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Request シァルなら
おとどけ
しおりを挟む1週間分の仕事が溜まってしまったらしい(なぜだ。皆、仕事しようよ)国務院は忙殺されながらも、セィムが窓口に復帰すると通常営業を再開した。
「セィムにいちゃ! とうちゃが、またいなくなったァア!」
いつもの迷子な男の子をセィムは抱きあげる。
おお、ちょっと重くなったな。しかしシァルを抱きしめつづけた腕は鍛えられている!
「ああ、近くの飲み屋だろう。一緒に行こう」
戻ってきたら、いつものおじいちゃんに制服のすそを、くいくい引かれた。
「セィムちゃん、今日の薬は何だったかのう」
「こちらの緑の粉ですね。この赤いのは夜に。黄色いのが明日です」
おぼえにくいよね。わかる。
うむうむしてたら、背後で悲鳴があがる。
「セィムさん! こ、この書類、提出期限が今日まででしたァア……! 時間厳守の、さ、宰相閣下、に、提出……!」
泣いてる。
「ああ、じゃあ報告書をまとめて……」
量、多──!
「セィム、窓口業務をこなしながらで申しわけないが、こちらの処理を最優先で」
『ロイ、顔は凛々しいが、お前がやれよ』
言わなかったセィムの視線の意味がわかったのだろうロイが、カタカタふるえた。
「……だって、俺がまとめた書類、宰相が、見難いって……!」
泣いてる。
吐息したセィムは手をあげる。
「了解」
うれしそうに破顔したロイが続ける。
「あの、宰相閣下、セィムの顔を見たらよろこんでくれると思うから、持っていってくれない?」
お願いされた。
シァルのおねだりは鼻血を噴くほどかわいくて、何でも、それはもう何でも叶えてあげたいけど、ロイのお願いは特に聞きたくない。
『自分で行けば』
目で言ったら、ロイの涙目が加速する。
「俺が行ったら、よけいにごきげんが下降するから!
『今日期限の報告書を、ぎりぎりに提出するなんて、何様なの?』って言われるから!」
泣いてる。
「出張手当は」
近いけど。つけて。
目に力をこめたら、ロイはぶんぶんうなずいた。
「もちろんつける!」
「よし」
やる気、充填された。
シァルにおいしいもの、作ってあげよう。
この間、作りそびれた鳥まんを一緒につくるのもいいな。
でもあまりにもシァルが可愛すぎて、すぐ可愛がって泣かせちゃうから、あんまり最近料理とかできなくなっちゃって──
「セィム、鼻血が出てる」
ロイに突っこまれた。
さっと拭いた。
国務院の窓口業務、勤続16年の熟練セィムは、国務院の窓口から離れることは、ほとんどない。
「セィムさん、行かないで──!」
「はやく帰ってきてくださいぃい!」
お昼休みのときは勿論、お手洗いに行くときまで、泣いてすがられることに気づいた。
たまに泣き叫んで止まらない人とか、暴力をふるいそうな人が来るから、泣き叫ばれるし恐い賃(窓口手当)をもらっているセィムに押しつけたいのだろうと思っていた。
……まあまあ正しい観測な気がするけれど、セィムが窓口にいない日の国務院をシァルが見せてくれたから、セィムにはちょこっと自信がついた。
窓口業務をこなしながら、報告書をまとめるのもいつものことだ。
宰相が詳しくご覧になりたいのだろうところには資料を添付し、検算結果も添える。国務院の業務改善だけでなく、現行制度の穴と改善の提言も添えておく。
とんとん出来あがった書類をまとめたのは、最終期限の夕刻よりは早い、昼下がりだった。
「じゃ、選王宮まで行ってきます」
『窓口はよろしくね』をこめたら、悲鳴が応えた。
「あぁああ──! セィムさんが行ってしまうぅ──!」
「ロイ部長、ひどい!」
糾弾されたロイの後ろから、暗いもやが噴きだした。
「……ならお前が氷の宰相閣下のところに、期限ギリギリの報告書を持っていくんだな……?」
「ひぃイイイ……!」
「セィムさん、おねがいしますぅう……!」
「いつもすみません……!」
「ありがとうございますぅう──!」
皆に泣きながら感謝されつつ送りだされた。
ちょっとうれしかったのは、ないしょだ。
セィムが業務で国務院を出るのは、久しぶりだ。
宰相閣下は選王陛下にべったりなので、選王宮にいらっしゃる。
なるべく早く届けようと、書類を抱えたセィムは乗合馬車に乗った。交通費は金額を控えて勿論ちゃんと請求だ。
さまざまな衣、さまざまな肌や瞳の沢山の人が行き交う、にぎやかな選王都の馬車道を、ぽくぽく馬車は進んだ。歩く道と馬車道を分けるようになって、事故が減った。これも選王の采配だ。
カィザ選王国のすべてを統べる選王宮には、シァルがいる。
……逢えるかな。
思うだけで、鼓動が跳ねる。
騎士として仕事をしているシァルは、どれだけかっこいいだろう。
想像するだけで、胸がとくとく音をたてた。
「選王宮でさあ!」
御者の声に、熱い頬で跳びあがりそうだったセィムは、こほんと咳払いして馬車を降りる。
そびえたつ白い宮に、目をほそめた。
広大な宮の前には巨大な門がたち、衛士が常駐している。
中に入りたい者は、通行証を見せるか衛士に申告するらしい。
国務院勤務の制服を着ているから大丈夫だろうと、セィムは背を正した。
「国務院の報告書をお持ちしました。宰相閣下にお目通り願います」
槍を掲げていた門番の衛士が、目をむいた。
「はァ──!?」
うん、来訪者に対してそれはないと思うぞ。
────────────────
ずっと読んでくださって、ほんとうにありがとうございます!
昨日の夜中にできたので、告知が遅くなってしまったのでもう一度。
youtubeができました!(笑)
https://www.youtube.com/@BL小説動画
セィムとシァルの動画
https://www.youtube.com/shorts/yEiDzK_o5W8
名前が * が登録できなくて(笑)はなになっています(笑)
インスタのアカウントお持ちじゃない方も、youtubeのアカウントお持ちじゃない方も、これで動画がご覧になれると思うので、もしよかったら!
インスタのロゴが入っちゃうのですが(笑)そのままあげたりするかもです。
今日のインスタ動画は、何かがちょっと違う(笑)ロイです!(笑)
もしよかったら、お話といっしょに楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
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