【完結】奪われて、愛でられて、愛してしまいました

  *  ゆるゆ

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なまえ

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 右手を胸に膝を折ったクノが、すぐにきびすを、ひるがえす。
 ひとつに束ねられた長い闇の髪がやわらかに弧をえがいて、白石の廊下を駆けてゆく。

「部屋を用意させる。履物も持ってくるだろう。しばしここで待て」

 ヘイカの言葉にうなずいた。

「は、はい」

 足をそろえて座りながら、そうっと背の高い光の人を見あげる。


「……あ、あの……ヘイカさまって……あなたのお名前、ですよね……?」

 叱られるかと思うと恐ろしくて、クノの前では聞けなかった。


 クノより、ヘイカのほうが、よほどこわい見た目をしていると思うのだが、火傷しないように抱きあげてくれたからだろうか、クノの鋭く睨みつけるような闇の瞳とは反対に、ひどいことはされない気がする。

 おそるおそる聞いたら、凛々しい光の眉があがる。


「ああ、もらい受けるとは言ったが、名乗ってはいなかったか」

 おもしろそうに、光の瞳に、のぞきこまれた。
 凛々しいかんばせが、近くなる。


「俺がゼド・ゾァ・グァダナ。
 グァダナ帝国帝王だ」

「──っ! 帝王、陛下……!?」

 まさかそんな人が、征服するためとはいえ、単身敵国に乗りこんでくるなんて……!

『間違わない!』自信満々だった自分が、恥ずかしい。
 いや、ゼドが規格外すぎる。

 帝王陛下に、猫の子みたいに抱きあげられていたのかと思うと、血がひいた。


「た、大変な失礼を、申しわけございません……!」

 不審げに、ゼドの眉が寄る。


「なにが」

「だ、抱きあげて、いただくなど、あまりにも分不相応で──」

「まあな」

 楽しげな帝王は、憤慨してはいないらしい。
 肯定された『分不相応』を噛みしめていたら、顔をのぞきこまれた。


「俺は名乗ったぞ。お前は?」

「……え……?」


「名前」


「………………え…………?」


「お前の、名は?」


 光の瞳を、見あげる。


 ──はじめて、名を聞かれた。


 はじめて、名を聞いてくれた人の光の瞳を見あげる目が、涙で滲んでゆく。


「…………ありま、せん……」
 
 ちいさな、ちいさな、ふるえて消える声に、ゼドは目を剥いた。


「──ない?」

 うなずいた。


「今まで、どうしてきたんだ」

 ぎゅっと、唇をかむ。


「……『化け物』か『精霊の御子』と」

 息をのむ音が、かすかに聞こえた。


 憤激を呑みこむように、ゼドは静かに息を吐く。


 たくましい腕に、抱き寄せられた。

 ゼドの鼓動が、耳にふれる。

 猛々しいのに、奥底はほのかにあまい、ゼドの香りに、つつまれる。


「レーシァ」


 やさしい、やさしい声だった。


「…………え……?」

 ぽかんと見あげたら、光の瞳が見つめ返してくれる。


 ……ああ、そうだ。

 目を見てくれる人は、メィスに続いて、ふたりめだ。



「きみの名だ。グァダナ帝国の古い言葉で、月の子。
 俺の名はゼド、陽の子。
 対みたいで、いいだろう」

 大きな、ごつごつのてのひらで頬を包んで、笑ってくれる。


 …………名を……つけて、くれた……?

 ……僕、に……?



「…………僕の、なま、え……?」


「レーシァ。気に入ったか?」


 唇が、ふるえる。


「……れーしぁ……」


 月のひかりでこしらえた、とろけるようにあまい飴を口のなかでころがすように、ささやいた。



「……僕の、なま、え……」


 化け物じゃない。

 精霊の御子じゃない。


 ただの人間の、レーシァ。


「…………っ……!」

 あふれる涙をさらうように、抱きよせられた。


「レーシァ」


 ささやかれる名が、耳にふれる。


 はじめての名が、心に、身体に、満ちてゆく。









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