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なまえ
しおりを挟む右手を胸に膝を折ったクノが、すぐにきびすを、ひるがえす。
ひとつに束ねられた長い闇の髪がやわらかに弧をえがいて、白石の廊下を駆けてゆく。
「部屋を用意させる。履物も持ってくるだろう。しばしここで待て」
ヘイカの言葉にうなずいた。
「は、はい」
足をそろえて座りながら、そうっと背の高い光の人を見あげる。
「……あ、あの……ヘイカさまって……あなたのお名前、ですよね……?」
叱られるかと思うと恐ろしくて、クノの前では聞けなかった。
クノより、ヘイカのほうが、よほどこわい見た目をしていると思うのだが、火傷しないように抱きあげてくれたからだろうか、クノの鋭く睨みつけるような闇の瞳とは反対に、ひどいことはされない気がする。
おそるおそる聞いたら、凛々しい光の眉があがる。
「ああ、もらい受けるとは言ったが、名乗ってはいなかったか」
おもしろそうに、光の瞳に、のぞきこまれた。
凛々しいかんばせが、近くなる。
「俺がゼド・ゾァ・グァダナ。
グァダナ帝国帝王だ」
「──っ! 帝王、陛下……!?」
まさかそんな人が、征服するためとはいえ、単身敵国に乗りこんでくるなんて……!
『間違わない!』自信満々だった自分が、恥ずかしい。
いや、ゼドが規格外すぎる。
帝王陛下に、猫の子みたいに抱きあげられていたのかと思うと、血がひいた。
「た、大変な失礼を、申しわけございません……!」
不審げに、ゼドの眉が寄る。
「なにが」
「だ、抱きあげて、いただくなど、あまりにも分不相応で──」
「まあな」
楽しげな帝王は、憤慨してはいないらしい。
肯定された『分不相応』を噛みしめていたら、顔をのぞきこまれた。
「俺は名乗ったぞ。お前は?」
「……え……?」
「名前」
「………………え…………?」
「お前の、名は?」
光の瞳を、見あげる。
──はじめて、名を聞かれた。
はじめて、名を聞いてくれた人の光の瞳を見あげる目が、涙で滲んでゆく。
「…………ありま、せん……」
ちいさな、ちいさな、ふるえて消える声に、ゼドは目を剥いた。
「──ない?」
うなずいた。
「今まで、どうしてきたんだ」
ぎゅっと、唇をかむ。
「……『化け物』か『精霊の御子』と」
息をのむ音が、かすかに聞こえた。
憤激を呑みこむように、ゼドは静かに息を吐く。
たくましい腕に、抱き寄せられた。
ゼドの鼓動が、耳にふれる。
猛々しいのに、奥底はほのかにあまい、ゼドの香りに、つつまれる。
「レーシァ」
やさしい、やさしい声だった。
「…………え……?」
ぽかんと見あげたら、光の瞳が見つめ返してくれる。
……ああ、そうだ。
目を見てくれる人は、メィスに続いて、ふたりめだ。
「きみの名だ。グァダナ帝国の古い言葉で、月の子。
俺の名はゼド、陽の子。
対みたいで、いいだろう」
大きな、ごつごつのてのひらで頬を包んで、笑ってくれる。
…………名を……つけて、くれた……?
……僕、に……?
「…………僕の、なま、え……?」
「レーシァ。気に入ったか?」
唇が、ふるえる。
「……れーしぁ……」
月のひかりでこしらえた、とろけるようにあまい飴を口のなかでころがすように、ささやいた。
「……僕の、なま、え……」
化け物じゃない。
精霊の御子じゃない。
ただの人間の、レーシァ。
「…………っ……!」
あふれる涙をさらうように、抱きよせられた。
「レーシァ」
ささやかれる名が、耳にふれる。
はじめての名が、心に、身体に、満ちてゆく。
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