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ちょっとおとな
しおりを挟む桜が咲く。
舞い降りる花びらを追いかけるたび、世界を薄紅に染めあげる花を見あげるたび、遥斗は涼真と出逢った日を思いだす。
遥斗と涼真は小学校3年生に進級した。
青いランドセルが、随分さまになってきて、得意になっていたのに。
「まだ手ぇつないで登校してんの?」
「ガキっぽーい!」
からかわれるようになった。
ぷくりとふくれた遥斗は、そっと隣の涼真に目を移す。
自分が何と言われるのも構わないけれど、りょーくんまで酷いことを言われたり、からかわれたりするのは、だめだ。
小学校3年生になって、オトナに近づいた遥斗は、男の子が男の子をすきになるのは、ちょっとめずらしいことだと学習していた。
テレビで見た。
びーえるというのだ。ぼーいずらぶの略らしい。
ドラマもしてるみたいで、人気があるみたいで、びーえるを、すきになってくれる人はたくさんいるけれど、でも偏見を持つ人も多いのだという。
びーえるは、すきだけど、現実は無理な人もいるみたいだ。
同性同士がずっと一緒にいることは、パートナーシップ制度でしか実現できないことも知った。
正式に、りょーくんと、伴侶になれない。
打ちのめされた8歳の遥斗はしょんぼりした後で、気づいた。
りょーくんの恋人にさえ、なってなかった!
もっと、しょんぼりした。
そう、恋人でもない、小学校2年生でもなくなってしまった遥斗は、お手々をつないで登下校から卒業しなくてはならないのだ。
しょんもり遥斗は、うつむいたまま、ささやいた。
「……りょーくん、手、つなぐの、やめる?」
夜空の瞳が、瞬いた。
涼真が、首をふる。
夜空の髪が、さらさら揺れる。
「で、でも、皆がうるさいよ」
しばらく沈黙した涼真が、こくりとうなずいた。
「……ハルが、いやなら……」
ちいさな声にかぶさるように叫んだ。
「いやじゃないよ!」
涼真の手をにぎった。
ぎゅうぎゅう、にぎった。
「いやじゃない!」
泣きだしそうに揺れる視界で、叫んだ。
目を見開いた涼真が、遥斗の手をにぎってくれる。
ぎゅうぎゅう、にぎってくれる。
「……じゃあ、皆のいない、ところで」
ほんのり朱いまなじりで、ささやいてくれた。
跳びあがった遥斗は、とろけて笑う。
「うん!」
皆がいるのは小学校の近くだけだ。すぐにふたりきりの道になる。
りょーくんと、手をつないでいられる。
ちょっと遠い小学校に通えることが、うれしくてたまらなくなる。
小学3年生は、ちょっとオトナだ。
2月になると女の子たちが、きゃわきゃわして、男の子たちが、そわそわしてる。
「一条くんって、かっこいーよね」
涼真の名前が呼ばれた途端、遥斗は『ぐりん!』と振り向きたいのを懸命にこらえた。
誰が、りょーくんをかっこいーと言ったのか、そうっと見る。
かわいい女の子だと、遥斗の胸は、ぎゅうぎゅう軋んだ。
「えー、無口すぎない?」
唇を尖らせる女の子も、顔が赤い。
「そこがいーの!」
「チョコあげるー?」
楽しそうに、ちょっと恥ずかしそうに、うれしそうに、明るく笑う女の子たちに、ぎゅうぎゅうする胸を押さえた遥斗は、ふしぎな言葉に首をかしげた。
「ちょこ?」
涼真はよく手作りのクッキーやケーキをもらっているけれど、チョコレイトは珍しい。
「うっそ、はると、知らねーの?」
にやにやしたクラスメイトに小突かれた。
「すきな人に、チョコをあげる日なんだよ」
眼鏡のクラスメイトが教えてくれる。
「2月14日!」
「ばれんたいん!」
瞬いた遥斗は涼真を振りかえる。
「そうなの?」
こくんと涼真がうなずいた。
なるほど、ほんとうらしい。
「はると、いっつも、りょうまに確認するよな」
つまらなさそうに言うクラスメイトに、遥斗は胸を張る。
「だって、りょーくん、嘘つかないもん」
「なんだよ、俺らが嘘つきだってのか?」
遥斗は、しっかりうなずいた。
「この間、今日、ふのみそ汁って言ったのに、給食、コーンスープだった!」
ちゃんと覚えているんだぞ!
「あ、あれは冗談っていうか、恐怖のみそ汁だよ。言いがかりだ!」
クラスメイトは憤慨していたけれど、遥斗が信じられるのは、いつだって涼真だ。
皆の言うことがほんとうなら、2月14日は、すきな人にチョコレイトをあげる日なのだ。
りょーくんに、チョコレイトをあげる日だ!
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