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ほんとう
しおりを挟む「ユィリが謝ることなんて、何もない──!」
セゥスさまの声は、まるで悲鳴だった。
びっくりした僕を、あたたかな腕が、かきいだいた。
やさしい香り、だいすきな香り、セゥスさまの香りに、包まれる。
「……ごめん」
涙声だった。
「ほんとうに、ごめんなさい」
抱きしめてくれる肩が、ふるえてる。
「……伴侶(予定)契約を破棄 なんて、 したくなかった……!」
それはきっと、王太子としては決して言ってはいけない言葉なのだろう。
公にはできない言葉を、僕には聞かせてくれた。
それはきっと、セゥスさまの、やさしさだ。
いつも、あなたは僕に、とびきり、やさしい。
立派な悪役令息だった僕にさえ。
高慢で、いけすかない、何の尽力もしないくせに、えらそうだった、最低な僕にさえ。
ずっと、やさしくしてくれたのは、家族と、あなただけ。
「……そのお言葉だけで、僕はとてもうれしいです」
涙の頬で、微笑んだ。
「本音だよ」
低い声が割りこんだ。
ぎゅっとノゥスは、 凛々しくなった眉をしかめる。
「世論と貴族たちと王陛下の圧力と、第一王配殿下の期待に背けなくなったんだ。
……兄貴は、やさしすぎるから」
うつむいたノゥスの藍の髪が流れた。
「父親の違う弟なんて、子どもの時は特に憎らしいものだろう。なのに兄貴は一度だって俺に意地悪したりなんかしなかった」
噛み締められたノゥスの唇が、ふるえる。
「……ユィリが俺のことをすきなら、伴侶(予定)契約を自分と入れ替えようって言ってくれたんだ。……ユィリと俺のためを思って」
止めようとするセゥスを制したノゥスが続ける。
「ほんとうは、誰よりユィリがすきなのに」
「ノゥス……!」
セゥスさまは、泣いていた。
「どんな言い訳もできない。
ほんとうに、ごめんなさい」
こぼれる涙が、頬を伝う。
「父にとって、僕は唯一の希望なんだ。
母上が愛するのは、ノクさまだ。僕の父上 じゃない。より優秀な子を生むために、僕を生むために、父上は母上の伴侶となった。
……僕が王になることが、父上の存在意義 なんだ」
声が、途切れた。
「僕は、ユィリではなく、父上の懇願を選んでしまった。
ほんとうに、ごめんなさい」
セゥスが胸に手を当てる。
それは王族の最大の謝罪だった。
見つめた僕は、手を胸に、膝を折る。
深く、深く。
膝を折る。
「至らない僕のそばに、何もしない僕のそばに、高慢で情けない、最低の僕のそばに、ずっとずっといてくださって、僕をしかる唯一の人でいてくださって、ほんとうに、ありがとうございました」
涙と一緒に、僕は笑う。
「セゥスさまはきっと立派な王陛下 になられます。
みんなに祝福される王配を持った、素晴らしい王陛下に」
ふるえる手を胸に、ささやいた。
「さよなら、セゥスさま」
あふれる涙と、微笑んだ。
「あなたのお傍にいられて、僕は、しあわせでした」
「──……っ」
セゥスの瞳から、涙があふれる。
噛みしめられた唇から、嗚咽がこぼれる。
僕へとのばされようとした指が、にぎられた。
もうつながることのない指が、離れてく。
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