【完結】奪われて、愛でられて、愛してしまいました

  *  ゆるゆ

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精霊の御子




 ぽかんと、口を開けたと思う。


 王太子だというメィスの言葉が、自分に向けられたものだと理解できなかった。

 あたりを見回しても、男性だろうメィスの前にいるのは自分だけだ。


『僕だけを慕い、僕だけを愛する、僕のものに』……?

 ……ああ、誰も髪を切ってくれなかったから、伸びたままの髪で、間違えられてしまったのだろうか。

 口をきいていいものなのか、わからなかった。
 でも、間違えられているなら、言わなければならない。

 おそるおそる、ふるえる唇を、こじあける。


「……あ、あの……僕、男、です……」


 いくら物を知らないとはいえ、自分が男であることと、男と男で子はできないことは知っている。

 次の王の子ができなくては、困るのではないだろうか。

 心配したのに、後ろの人たちが、厳しい声でささやいた。


「『はい』とお答えください、精霊の御子さま」

「すぐに」

「『はい』と」

 有無を言わせぬ、強い声だった。


「『はい』です、精霊の御子さま」

 うながされ、よくわからぬまま、うなずいた。


「はい」

 答えたら、くるりと栗色の瞳が楽しそうに回る。
 メィスは面白そうに顔をのぞきこんだ。

 やわらかな栗色の瞳が、自分の瞳と重なった。

 ちゃんと目を見てくれた人は、はじめてなのかもしれなかった。


「きみは僕のものだ。わかった?」


 後ろの人たちが「『はい』です、御子さま」ささやくから


「はい」

 答えると、皆が、とてもよいことが起きたように微笑んだ。


「よろしゅうございました、これで精霊さまのご加護が、ヨア王国に」

「おめでとうございます、メィス殿下」

「ヨア王国に、さいわいを!」

 皆がメィスを祝い、祝福を祈る。


 よくわからないまま、笑顔の皆を見つめていた。


『化け物』吐き捨てられるより

『精霊の御子さま』微笑んでくれるほうが、うれしい。


 誰にも見下され、蔑まれ、いたら厭なものとして扱われ、死を望まれるより

 誰かの伴侶として必要とされるほうが、祝福を祈ってくれるほうが、うれしい。



「はい」

 答えたのは、皆のいうように正解だった。


 ──救われたと思った。

 これから誰かに名を呼ばれ、誰かに愛されるような、夢のような生活がはじまるのだと。


 信じて待った。

 いつ名をつけてくれるのだろうと。


「おはようございます、精霊の御子さま」

「精霊の御子さま、今日のお加減は、いかがですか?」

「すこし顔色がよくなられましたね、精霊の御子さま。よろしゅうございました」


 いちにち。

 ふつか。

 みっか。

 時は静かに降りつもり、わくわくしながら待っていた気もちが、すこしずつ、すこしずつ、しぼんでゆく。


「ああ、精霊の御子、今日もうるわしいね」

「精霊の御子さま、どうかヨアの国に祝福を」


 一週間。

 ひとつき。


 待っても、待っても、皆が『精霊の御子さま』と呼んだ。

 皆には当たり前にあるという名を聞かれることさえ、なかった。



 精霊の御子に、名は、いらぬものらしい。

 ……化け物と呼ばれていたときと、同じだ。


 気づいたときは、背がふるえた。



 皆が見るのは、この髪と瞳の印象であって、中身ではない。


『名を、ください』

『自分を、見てください』

『誰か』


 願いは、叶えられることはなかった。



 けれど、嘲りと、蔑みと、厭悪よりも

 微笑みと、敬いと、歓喜のほうがいい。
 




「御子、おいで」

「あまいお菓子があるよ」

「絵本というものを知っている?」

 メィスはいつも気にかけてくれ、やわらかな栗色の瞳を重ねて、笑ってくれた。


 やさしくしてもらったのは、初めてだった。

 笑いかけてもらえたのも、初めてだ。


 栗色の髪が、ふわふわ揺れるたび、胸がとくとく音をたてる。

 栗色の瞳で、やさしく見つめてくれるたび、頬がほわほわ熱くなる。


 絵本では、王子さまと、おひめさまが結ばれていた。

 ヨア王国では、王太子と、精霊の御子が結ばれるという。


「ヨアの民が不遇であられた御子さまを見つけることができたのは、精霊さまのお導きです」

「メィス殿下と結ばれるために、精霊の御子さまはお生まれになったのです」

 身の回りの世話をしてくれる人たちが、やさしく教えてくれた。



 文字も書けず、数字も読めず、自分の歳も知らないのに、誰も蔑んだり叱ったりすることなく、やさしくすべてを教えてくれた。

「お勉強をなさるなんて、精霊の御子さまは、優秀でいらっしゃる」

「もう本が読めるようになったのですね、さすが精霊の御子さまです」

 すこしできるようになると、すぐにほめてくれた。

 どんなに頑張って働いても、鞭うたれ、殴られ、食べることさえ満足にできなかった日々と、真逆だ。



 いつも白い日傘を差しかけてくれる人がついてくれるから、肌は真っ赤にならず、水ぶくれもできなくなった。

 衣はさらさらで、湯あみさせてくれる髪は、からまらない。

 皆が鼻をつまむような匂いも、しなくなった。


 あまい果実も、食事も食べさせてくれるから、身体にはやわらかな肉がついた。

 ふかふかの布団に包まれ、暑くも寒くもない部屋で、やすらかに眠れた。




 ヨア王国で、しあわせになれたと思っていた。

 メィス王太子をお慕いして、結ばれて、しあわせになるのだと。



 見せてくれた、絵本のように。

 とろけるように笑っていた、おひめさまのように。



 夢のように、しあわせになるのだと、信じていた。







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