48 / 209
薔薇です
しおりを挟む竪琴が止まる。
夜が香る。
一瞬、静寂が降りた大公宮が、拍手と歓声に包まれた。
「すごい……!」
「誰、あれ!?」
「あんな可愛い子、いた!?」
「なんてちっちゃくて、可愛い百合──!」
皆の声と視線が集まる先は、ネィトらしい。
間違いなく、キーアじゃない。
顔も名前も声もないモブだから!
ネィトは高位貴族トリアーデ家の第三子だ。紫の瞳を見せたことからも、注目の的だろう。
おそろしいとか、おぞましいじゃなくて、拍手と歓声なのは、よかった!
が!
「薔薇です!」
そして
「ちっちゃく、ない!!!」
両手の拳を掲げるキーアの後ろから、あまい声がする。
「ぷぷぷ」
「そこ、笑わない、大公殿下!」
おこですよ。
成長途中なんだから!
しかしロデア大公国だからこそ、大公殿下にこんな口を利けるのであって、ネメド王国だったら打ち首だね、やばい!
ぷんぷんしてたら、腰の砕けるようなあまい声がした。
「次は僕と踊ってくれるかな、キーア」
はちみつの微笑みが降ってくる。
「ルゥイ殿下」
長い青磁の髪が流れて、とろけるようないい香りがする。
「俺と踊って、キーア」
「レォさま」
ありえないお誘いに、ぽかんとキーアは口を開けた。
現実にロデア大公国に暮らしていると、かなりありえないことだと思うけど、素晴らしいハイスペックで身分も高い攻略対象たちに、伴侶(予定)はいない。
『悪役令息と決闘だ!』は主人公と悪役令息の戦いを楽しむゲームだったから、悪役令息がいっぱいいたりすると、むかちゅきも分散しちゃうと思われたのか、ネィトひとりが頑張ってた。
その仕様のためだと思われるけれど、攻略対象に伴侶(予定)がいない、ということは、主人公がいない春の大公宮舞踏会は、フリーということなのです!
ありえないよね?
お暇だから誘ってくれたのかな?
──間違いない。
うむうむ納得したキーアの後ろから、低くてあまい声が降ってくる。
「身分の高い人から踊ろうね、キーア」
にっこり笑って手を差しだすのが、大公殿下なんですけど──!
後ろで大公配殿下が、おどろおどろしい凍気を放っておられます……!
何かが、ものすごく、間違ってる気がする──!
バグ?
バグなの!?
あ、ちがう、BLゲームがまだ始まっていないからか!
ゲームの登場人物たちは、お暇なんだよ!
主人公がいないから!
よし、解決した!
納得したキーアは、大公殿下を見あげる。
「畏れながら、大公殿下に申しあげます。
俺は、導かれる側を、踊れません」
終了のお知らせだよ。
だって、ネィトを、かんぺきに! リードすることだけを必死に叩きこんできたんだよ。
リードしかできないよ。
逆向きに踊るだけとか、簡単だろとか、即行で踊れて当たり前じゃね? とか言う人は、是非ダンサーになってください!
ということで、踊れません。
丁寧に頭をさげたら、大公殿下が引きつってる。
「……そ、そうなのか……?」
「残念ながら。ネィトさまと踊るための練習しかしませんでした」
「きーちゃん♡」
後ろから抱きついてくる伴侶(予定)が可愛いです。
大公殿下を、きちゃないゴミをポイ捨てする人みたいな目で見たルゥイが、キーアに向きなおり、はちみつの微笑みを浮かべる。
「僕は、どちらも踊れるから。踊って、キーア」
「俺も踊れる!」
レォまで手を挙げてくれるんですが!
「…………えぇ…………?」
ひかえめに、驚きを表現してみました。
「身分の高いほうから踊ろうね」
母上とそっくりな微笑みで、ルゥイが手を引いてくれる。
「いや、あの、ルゥイ殿下、ほ、ほんとに、俺と、おど、る……?」
大公宮舞踏会だよ?
ロデア大公国の一大イベントだよ?
貴族が皆来てるよ?
ロデア大公国の舞踏会で、家格が低い人(上位貴族以下)の場合(キーアの場合)
最初に踊る → 伴侶、もしくは伴侶(予定)、もしくは恋人
2番目以降 → 大すきも何にも関係なく、申しこまれた人々の家格が高いほうから踊らなきゃいけないので、順番は身分です。
大すきかどうかは、本人に聞いてね!
家格が高い人(高位貴族以上)の場合(ルゥイやレォの場合)
最初に踊る → 伴侶、もしくは伴侶(予定)、もしくは恋人
2番目に踊る → かなり大すき♡
3番目に踊る → まあまあ大すき♡
4番目と5番目 → お慕いしてる♡
6番目以降 → 義理だよ、身分高いほうから踊ってあげよう!
になる。
今、2番目です、ルゥイ殿下!
『かなり大すき♡』枠を、ちょこっと入学試験とかで仲良くしてくださったからといって、顔も名前も声さえもないモブにお使いになっても、よろしいのですか──!
心配しちゃうよ。
アタックチャンスだよ?
「もっと素敵な方がいらっしゃるんじゃ……」
大抵の人は、顔も名前も声さえもないモブ以上だと思うな!
「……僕と踊るの、いや……?」
はちみつの眉がさがって、しょぼんとしてる──!
ふわふわの可愛い犬の耳としっぽが、ぺしゃんとしてるみたいだよ……!
ちょ……!
ルゥイ殿下が、かわい──! です!
きゃ──♡
拝んだ。
ちいさく笑ったルゥイが、手を差しだしてくれる。
「僕と、踊ってください」
はちみつの髪を揺らして、不安そうに揺れる若葉の瞳で、かすかにふるえる声で、誘ってくれる。
秋の舞踏会のときのスチルより、輝かしいです、ルゥイ殿下──!
きゅんきゅんする……♡
きゃ──!
もだもだしたキーアは、あわあわ、しゃんとする。
「よろこんで」
断るという選択肢は、ない──!
家格的にもね。
差しだされたルゥイの手を、そっと握った。
「ありがとう」
とろけるように、笑ってくれる。
頬が熱くて、つながる指が熱くて、どきどきが、加速する。
1,861
あなたにおすすめの小説
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる
路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか?
いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ?
2025年10月に全面改稿を行ないました。
2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。
2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。
2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。
2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる