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ゼァル
ずっと
しおりを挟む「……そういう言葉は、軽々しく言うものではない。とくに伴侶(予定)がいる者は」
低くかすれるゼァルの声に、キーアは告げる。
「いません」
「…………え……?」
キーアはまっすぐ、ゼァルを見あげる。
「俺の有責で解消したんです。俺の最愛はゼァルさまだと気づいたから」
息をのむゼァルに、キーアは首をふる。
「思いを返していただけるなんて、思っていません。ただ不誠実なのはだめだと思って、それで解消したんです。ゼァルさまのためでも、せいでもないので、どうか気にしないでください」
言葉を重ねれば重ねるほどゼァルが遠くなる気がして、キーアは頭をさげた。
「……ごめんなさい、こんなことを言って。せっかく誘ってくださったのに」
来たときと同じに輝くみなもが、くすんで見える気がして、キーアはぎゅっと目を閉じる。
「魚がいるんでしょうか。さっき、跳ねましたね! 近くに行ってみましょう」
明るい声をだして、湖へと踏みだしたキーアを、ゼァルの腕が抱きしめた。
「……ほんとうに……?」
ちいさく、ちいさく、かすれて消える声だった。
見あげる鋼と紫の瞳が、揺れている。
「……俺は、キーアを想っても、いいのか」
消え入りそうな声が、ふるえてる。
「ゼァルさま、俺があんなことを言ったから、ごめんなさい、どうか気にしないで──」
ゼァルの腕から離れようとするキーアを、たくましい腕が閉じこめる。
「キーア」
あなたが、名を呼んでくれる。
抱きしめてくれる。
それだけで望外のしあわせだと、わかってる。
「……ゼァルさま、おやさしいお気遣いを、ありがとうございま……」
言葉は、ゼァルのくちびるのなかへ、消えた。
やわらかな、とろけそうにやわらかな、ぬくもりが、くちびるに、かさなってる。
見開いた瞳の焦点が、あわない。
かきいだかれた背が、しなる。
「キーア」
ちゅ
あまい、あまい音がする。
ちゅ
くちびるに
頬に
まなじりに
ちゅ
あまやかな、やわらかな、とろけるくちびるが、あなたのくちびるが、おりてくる。
「……ゼァル、さま……?」
ぼうぜんと見あげるキーアに、まっすぐな鋼と紫の瞳が降りてくる。
「ずっと、きみを、想ってた」
だきしめられて
だきよせられて
くちびるが、かさなる
やさしく、やさしく、なのに、焦がれた、くるおしい想いを重ねるように
くちびるが、かさなる
「ゼァル、さま……」
あなたの名を呼ぶ声も、あなたのくちびるに、消えてゆく。
キーアの頬を、ごつごつのてのひらが、そっと包んだ。
「……いや……?」
鋼と紫の瞳が哀しげに、さみしげに伏せられて、キーアは首を振った。
闇の髪が、揺れる。
夢まぼろしのようなのに
あったかくて
やわらかくて
とろけてしまいそうに、いい匂いがして
あなたが、抱きしめて、口づけてくれるだなんて
ずっと、想ってくれていただなんて
夢ならどうか、さめないで
「うれしい」
あふれる涙を、ゼァルの唇がすくってくれる。
抱きしめて、髪をなでて
鋼と紫の瞳を、やさしくほそめて
紅いまなじりで、笑ってくれる。
「きみが、すきだ」
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