【完結】奪われて、愛でられて、愛してしまいました

  *  ゆるゆ

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はじまり




 透きとおる肌を彩る月影のようにきらめく髪が、冴えたひかりを宿す月のひかりの瞳が、色の濃い髪と目と肌を持つ者が多いニベ公国では気味がわるかったらしい。

「化け物──!」

 生まれてすぐ捨てられた、まるきり色がない赤子は、公国辺境の孤児院で育った。



 親を知らない。

 愛を知らない。

 名さえない。


「生かされているだけで、ありがたいと思え!」

 ……たしかに、そうだと思う。

 誰もが気もちわるそうに、目を背けた。


「魔物だよ」

「見たらだめ!」

「不幸がうつるよ!」

 すこしのことでも日焼けして、肌は赤く腫れあがり、水ぶくれができてしまうこともある。
 破れると、爛れた肌が露出した。


「きもちわる」

「化け物みたい」

 蔑みと嘲りを聞いて育った。

 踏みにじられて死ぬのだと思っていた。



「食い扶持くらい稼いでこい」

 孤児院を叩き出され、公都の隅で重い荷を背負う。
 にぎやかに人が行き交う街なのに、自分の周りだけ、ぽっかり、避けるように人がいなくなる。

「臭い」

「汚い」

「化け物!」

 叫び声に刺されながら、背が折れそうなほどの荷を背負い、よたよた歩く。

「そんなのに、うちの荷を触らせるな!」

「すみませんねえ、人手がなくて。お代は勉強させていただきますから」

 1日中、擦り切れるまで働いて、今日食べるご飯のお金さえ、もらえない。
 投げつけられるのは、ほんのわずかの食糧だけだ。

 皮と骨の身体が、まだ生きていることにびっくりする。



 ──……いつ、死ぬのだろう。

 死んだら、やすらかに眠れるのかな。


 皆が恐れるらしい死が、とても慕わしく思えたときだった。



「精霊の御子さま──!」

 見たことのない衣を着た人が、大陸共通語だけれど不思議な抑揚の発音で、まるで大切なものでも拝むかのようにひざまずくのに、息をのむ。

「…………え……?」

 きらきらした装飾が土にまみれることさえいとわずに、自分の前に膝をついた人は、化け物と呼ばれる髪と瞳を、うっとり崇めるように見あげた。


「月の御光のようであらせられる──!」

 誰もが化け物と厭う髪と瞳を見つめて、つむがれる声ににじむのは、歓喜だ。


「まさか他国で、お目にかかれるなど身に余る栄誉、恐悦至極にございます、精霊の御子さま」

 うっとり恍惚さえのせた瞳で見つめてくれるのが自分だと、理解できなかった。

 くるりと辺りを見回した。
 誰もが、化け物を避けて遠巻きにしている。

 ひざまずく人の前には、自分しかいない。

 仕方なく、おそるおそる、口を開いた。


「……あ、あの……僕、きもち、わるぃって……」

 ふるえて消える声に、ふしぎな衣の人は目をむいた。


「な、なんということを──!」

 それはまるで、高貴な人が、その身にあわぬ虐待を受けたことを嘆くような悲鳴だった。
 化け物が酷い扱いを受けても、誰もが当然だと鼻を鳴らすのとは、真逆に。

「御子さま、是非我らの国、ヨア王国へとお越しください。最上の待遇をお約束いたします──!」

 叫んだ人は、みすぼらしい穴だらけ、つぎはぎだらけの衣と、骨と皮の体と、湯あみを許されずに固まる髪に、いたましそうに顔をゆがめる。

「すぐにヨア王国に、早馬を飛ばします。
 返答があるまで、国として動くことはできませんが、どうか、湯あみと食事だけでも──!」

 ひざまずき、湯と食べ物を恵んでくれようとする人に、首をふる。


『かわいそうに』
 憐れんでくれる人も、ニベ公国にもいた。

 食べ物をくれて、湯を使わせてくれる人もあった。

 そのたび

『誰にもらったんだ!』

『高価な石鹸を使わせていただいたのか!』

『孤児院の恥だ!』

『化け物が、分を知れ!』

 殴られ、鞭うたれ、食事がなくなった。
 よりきつく重い荷を背負わされることになった。

 それから、やさしくしてくれる人は、ていねいに断ることにしている。


「やさしい、きもちを、ありが、とぅ。でも、しかられる、から」

 あまり口をきくこともないから、つっかえてふるえる声で、ていねいに、頭をさげた。


『大変だな、かわいそうに』

『内緒で、これだけお食べ』

 果物や、あまい菓子を、ひとつだけ恵んでくれる人もいた。
 そんなやさしい人のおかげで、命を繋いでこられたのだと思う。


 もしよかったら、ひとつ、くだものをください。

 物乞いみたいで、浅ましいだろうか。
『ください』言われると、あげたくなくなってしまうだろうか。


 そうっと見あげたら、ふしぎな衣の人は、涙をこぼした。

「すこし、お待ちください」

 そう言って、きびすをかえした。
 すぐに戻ってきた人は、手に、ふしぎな色の小瓶を持っていた。

「薬湯です。心身をいやす力がある。
 精霊の御子さまにふさわしい最上のものではございませんが、こちらの桃を。
 すぐ召しあがってください」

 うやうやしく差しだしてくれた。

「ありが、とぅ」

 きらきら輝く硝子の小瓶を受けとり、中身を飲んだ。

 清らな風が、指先まで吹き渡る気がした。

 驚きながら、貴重なのだろう瓶を返す。
 こんなのを持っていたら、また、ぶたれる。

 わかってくれたのだろう、うやうやしく受けとってくれた人は、いたましそうに微笑んだ。

「桃は、すこしずつ、ゆっくり召しあがってくださいね」

 こくりと、うなずく。

「かならず、お迎えにあがります。
 その日まで、どうか、ご辛抱を」

 言われたことは、よくわからなかった。

 けれど、やさしい気もちは、伝わったから。


「ありがとぅ」

 ほんのり、唇の端があがった。
 微笑みのように。

 ふしぎな衣の人は、泣き崩れた。

「かならず、必ず、一刻もはやくお迎えに参ります!」

 土に額をこすりつけた人が、立ちあがる。

「今すぐに店を仕舞え! ヨアに戻るぞ!」

 ちいさな隊商が、土ぼこりを巻きあげながら駆けてゆく。


 手のなかに残された桃を、ひと口かじった。

 ぱっと弾けた桃は、天上の香りがした。
 






 ふしぎな緑の薬湯と、天上の桃は、今にも息絶えそうだった命を、つないでくれた。

 それが、よいことなのか、喜ばしいことなのか、わからなかった。

「魔物め!」

「化け物!」

「はやく死ねばいいのに」

 投げつけられる言葉と、鞭と、拳と、重い荷、何もかもが終わるなら、死のほうが慕わしい気がするのに。


「しっかり働かないと、今日の飯はないからな!」

 孤児院を蹴りだされ、背が折れ曲がるほどの荷を背負い、よろめきながら歩く。

 足が、ふらついた。

 荷を落としたら、ぶたれる。

 懸命に身体を支えようとするのに、崩れ落ちた。


「こ、の、役立たずが──!」

 鞭が、空を切る音がした。

 すぐ襲うだろう激烈な痛みに耐えようと、歯を食いしばったのに、衝撃は襲わない。

 バギィ──!

 かわりに鈍い音がして、鞭を振りあげた男は、吹き飛んでいた。


「精霊の御子さま……! 遅くなり、誠に申しわけございません……!
 よく、生きてくださいました──!」

 ふしぎな衣の人が、涙を流して、ひざまずいた。



「もう、このようなこと、せずともよいのです」

「なんとおいたわしや、精霊の御子さまが、このような目に──!」

 ヨア王国から来たという人たちが、泣いている。

 自分のために、泣いてくれるのだということが、よく、わからない。


「仕事、途中で、止めたら、ぶたれる、から……」

 そうっと言ってみたら、ふしぎな衣の人たちは、泣いて叫んだ。

「精霊の御子さまに、なんということを──!」

「ニベ公国も、この街も、滅びるに違いない!」

「もう何も心配することはないのです、行きましょう、精霊の御子さま」

 道に崩れ落ちた荷を集めるどころか、踏みしめて、ヨアの国の人たちは孤児院へと向かう。
  

「ヨア王家が、身請けを望んでおられます。今までの養育費と謝礼はこちらに」

 貨幣の入った袋を叩きつけるように渡された孤児院長は、這いつくばって、こぼれた金を拾った。


「御子さま、不遇な生活に、よくぞ今まで耐えてくださいました」

「さすが御子さまであらせられます」

「ヨア王国の者が御子さまにお逢いできたのも、精霊のお導きでしょう」

「これからは、どうぞ心やすらかにお過ごしください」


 うやうやしく跪拝され、湯あみをさせてもらい、さらさらの衣を着せてもらい、夢のようにあまい果実を頬張らせてもらい、馬車に乗せてもらって、遠くのヨア王国へと運ばれた。


 臭くない。

 汚くない。

『死ねばいいのに』呪われない。

 それだけで、充分すぎるほど、びっくりしたのに。


「精霊の御子さまだ──!」

「おかえりなさい、御子さま!」

「さいわいのきみ──!」

 大歓声に迎えられた。

 街道に詰めかけた数多の人が、自分をひと目見るために集まって、よろこびの声をあげているのだと、理解できなかった。


 ほんのさきほどまで

「気持ち悪い」

「化け物!」

「不幸がうつる」

 鼻をつままれていたのに、ただ国境を越える、それだけで


「なんてうるわしい」

「精霊の御子」

「さいわいのきみ!」

 歓喜と祝福とともに、大勢の人に迎えられるだなんて、理解の範囲を超えていた。



「ようこそ、ヨアの国へ、精霊の御子」

 馬車が辿りついた白き宮で微笑んで迎えてくれたのは、つややかな飴色の肌にやわらかな栗色の髪がよく似合う人たちだった。

 そのなかから、みっつくらい年上だろうか、自分とそう変わらない年頃だろう少年が前に出る。


「メィス・ア・ヨア、次代のヨア王となる王太子、御子の伴侶となる者だ」

 さらさら栗色の髪を揺らし、おだやかな栗色の瞳で、メィスはとろけるように微笑んだ。



「僕だけを慕い、僕だけを愛する、僕のものになってね、御子」









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