85 / 149
どうして
しおりを挟むはらはらする僕の前で、セゥスはトトラの声が聞こえたのだろう、かすかに目を伏せる。
「……民のために、父のために。そう思って懸命に頑張ってきたつもりだけれど、力を尽くせば尽くすほど、厭われることも知っている」
「セゥスさま……!」
トトラの腕から飛び降りて、セゥスに駆け寄ろうとした僕を止めたのは、トトラだった。
「きみを捨てた男でしょう?
そんなのにまで、やさしくするほど、きみは甘っちょろい、あんぽんたんなの?」
「他国の恋愛事情をよく知ってるね」
思わず突っこんだ僕に、トトラは胸を張る。
「小国だけど、ロベナ王国の完璧王太子の話は有名だよ。かんぺき王子の唯一の汚点が、高慢で、いけすかない伴侶(予定)だって。
そんなのさえも見捨てないから、よけいに完璧だって」
ふんとトトラは鼻を鳴らした。
「そんな完璧王子が、とうとう伴侶(予定)を見捨てた。
そこまでされるほどのクズなんだって、ユィリは世界中で、とっても有名になったよ」
あぅう──!
……じ、自分のしたことだから仕方ないけど、世界中の人から、くず認定は切ない……!
しょんぼりする僕を抱っこしたままのトトラの陽の瞳が、セゥスをにらみつける。
「素晴らしい治癒魔法の才能のある平民を新しい伴侶(予定)に迎えた王太子は、これで完全無欠の王太子になったってね」
切りつけるようなトトラの言葉に、セゥスは首をふった。
「迎えていない」
「………………え……?」
ぽかんとする僕とトトラに、セゥスは告げる。
「僕も、アーシェくんも、そんなことを望んでいない」
「……え、えぇエェえェ──!」
あんぐりする僕とトトラの後ろから声が降る。
「二人きりの時に話そうと思ってたのに、ユィリくんてば全ッ然一人きりにならなくて、話すきっかけが全くつかめなかったんだよね」
ぷりぷりアーシェくんも、可愛いです。
「特にそこのカイが! 密着しすぎじゃない? ないしょ話もできないんだけど!」
「わたくしは常に、適切な距離でユィリおぼっちゃまのお世話をさせていただいております」
微笑むカイが、とってもいい笑顔だ。
「ご、ごめんね、僕がいつもカイを頼っちゃうから」
いつも傍にいてくれるカイが隣にいてくれないと、さみしくなっちゃうんだよね……!
「そういう会話は、立ったり座ったりしてしようよ。
いい加減、トトラさまの腕から降りたらどうかな!」
アーシェくん、激おこでした──!
ごめんなさい!
あわあわトトラの腕から降りようとする僕を止めたのは、トトラです。
「寝台まで持ってくよ」
僕、荷物みたいです……?
「これはこれはセゥス殿下。ロベナ王国ではユィリおぼっちゃまに接触禁止令が出ているから、わざわざ隣国でお逢いになるなんて」
カイの声が大地を這った。
「どこまで、ゆりさまを傷つけたら、気がお済みに?」
カイの背中から、闇が噴いてる。
「うちの可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いゆりちゃんに、もう近づかないでいただけませんか」
サザお兄ちゃんの背中からも、闇が噴いてる。
「……兄貴、今はちょっと時期がわるいんじゃないかな」
のーすちゃんが心配そうに眉を下げてる。
セゥスは、ひとつ、息を吸った。
「父上の人形みたいに生きてきた僕は、人形じゃなくなろうと思うんだ」
「…………え……?」
僕の瞳と、セゥスの瞳が、重なった。
「優秀な弟たちがいる。他にも優秀な民はいる。僕であることに意義はない」
セゥスは告げる。
「ロベナ王国王太子を、辞退する」
………………意味が、わからなかった。
──……どうして。
あんなに、あんなに頑張ってきたのに。
誰よりもそばで、見ていたからわかる。
ほんとうは、たぶん、のーすちゃんのほうが、勉強ができる。
それをわかっていながら、それでも悔しい思いをしてきた父上のために王太子として立つんだと、必死に頑張ってきたセゥスを、ずっとそばで見ていた。
13年間。
誰よりも、そばで。
「そんなの、絶対だめ──!」
叫んだ僕に、セゥスが告げる。
「ユィリを、あいしてる」
1,511
あなたにおすすめの小説
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
【完結】Restartー僕は異世界で人生をやり直すー
エウラ
BL
───僕の人生、最悪だった。
生まれた家は名家で資産家。でも跡取りが僕だけだったから厳しく育てられ、教育係という名の監視がついて一日中気が休まることはない。
それでも唯々諾々と家のために従った。
そんなある日、母が病気で亡くなって直ぐに父が後妻と子供を連れて来た。僕より一つ下の少年だった。
父はその子を跡取りに決め、僕は捨てられた。
ヤケになって家を飛び出した先に知らない森が見えて・・・。
僕はこの世界で人生を再始動(リスタート)する事にした。
不定期更新です。
以前少し投稿したものを設定変更しました。
ジャンルを恋愛からBLに変更しました。
また後で変更とかあるかも。
完結しました。
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる