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ずっと
「……このお茶、こんな味がするのか」
茫然とつぶやくシァルに、セィムは跳びあがる。
「も、もしかしなくても、まずいですか──!」
ちょこっとあった自信が、ぺしゃんこになったセィムは、うなだれる。
セィムの唯一の特技だったお茶くみさえ、満足にこなせないなんて……!
『万年窓口』
『仕事できない』
『残念顔』
ぐるぐる回る言葉に、鬱の壺に真っ逆さまに落ちてしまいそうなセィムに驚いたように、シァルが首をふった。
「俺が淹れるのと味も香りも違ってびっくりしたんだ」
シァルのくちびるが、舌が、自分の淹れたお茶に、ふれる。
それだけでゾクリとあまい痺れが耳を這った。
さきほどまでの落ち込みなんて、まるでなかったかのように、心が浮きあがる。
「セィムのお茶は?」
声が、やさしい。
あきれたり、していないみたいだ。
それだけで、ふわふわ頬が熱くなる。
お茶を淹れてもいいということなのだろう、セィムは丁寧に頭をさげた。
「いただきます」
シァルのお茶と、シァルの茶器で、セィムは自分のお茶も淹れる。
あわてたので、茶葉の大きさに対して蒸らす時間が足りなかったようだ。それでも爽やかな果実のような味わいと、鼻に抜けるふくよかな香りにうなる。
やはり英傑のために用意されているのは、最高の茶葉だ。
「突然、伴侶になってほしいだなんて、驚いたかな」
照れたように、ほんのり朱いまなじりで告げてくれるシァルが、国宝だ。
跳ねた鼓動で、セィムはそうっと唇を開く。
「あまりにもお人違いだと思うのですが」
というより夢でしょう。いや、夢としてもありえない。わかっている。
救国の英傑が、自分の淹れたお茶を飲んでくれるという至高の夢を見られたので、セィムには歓喜しかない。
しかし、不思議な夢だ。お茶がおいしい。
シァルの、頭の芯がくらくらするような、いい匂いがする。
手をにぎってくれたら、あったかい。
月のひかりの髪が揺れて、うっとり見惚れることしかできないかんばせが、近づいた。
「ずっと、セィムを見ていたんだ」
いぶかしく、セィムは眉をひそめた。
「16年、国務院の窓口に座っておりましたが、シァルさまを拝見したのは、本日が初めてかと」
こんなに輝かしい人を見たことを忘れるなんて、ありえない。
力強く断言するセィムの手に、指をからめたシァルが微笑む。
『……あのう、あなたの指が、ふれる肌が、ぬくもりが、気になりすぎて、お話の内容が全く頭に入らなくなってしまのうですが……』
『お話をするなら、手を離してください』
なんて、死んでも言えない……!
セィムはぎゅっと唇を噛んだ。
国務院で、びっくりするほどかっこいい俳優さんが来たときでさえ揺るがない、鉄壁のはずの理性をふり絞ってシァルの話に耳を傾ける。
「宰相さまが月に一度、国務院にゆかれるのの護衛をしているんだ。
業務に支障があるからと、兜を着用している」
納税も司る国務院は、カィザ選王国の重要な機関であり、不正が蔓延しがちな部署でもある。厳しい監査があるうえに、毎月宰相閣下が直々に視察に来られる。
国で最も優秀な人が宰相の地位に就くので、処理能力もすさまじく、不正は一瞬で看破され、即時に断罪される。
今の宰相閣下が就任し視察に毎月いらっしゃるようになって、不正は灰滅した。
尊敬しかない。
だがあまりに優秀すぎ、清廉すぎるため怨みを買ってしまうことも多いらしく、いつも護衛の鎧兜の騎士に守られている。
「ああ、あの騎士のなかにシァルさまが」
宰相閣下にお茶を淹れることもあるので、そのときに見てくれたのかもしれない。
だがセィムほど地味で目立たない事務員もいないだろう。
「……お目にとまるようなことは、何もなかったと思うのですが」
あるとしたら、失敗して、宰相が仰け反るような、もしくは吹きだすような、まずいお茶を淹れたとか、茶器を割ったとか、そういうことだと思うけど、なかったと願いたい……!
祈るセィムの前で、シァルが記憶を蘇らせるように瞳をほそめる。
「セィムはいつも微笑んでいた。酷暑の日も、極寒の日も、激昂して叫びだす者にも、泣き喚く者にも、変わらず丁寧に応対していた。
驚いたんだ。俺たち騎士の出番がなくて」
セィムは首をかしげる。
「出番?」
「ふつうわめき散らす客が来たり、乱暴を働こうとするものが来たりすると、衛士を呼ぶんだ。
俺たちは武力で押さえつけて黙らせる。なのにセィムは呼ばないだろう」
きょとんとしたセィムは、うなずいた。
「国務院に衛士は常駐していませんから」
窓口担当が、何とかするしかない。
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