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言えない
しおりを挟む「……愛希……?
バイト?
聞いてないんだけど」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
空気が音をたてて、ひび割れたような気がするのに。
愛希が、とまどっているのが、見えるのに。
わきあがる、真っ暗な気もちを、止められない。
『バイトする』というのは高校生にとって、いや大人にとっても大切なことで、大事な人には話すことだと思う。
彼氏には、話してほしい。
愛希のメッセージの返信が遅いことを嘆いていた自分は、なんておめでたい、あんぽんたんだったのだろう。
愛希にとって、自分は
『アルバイトすることになったよ』
『この時間は働いてるから、返信とか連絡できないからね』
伝えてもらえないほど、どうでもいい存在なのだろうか。
……ずっと、愛希の傍にいたいのに。
愛希の伴侶になりたいのに。
そんなことを思っているのは…………俺、だけ…………?
泣きそうになるのを隠すように、声が低く、低く、落ちてゆく。
にぎる指が、ふるえてる。
「……内緒にしておいて、かっこよく、おごってあげて、びっくりさせたかった」
愛希がくれた言葉に、目をむいた。
「……え……」
びっくり、させたかった?
おごってくれるために?
──……俺の、ため、に……?
真っ暗な水底へと突き落とすのも、すくいあげて笑ってくれるのも、愛希だ。
自覚したら、耳まで熱い。
どうしよう
愛希の職場なのに
仕事中なのに
どうしよう
抱きしめたい。
ちゅうしたい。
どうしよう
俺、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ、愛希が、すき
燃える頬で、開こうとした唇は麗乃の腕に止められる。
「真紀、知りあいなの? 親戚の子ども?」
『彼氏だ──!』
絶叫しかけて、止まれたのは奇跡だ。
ここは、愛希の職場だ。
カミングアウトなんて、彼氏がしていいものじゃない。
もし愛希が、働きづらくなったら?
こんなに可愛い、大すきな愛希が、差別されたら? きもちわ……言われてしまったら?
絶対絶対絶対絶対絶対絶対だめだ──!
……そんなことを、心配しなくていい世界にするのは、今の世界を変えていくのは、俺たちだ。
わかっているけど、今は──
言えないから、愛希の手をにぎる。
『俺の、彼氏だよ。
最愛』
伝わるように、そっと。
愛希が、俺を、見あげてくれる。
それだけで、世界が虹に輝きはじめるんだ。
『たいせつに、思ってる。
お仕事、がんばって』
それだけでも伝えようとしたのに
「片白くん! 料理あがったよ! 5番!」
厨房から声が飛ぶ。
「はあい! ごめん、真紀ちゃん。お連れさまも。こちらのお席にどうぞ」
愛希がひいてくれた椅子に座るなんて、しあわせすぎて、どうしよう!
今度、愛希に椅子をひいてあげよう。
そうしよう。
「なに、真紀、ほんとに知りあいなの? 高校生と?」
麗乃の声に、眉を寄せる。
「……おじさんだと言いたいのか。麗乃は俺より半年も上だぞ!」
「え、いや、そういうことじゃなく……え、ほんとに知りあい?」
ぽかんとする麗乃の口のなかに
『彼氏だ──! 9歳も若い彼氏だぞ! いいだろう!』
突っこんでやりたい。
『うわ、3年も我慢なの? おつ』
にやにやした顔で、肩を叩かれる未来しか見えない。
泣いちゃう!
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