【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ

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 涙と鼻水でくしゃくしゃになってるネィトの顔を、トマのハンカチで拭いてあげながら、キーアは告げる。

「ネィトのおかげで、前世の記憶がよみがえって、ニューキーアになれたみたいだよ。ありがとう。
 だから、俺、完全に前のきーちゃんじゃないんだ」

「…………え…………?」

 紫苑の瞳が、まるくなる。

 キーアは、トマとヨニを見あげた。

「頭を打ってから、俺、混乱してたし、別人みたいになったと思うし、怖かったと思う。なのにずっと傍にいてくれて、ありがとう」

「キーアおぼっちゃま……!」

 涙ぐむふたりを、抱きしめる。

「伴侶(予定)なネィトと、トマと、ヨニに、聞いてほしいんだ。俺のこと」

 キーアの言葉に、ネィトとトマとヨニが頷いて、ヤエは眉をさげた。

「じゃあ俺は席を外す? あっちでお兄さんもカタカタしてるみたいだし」

 ヤエが指すほうで、ネィトのお兄さんティトが青くなってふるえていた。

「……そ、その、ネィトの、目を……」

 髪を下ろして、紫の目を見えなくしてほしいんだろう。

「それは聞けない相談です」

 キーアは胸を張る。

「ヤエさま、ネィトの髪を可愛くしてくれませんか。お金はへそくりをお出しします! ヨニが!」

 ぴくっとなったヨニが、お財布を握りしめて頷いてくれる。

「だ、出しましょう!」

 ちょっとぷるぷるなヨニに、ヤエが笑った。

「いいよ、可愛くしてあげる。キーアと一緒に舞踏会に行くんでしょ? 俺の服を着てくれる芸術なキーアの伴侶(予定)も、可愛くないとね。持ってる服、全部出して。最高に可愛くしてあげる」

 片目をつぶるヤエに、トリアーデ家の従僕さんが跳びあがる。

「すぐに衣をお持ちします!」

「キーアちゃん……!」

 心配そうなティトに、キーアは胸を張る。

「ネィトさまの伴侶(予定)は、俺です。
 何かあったら、俺がすべての責任をとります。
 だから『紫の目が、魔物の目だ』なんていう迷信を信じないでください。
 ネィトは、とびきり可愛い、人間です」

 見開かれた紫苑の瞳から、涙があふれる。

「……きーちゃん……」

「髪を、あげよう。俺が、ネィトを守るから」

 涙と鼻水で抱きつくネィトを抱きしめたら、昔のキーアの記憶がよみがえる。


『ねいちゃんの目、きれい。星の空ね』

 キーアが笑うと、ネィトは恥ずかしそうに赤い頬で、首を振った。

『むらさきの目、まものの、目なんだって。だから、皆、こわがるの』

 うつむくネィトの指が、ふるえてる。

『僕、こわくないよ』

『きーちゃん、だから。でも、皆、こわいって……』

 首を振るネィトの髪が、かなしげにぱさぱさ揺れた。

『そっかあ。じゃあ、目が見えなくなれば、こわくなくなるんじゃない? 髪で、目をおおっちゃえば、平気だよ!』

 紫苑の瞳が、瞬いた。

『……そう、かな?』

『僕も、ねいちゃんと、おそろいの髪にするから。ふたりで目がみえなくなったら、平気だよ。ね? 僕は、ねいちゃんの、伴侶になるんだから!』

 ちっちゃな胸を叩いて、笑った。

 あふれる涙と抱きついてくるネィトを、抱きしめた。


 ──……ああ、そうだ。
 あれからずっと、ネィトは前髪をのばして、目をかくして。

 キーアも、おそろいの、もしゃもしゃの髪にしてた。

 それで、伴侶(予定)のネィトを守っていると、思ってた。



「子どもの俺は、考えが足りなかった。紫の目を隠すことは、ネィトを救うことなんてない。
 ……ずっと、髪で、目を隠させて、ごめん」

 頭をさげるキーアに、ネィトは首を振る。

「目を隠したら、皆、ふつうに話してくれるようになったんだよ。きーちゃんのおかげだよ!」

 キーアは首を振る。

「迷信とは、差別とは、闘わなきゃ。
 ネィトだけじゃない、紫の目をもつ、差別に苦しむ、皆のために。
 さいわい、ネィトは、めちゃくちゃかわいーし、めちゃくちゃ身分高いし、面と向かって文句を言う人なんて、いないよ。いたら、俺がぽこぽこにしてあげる。ちょこっと、強くなったんだよ!」

 胸を叩いた。
 ちいさい頃の、キーアみたいに。

「きーちゃん……」

 うるうるの紫の目を、いとおしむように、朱いまなじりを、やさしくなでる。

「だいじょうぶ。俺と一緒に、髪をあげよう」

 ちいさな手を包んで、まっすぐ紫の目を見つめた。

 こわいのだろう、ふるえる指で、ネィトはキーアの手を握る。

「……きーちゃんと、一緒なら……がんばる」

「えらいえらい」

 闇色の髪をなでなでしたら、とろけるように笑ってくれる。

「きーちゃん、だいすき」

 真っ赤な頬で、見あげてくれる。
 ふわふわ熱くなる頬で、キーアは告げる。

「ありがとう。でも、前のキーアじゃないんだ。それをわかってほしくて。俺の話を聞いてくれる? トマも、ヨニも」

 こくりと頷くネィトとトマとヨニの向こうで、ヤエは眉をさげる。

「外そうか?」

「気持ち悪くなかったら、ヤエさまもどうぞ。ヤエさまが知っていてくれたら、心強いから」

 主人公のおたすけキャラだから、悪役令息サイドじゃないけど。
 やさしいヤエさまを、信じてる──!

「聞く!」

 しゃっと隣に座ってくれるヤエに笑ったキーアは、口を開いた。

「輪廻転生って、わかる?」

 顔を見あわせた皆が、首を振る。

「人間は、おなじ魂をもって、生まれて死ぬのを繰りかえしているんじゃないかっていう考え方なんだ。人間に生まれたり、馬や鳥になったりね」

 目をまるくする皆に、微笑んだ。

「地球に生まれてBLゲームをしてた室矢紀太が死んで、キーア・キピアとして生まれ変わった。頭をぶつけた衝撃で、紀太の記憶がよみがえったんだ。だから今の俺は、紀太の記憶がとても強い。前のキーアとは、ずいぶん違うと思う」

 幻想とか、嘘つきとか糾弾したり、怪訝な目をすることなく、ネィトもトマもヨニもヤエも、真剣にキーアの話を聞いてくれた。

「紀太がしてた、ゲームの世界に、ここはとてもよく似ている。ネィトも、ヤエさまも、そのゲームに出てきたんだ。これからこうなるんじゃないかっていうことが、紀太の頭のなかにはある」

 皆が顔を見あわせる。

「それは予知ということでしょうか?」

 ヨニの言葉に頷いた。

「あらかじめ、知ってる。予知という言葉は正しいと思う。その不確実性も含めてね。起こるかどうか、わからない。でも、こうなるんじゃないかっていうことを、紀太は知ってる」

「すごい、きーちゃん!」

 無邪気に拍手してくれるネィトが、かわいい。

「だから、このままいくと、主人公が攻略対象たちと恋愛を繰り広げるはずなんだ。ネィトは悪役令息として登場して、主人公と闘うことになる。攻略対象を巡ってね」

 ぽかんとネィトが口を開ける。

「……きーちゃんを巡って、じゃないの?」

「俺は文句を言われる係だよ。『伴侶(予定)がしっかりしてないから、ネィトが主人公の邪魔をしにくるんだけど、止めさせて』って」

「えぇ!?」

 仰け反るネィトと一緒に、トマもヨニも、ヤエまで仰け反ってた。

「ネィトが、ルゥイ殿下やレォさまに『きゃー♡ きゃー♡』しちゃうのも、俺がだるだるんの無言の人形みたいになってたのも、そのゲームの強制力、お話のとおりに遂行しようとしてる力が働いているかもしれないんだ」

「……なるほど」

 ヨニとトマ、ヤエが考え深げに頷いて、ネィトの目が不安そうに揺れる。

「……僕、その、しゅじんこーと、戦う? ことに、なる、の……?」

「たぶん。俺もまた無言になるかもしれない。まだそのゲームが始まる時期じゃないから、こんな話ができるのかもしれない」

「いつから、はじまるんですか?」

 トマの問いに、キーアは答える。

「大公立学園の入学式」

「……なるほど。学園生活で愛をはぐくむのか、いいね!」

 ヤエが楽しそうだ。

「俺の役割とか、あるの?」

「主人公に、かっこかわいー服を作ってあげたり、悪役令息なネィトに、かわいー服をつくってあげたりしてくれます」

「……それだけ?」

 眉をさげるヤエに頷いたら、泣きそうな顔になってる。かわいい。

「たぶん、BLゲームが始まったら、ネィトも俺も、おかしくなっちゃうかもしれない。それを、トマとヨニには知っててもらいたいんだ。キーアとしての意識があって、何か書いたりとかできるのか、わからないけど。BLゲームが終わったら、元に戻れるんじゃないかなと、希望してる」

「終わるのは?」

 心配そうなヨニに告げる。

「おそらく、大公立学園の2年生の終業式、かな。大抵、『2』は面白くなくて『3』まで出ないんだよ。もし出たとしたら、大公立学園卒業のときには、何とか終わると思う。わからないけど」

 わからないけど、が、いつもついちゃうよ!
 もしかしたら、すんごいファンタジーなゲームとかすんごいRPGゲームみたいに7! とか出たりするかもしれないけど……! ないんじゃないかなー?

「だから、大公立学園にいる間は、ネィトが攻略対象にきゃーきゃー♡ してても、浮気とは思わないから、安心して」

 うれしそうというより、さみしそうな、複雑そうな顔で、ネィトが頷く。

「う、うん。ありがとう、きーちゃん」

 紫の目を、まっすぐ見つめて、告げる。

「俺は、前のキーアじゃない。
 大公立学園には、素晴らしい人がたくさんいる。主人公と戦ったりするうちに、ネィトのほんとうにすきな人が見つかるかもしれない。
 ネィトを守るために、伴侶(予定)でいるつもりだけど、ネィトは自由に恋をして、ほんとうに心から想う人を、見つけてほしい」

 紫苑の瞳が、まるくなる。

「…………え…………? だ、だって、僕が、だいすきなのは、きーちゃん……」

「そのきーちゃんじゃ、なくなっちゃったから」

 キーアの手が、ネィトの頭を、やさしく撫でた。


「ほんとうに、すきな人を、見つけて。応援する」

 ふうわり、笑った。




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