑な心境だったが、ひとまず織が怒っていないことに安堵した。
「だいたい羽場には男が好きってことも、好きだったってことも言ったのにあんなこと言うんだから、むしろ言ってやって」
「え?言ったんすか?そう、その辺どうなったんすか?」
向井は昨日から気になっていたことを聞くきっかけを手に入れた。
「うん。お互い思ってたことを話したら、こじらせてたのが色々ほどけて、やっと友達になれた感じ。前より気も使わなくなったし」
「友達?」
「まぁお互いどうかしてたよねってことでね…」
「えっ、と…大丈夫なんすか?友達って」
(カミングアウトした?好きって言った?友達になれた?)
向井は次々に渡される情報を必死で理解しようとした。
「うん。あんなに辛かったのが嘘みたいでこれも向井君の…おかげだよ」
織は話の途中でうっかり向井と目が合ったため、最後の方で少々口ごもった。
「え、でも、LINEのトップに固定」
「あ!それ聞こうと思ってた」
「はい?」
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