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だいさくせん!
しおりを挟む桜が咲いた。
遥斗はひとつおにいさんになり、幼稚園を卒園し、小学校に通うことになった。
かばんはランドセルでなくてもいいのだけれど、あこがれだった青いランドセルを買ってもらった遥斗は、ごきげんだ。
背負うと、ペンケースがシャカシャカ鳴った。楽しくて飛び跳ねたら、おかあさんも、おとうさんも笑う。
鏡で見たら、自分がちいさすぎて、ランドセルが大きすぎて、亀の甲羅みたいになってるけど、でも、ぴかぴかの青だ。
立派な、小学生だ! おにいさんだ!
遥斗のちいさな鼻が、ふくらんだ。
小学校でうまくやっていけるかな、という心配と、新しいところへゆく、わくわくで、とくとくする鼓動で、遥斗はランドセルを揺らす。
背中で、ぴかぴかの青が、輝いた。
「いってきます!」
元気に手をふって、玄関を出たら、涼真が立っていた。
さらさらの夜空の髪が、春風に揺れる。
「りょーくん、おはよー!」
こくんと涼真がうなずいた。
幼稚園バスに乗っていたのが、ちょっと遠い小学校まで歩かなくてはならなくなった。
でも涼真といっしょなら、登下校はきっと楽しい。
「ん」
涼真が手を差しだしてくれるのは、遥斗が転ばないようにするためなのだと思う。
意外に、と言ったら失礼かもしれないけれど、心配してくれる涼真は、やさしい。
でも、遥斗はもう、おにいさんなのです!
「りょーくん、ぼく、もうころばないよ。しょうがくせいだもん!」
胸を張ったら、涼真はうなずいた。
「あぶない、から」
なるほど。車とか自転車とか不審者とか、世界には危険がいっぱいらしい。
遥斗は、こわい顔をした両親の注意を思いだす。
『変な人が来たら、股間を蹴るのよ』
『待って、闘おうとさせないで! それに女の人にはダメージそんなにないから! 全速力で逃げるんだよ、遥斗!』
おとうさんの意見を採用した遥斗は、逃げる心構えも、足の速さも、準備体操まで万端だ。
ひとりぽっちで登下校は心配だけど、でもりょーくんと一緒なら、だいじょうぶかな。
きゅ
涼真の手をにぎった遥斗は、首をかしげる。
んん?
手をつないで、歩道を塞ぐように横に並んで歩くのは、自転車や歩行者の通行を阻むことになって、逆に危険なのでは……?
思ったけれど──……涼真の手を、離したくない。
じゃまになったら、よけます。ごめんなさい。
心のなかで謝った遥斗は、涼真の手をにぎる。
ぎゅ
つながる指が、あったかい。
りょーくんと、手をつなぐたび、どきどきする。
頬が熱くて、世界がきらきらして、りょーくんが、とびきり、かっこよく見える。
遥斗の目標は、涼真と『なかよしの幼なじみ』になることだ。
ふつうのともだちより、ちょっと特別な幼なじみになりたい。そうしたら、勇気がでたら、いつか涼真に『すき』と言える日が来るかもしれない。
きゅんきゅんする胸で、遥斗は『なかよし大作戦』を敢行した。
一緒に登下校するときは、楽しく思ってもらえるようにいつも話しかけたし、朝の登校のときはお迎えにゆき、下校のときも声をかけた。
「きのうのよるの、あにめみた?」
「きょう、せんせいがね、しゅくだいをだしたのを、わすれててね」
涼真は、こくんとうなずいたり、首をふったりするだけだったけれど、ほんのり唇の端があがることもある。笑ってくれたのかと思うと、遥斗はとびきりうれしかった。
いっしょに夏休みの宿題をした。遥斗の家でゲームをしたり、涼真の家で本を読んだりしたら、だいぶなかよしだと思う!
いっしょにスイカを食べて、ちいさな庭に向かって種を飛ばして遊んだ。
「僕のほうが飛んだよ!」
えへんと胸を張る遥斗に、涼真はこくりとうなずいて、両親は遠い目になった。
「……はる、それはあんまり、自慢にならないかな……」
「よそでやらないでね! なんて教育してるのって言われちゃう! りょうくんも、内緒ね!」
こくんと涼真はうなずいてくれた。
無口な涼真だから、きっと内緒は完璧だ。だいじょうぶ。
次の朝、新聞を取りに玄関を出た遥斗は、今から出勤らしいピシっとした白いスーツの涼真のおかあさんに微笑まれた。
「はるくん、スイカの種を飛ばすの、上手なんですってね。やっぱりかけっこが得意だと肺活量があるのかしら。すごいわ」
隣で、庭の花にお水をあげていた遥斗のおとうさんが、小さくなってた。
「……ないしょって言ったのに……」
切ない目で涼真に抗議した遥斗に、涼真はこくんとうなずいた。
「はる、すごかった。ないしょにすること、ない」
涼真が胸を張ってくれた。
びっくりした遥斗は、熱い頬で笑った。
冬休みにも、一緒に宿題をした。
雪が降った日の朝は、大喜びで涼真の家の前に駆けた。
「りょーくん、雪だるまつくろー!」
もこもこで出てきた涼真は、とびきり可愛くて、ふたりで大きな雪だるまを作った。
「おぉお! 傑作だな!」
遥斗と涼真の家族皆で、いっしょに写真を撮って笑った。
『りょーくんと、なかよくしたい』
願いながら、ちょろちょろまとわりつく遥斗に、涼真はいやな顔をすることはなかった。
いや、いつも無表情なくらい不愛想で無口で、表情の機微を読むことさえむずかしいので、もしかしたら迷惑だと思われていたのかもしれないけれど、涼真がそれを態度で表したり、口にしたりすることはなかった。
それだけで、遥斗は救われていた。
「無口な子で、何を考えてるのか、わかりにくいんだけど、仲良くしてあげてね、はるちゃん」
お願いしてくれる、りょーくんのお母さんは、天使だ。
「はい!」
遥斗は元気にお返事する。
……涼真はもしかしたら、遥斗と仲よくしたくないかもしれないけれど。そう思うと果てしなく落ち込むから、考えないことにする。
どんなに涼真の反応が薄くても、いやがるそぶりがなかったので、めげずに遥斗は涼真に話しかけつづけ、いっしょに登下校をつづけた。
「りょーくん、昨日の宿題、やってきた?」
「昨日、アニメ最終回だったね、見た?」
こっくり、うなずいてくれたり、ふるふる首を振ったりしてくれる、ただそれだけでも、たまらなくうれしかった。
話題が尽きて、何にも話すことがなくなっても、つながる指に、鼓動が跳ねた。
遥斗の胸のきゅんきゅんは、止まらない。
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