【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ

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魔法科、入学試験だよ!

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 こんなに勉強したのは、生まれて初めてだ。

 キーアの時は勿論、紀太のときも、頭がほんとに魔法の火を噴きそうなほと、目から精霊語ビームが出そうなほど、勉強したことなんて、ない。

 こんなにドーナツを食べたことも、ない。

 こんなにおいしいドーナツを、はむはむしながら、粉砂糖にまみれた手でペンを握りしめて勉強したことも、ない。

 目を明けていられなくなる限界まで机に齧りついて勉強し、起きたらすぐ白いタオルではちまきをし、目を覚ましたら勉強だ。

「キーアお坊ちゃま、だいじょうぶですか!」

 涙目なヨニが、眠気覚ましのお茶を淹れてくれながら心配してくれる。

「火の魔法は魔素のみならず大気の影響も受けやすく、詠唱の際には天候や大気の状態を確認する必要があり──」

『だいじょぶ』が言えないよ。
 なんか口から、今さっき読んだ、過去問の論述問題の模範解答が出てくるよ。

「キーアお坊ちゃま、ご飯も食べましょう!」

 勉強しながら食べられるドーナツしか食べてないキーアを、トマが心配してくれる。

「水の魔法を使える人が少ないのは、水の精霊が気まぐれ、もしくは人間のこのみが厳しいのではないかと言われているが、一方で大気中の魔素や天候、水蒸気などの影響を受けにくく、安定して魔法を出力できるという利点があるため──」

『おいしすぎるドーナツを両手に持って食べ過ぎて、ちょっと『うぷっ』てなってきたので、この間作って涙が出るほど美味しかった、白菜もどきのピクルスを食べたいです!』

 言ってるつもりなのに、おかしいなー?


「キーアお坊ちゃまがー!」

 ヨニとトマが抱きあって泣いてる!

『心配かけてごめんよ!』

『だいじょぶ、だいじょぶ!』

 言いたいのに、口からこぼれるのは

「魔法とは空想と幻想による産物ではなく、確固たる理論に基づいた科学的な現象であり──」

 仕方ないので、親指を立ててみた。

 顔を見あわせたヨニとトマが、胸を叩いてくれる。

「わかりました、キーアお坊ちゃま、お野菜をご用意しますね!」

「頭がすっきりして、疲労回復し、元気が出るよう、酢漬けがよいのでは?」

 トマとヨニが、優秀すぎる!


「はー♡ ドーナツうまー♡」

「はー♡ 白菜もどきのピクルス、しゃくしゃくー♡」

 無限ループが始まったよ!
 おいしすぎて、また喋れるようになりました。

 ぽんぽんたたくと直る機械みたいだよ。
 突然勉強を詰めこみ過ぎて、身体も色々誤作動だよ。大変だよ。


「キーアお坊ちゃまが勉強してるところ、はじめて見ました!」

 いつもやさしいトマが、にこにこしてくれる。

「うう、キーアお坊ちゃまが、こんなにお勉強なさるなんて……!」

 おじいちゃん執事のヨニが、泣いてる。


 今まで勉強、ぜんっっぜん! しなくてごめんよ──!

 両手にドーナツを持って食べかすをくっつけた、前のキーアが、ちっちゃくなろうとしてる。

 なれてないけど。
 まるい背中に哀愁が漂ってるよ。

 一緒に反省したよね。
 これからは一緒に、勉強もがんばろー!




 耳から文字が出そうなほど勉強しました。

 詰めこみ過ぎた参考書の文字で、キーアの身体は、ぱんぱんだ!

「はわわわわわ」

 今、揺さぶらないで! なんか出るから!

「だいじょうぶですか、キーアお坊ちゃま!」

「ゆっくり行きましょうね!」

 心配してくれたヨニがついてきてくれて、トマが馬車を用意してくれる。

 そーっとそーっと馬車に乗りこみ、そーっとそーっと降りたキーアは、そーっと手を挙げる。

「が、がんばってくるよ!」

「応援してます、キーアお坊ちゃま!」
「キーアお坊ちゃま、ご武運を!」

 トマと一緒に、ヨニも拳を掲げて見送ってくれた。

 やさしい。
 うれしい。

 ふわふわ頬も、胸も熱くなって、めちゃくちゃがんばれる気がする。

 悪役令息の伴侶(予定)なのに、こんなにやさしい人たちと家族になれるなんて、しあわせすぎる。

 ほんとはぶんぶん手を振りたいところを、そーっと手を振ったキーアは、そーっと試験会場に入る。

 騎士科の試験の日もたくさんの受験生がいたけど、魔法科はすごい。
 ラッシュみたいだよ。

 騎士科は記念受験しようとしたら泣いちゃう感じだけど、魔法科は気軽に記念受験できるからか

「わー、すごーい! これが大公立学園かー」
「画像撮ってー!」

 遊園地に来たみたいに、はしゃいで、魔道具を掲げている人たちがいる。

 こんな人混みのなかで、ぴんくの髪の主人公とか、伴侶(予定)な悪役令息とか探すとか無理だから、やめておこう。今、きょろきょろしたら、何か出るから!

 とりあえず試験が終わるまでは、全力で集中だ。

『試験が終わってから、主人公とか悪役令息とか攻略対象とかに、もし逢えたらラッキーだな』スタンスでゆきましょう。

 騎士科に落ちてて、魔法科まで落ちたら大変だから!

 もう二度と攻略対象たちに逢えなくなっちゃうから──!

 そんなの絶対イヤだぁああああ──!


 涙目で受験票を確認し、人混みをそーっと掻き分け、受験会場の席についたキーアは、すぐに過去問と参考書を開いた。

 ギリギリまで詰め込んだほうが安心するタイプだよ。

 最後の瞬間まで詰めこみたい!
 1週間しか頑張ってないから!

 本気の涙目で参考書にかじりついていたら、隣の人から、いい匂いがした。


「勉強してるの? えらいね」

 ……3歳のお子さまに対する言葉みたいだよ。

 いくら成長途中とはいえ、3歳って思われてないよね!?

 あんまり頭を動かしたくないんだけどなー。
 動くたびに、覚えた精霊語が、耳からこぼれ落ちる気がする。

 ぽこぽこん
 落ちる音まで聞こえる気がするよ……!

 余裕なあなたと違って、こっちは必死なんだよう!

 でも、めちゃくちゃ、いー匂いする!

 覚えた言葉が落ちてゆかないように、そうっと耳を押さえたキーアは、そうっと顔をあげる。


 やわらかそうな蜂蜜の髪が、ふわふわ揺れる。
 みずみずしい春の若葉のような瞳が、顔をあげたキーアに見開かれた。

「……っ」

 息をのむ音が、かすかに聞こえる。


 3歳児だと思ったら、ちょっとおっきかったからびっくりした?

 じゃなかった!

 すんごいいー匂いがすると思ったら、顔面力が半端ない!

 なんだこのキラキラ!

 圧倒的な顔力が押し寄せるようで、息を詰めたキーアは跳びあがる。


「ルゥイ・トゥナ・ロデア殿下!」

 攻略対象、人気投票不動の第一位!
 王子さまポジな、大公殿下の第一子!
 ふわふわの蜂蜜の髪と若葉の瞳がとろけるようにやさしい、腰砕けな甘いボイスのルゥイさまだ──!

「きゃ──!」

 拍手してから、覚えたことが口と手からぼろぼろこぼれた気がして、あわあわ止める。

「あばばばば!」

 あわててこぼれ落ちた項目を拾うように参考書をめくった。


「……え……」

 隣でルゥイが、茫然としてる。

 ごめんなさい、失礼だった!


「は、はじめまして、ルゥイ殿下、キピア家次期当主、キーア・キピアと申します」

 そーっと貴族の敬礼をしたキーアは、そーっとまた席についた。

「あの、覚えたことがこぼれ落ちそうなので、今は失礼をごめんなさい!」

 そーっと丁寧にお辞儀したキーアは、すぐに参考書をめくる。

 この魔法理論が難しいんだよなー。
 論述しろって言われると弱い!
 選択式なら鉛筆を転がせるのになー。あれ、最高だよね。試験の時に『えいや!』

 ……待って、鉛筆じゃなかった!
 つけペンだよ、転がせないよ!? どうしたらいい!?

 あわあわしたら涙目が加速する!

『キーアお坊ちゃま、がんばって!』
『だいじょうぶですよ、キーアお坊ちゃま!』

 トマとヨニが応援してくれる声が聞こえた気がして、あわててキーアは目を拭った。

 そうだ、だいじょうぶ。
 落ちつこう。

 鉛筆がなくても、てきとーに選択するならできるから!

 よし、だいじょぶだ、俺はやれる、やれる、やれる──!


「……僕に興味をなくす人、初めて見た」

 ちいさな呟きが聞こえる。


「めちゃくちゃ興味ありますが、今は真剣にごめんなさいー!」

 あばばばしながら声だけで返答したら、隣で肩が揺れている。






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