【完結】残念な悪役の元王子に転生したので、何とかざまぁを回避したい！

ほんとう

「…………え？」


　真っ暗な部屋で、俺の手足が簡素な白いベッドに縛り付けられていた。

　目の前には、見たことのない脂ぎったおじさんが、全裸で黄色い歯を剥いた。


「お前なんか、モブレされて快楽堕ちしてりゃいーんだよ。
　ディゼも愛想尽きるよなあ！」

　レイトの嘲笑が、響き渡る。
　遥か次元を超えた、天の声のように。


　全身から、冷や汗が噴き出した。
　懸命に引っ張ってみた手足は、ジャラリと鉄の鎖の音を立てた。


「ひひひひひ。
　かーわいーねえ。
　初めてじゃないんだってねえ。そこは、とっても残念だけど。
　おじさんと気持ちいいことしようねえ」

　脂ぎったおじさんが、小さな硝子瓶の蓋を開ける。


「知ってるかい？
　この薬を使われちゃうと、きみは僕の言うことを何でも聞いちゃうようになるんだ。
　どんなに可愛い子も、どんなに愛してる人がいようと、お構いなし。
　一瞬で、堕ちるよ」


　ドブのような息が、掛かる。


「きみのご主人さまは、僕になる」


　ヒヒヒヒヒ

　おじさんが、嗤う。


「モブレで快楽堕ちが、お前の正しい道なんだよ！
　ざまぁみろ！」


　レイトが、嗤う。
　遥か彼方から響く声は、遠く、近く、歪み、撓んだ。


　絶望に真っ暗になりそうな視界で、俺はちいさな牙を剥いた。


　ここは、ゲームの世界なのかもしれない。
　強制力とか、決められたルートがあるのかもしれない。


　でも、皆、ここで、生きてる。

　ちゃんと意志があって、心があって、泣いて、苦しんで、笑って、日々を刻んでる。


　皆の心を、ぶちのめす強制力なんて、俺が、潰す。


　俺のお尻を守るのは、俺だから。


　俺が、俺じゃ、なくなっても。


　ディゼ以外に無理矢理嵌められて、快楽堕ちなんて、死んだってやだ！！！！！



「ぐるぁアア────！」

　抑えつけられていた、俺の魔力が、爆発する。

　俺の手足を拘束する鉄の鎖が吹き飛び、全裸のおじさんが吹っ飛ぼうとした瞬間、


　バキィイイ────！！！


　世界が、壊れる音がした。



　俺の、急所。

　ちいさな角が、叩き斬られて、転がった。



「────が、は……っ」


　全身から、力が抜けた。

　身体が、くずおれる。

　息が、途切れる。


　霞む視界で、トエが笑った。


「だめだよ、リユィ。
　お話のとおりに、進んでくれないと」

　瓶底眼鏡の奥の瞳が、ひらめいた。


「…………と…………え…………？」

　ひしゃげた俺の声に、トエが笑う。


「勘違いしてるみたいだから、教えてあげるね。
　ここは『愛のラビリンス』の追加ディスク『悦のラビリンス』の世界だ。
　残念な悪役の元王子リユィのモブレがあまりにも高評価だったから、制作陣が喜んで作ったんだよ。
　リユィが主人公で、レイトが残念な悪役になる『悦のラビリンス』を。
　タイトルから、解るよね？」


　トエが、嗤う。


「リユィは、回されて、快楽堕ちすることしか、望まれてない」


　背が、凍える。

　冷や汗が、顎を伝う。

　しびれる舌を、動かした。



「……トエ、は……転生、者じゃ…………」


　瓶底眼鏡を、トエが外す。

　現れた深紅の瞳が、俺を射た。



「ゲームマスター。
　この世界を統べる者」