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消失
しおりを挟む「ユィリがいない──!」
セゥスの悲鳴に、ずっとユィリの寝室を警護してくれていた従僕のカイが、あきれたように吐息する。
「そんなはずは、ありません。
ユィリおぼっちゃまの寝台には誰も近づいていないし、ゆりさまも動かれていません」
「見てみろ──!」
叫んだセゥスに、むっとしたように眉をひそめながらも、寝台をのぞきこんだカイの瞳が、驚愕に見ひらかれた。
「…………い、ない…………?
そん、な──……」
ふわふわの寝台をぼんぼん叩き、部屋中をひっくり返したカイとセゥスは、離宮中を探し、庭園を探し、警護してくれていた衛士に話を聞いた。
ノゥス、サザ、アーシェ、トトラ、ラディ、魔導士のおじいちゃんまで探してくれたが、ユィリはラゼン王宮のどこにもいなかった。
まるで、消えてしまったかのように。
「そんな──……!」
ぼうぜんとする皆に、おじいちゃんは告げる。
「……これは……魔法でもありません。
魔法なら必ず、残滓が残る。
気配を追える。連れ去られても、追跡できる。
なのに、何もない。
誰も、何も、気づけなかった」
いつも涼しいカイの顔が、絶望に染まってゆく。
「ずっと、おそばにいたんです。
ユィリさまが夜中にお手洗いに行かれたのも知っている。
……なのに俺は……何も……できなかった……!」
震えるカイの肩に手を伸ばす。
「……誰も気づけなかった。
きみのせいじゃない」
セゥスの声も、ふるえていた。
恐ろしいほど強いカイがいるから、ユィリは絶対に無事だろうと思っていた。
……油断していたんだ。
おそらくみんな。
──カイでさえ、きっと。
己を超えるものなど、誰もいないと。
「おじいさまが警告してくださったのに、警戒を怠った、私のせいだ」
告げたセゥスに、魔導士おじいちゃんが首をふる。
「これは無理です。
魔法なら、わしが気づく。人の動きなら、カイ殿なら気づける。
人間の仕業と思えない。
……聞いたことがあります。
我らの世界と異なる世界の記憶を持つ者のみが使える技があるのだと」
「……ことなる世界……?」
ぼうぜんとする皆のなかで、カイとアーシェが、目をみはる。
「異世界転生──!」
跳びあがる薄紅の髪を振りかえる。
「何か知っているのか!」
恫喝するような声が、自分の喉からあふれることに驚く間さえなかった。
駆け寄るセゥスに、ちょっと赤くなったアーシェが「顔がいい……!」つぶやいた気がした。心底どうでもよかったので流した。
「心あたりが!?」
「相手が異世界転生してきたのかもしれないということは、わかりますが、特殊スキルがあるなんて知らない──」
言いかけたアーシェが、口をつぐむ。
「心あたりがあるんだな!?」
詰問のように荒らぐ声に、びくりと薄紅の髪が揺れた。
「……すまない、何か思いついたことがあるなら、どんなことでもいい、話してほしい」
声を抑えて訴えたら、アーシェは微笑んだ。
「ユィリくんのこと、ほんとうに、だいすきなんですね」
「あたりまえだ」
今までのすべてを投げ棄てても、愛している、ただひとりだ。
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