【完結】奪われて、愛でられて、愛してしまいました

  *  ゆるゆ

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どきどき

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『レーシァ』

 つけてくれた名を、飴玉をころがすように思い返すたび、とろけるような笑みがこぼれる。


『レーシァ』

 名が胸に落ちるたび、たまらない恍惚が満ちてゆく。


「俺は執務がある。クノが部屋に案内してくれるだろう。
 レーシァは、クノの言うことを聞くように」

 つけてくれた名を、ゼドが呼んでくれた。


 ……僕のなまえ。

 僕の、僕だけの、なまえ。

 呼んでもらえた。


 頭も、心も、ふわふわする。

 名をくれたゼドが、輝いて見える。


「はい、ゼドさま」

 うなずいたら、光の瞳が瞬いた。


「……あ、あの、なにか、失礼、を……?」

 ヨアの国と、グァダナ帝国では、礼儀作法や敬礼に違いがあるのだろうか。

 ……ああ、そうだ、皆、胸に手をあてていた気がする。
 あわてて左手を胸にあてようとしたら、止められた。

「右手だ」

「……え?」

「右手を胸にあてると敬意。左手を胸にあてると、侮辱」

 侮辱……!

 はじめて名を聞いてくれた人、名前をつけてくれた人に!


「も、ももも申しわけありません……!」

 低頭するレーシァに、まるで気にした風もなくゼドはちいさく笑う。


「おぼえたか?」

 癖なのだろうか、ゼドはよくレーシァの顔をのぞきこむ。


 そのたび、光の髪がさらさら揺れて、ゼドの凛々しい香りが近くなる。

 そのたび、レーシァの頭と身体の芯は、あまくしびれた。


 ゼドが近づくたび、レーシァの瞳は、うるんでしまう。

 だからゼドが、輝いて見える。


「は、はい」

 はずかしく火照る頬で、右手を胸にあてて、光の瞳を見あげる。


「ゼドさま」

 そうっと呼ぶと、光の瞳がやわらかに細められた。

 大きなてのひらが、レーシァの頬へとのびる。

 長い指は、硬く、変形し、ごつごつしていた。
『化け物』呼ばれていた下町で、ともに重い荷を運んでいた人たちの手に似ていた。

 きらびやかな髪と瞳と、帝王陛下という身分にふつりあいな手に思えるけれど、ごつごつの手は、あたたかい。

 レーシァの頬を、まなじりを、やさしく撫でた長い指が、たわむれるように、くちびるにふれる。

「…………ぁ……」

 思わず、もれた吐息を、おもしろがるように、ゼドの親指が、レーシァのくちびるを、やわらかに押しつぶした。

「……ゼド、さ……ま……?」


 ゼドのたくましい腕が、レーシァの腰へとのびたときだった。



「お部屋のご用意ができました」

 静かな声が割って入る。

 眉をあげたゼドが、部屋に戻ってきたクノを振りかえる。


「……早すぎるだろう。確かに用意したのか」

 ふきげんそうに響く低い声に、クノは細い眉をあげた。


「わたくしに手落ちがあるとでも?」

「故意の場合はな」

 光の瞳を細めるゼドに、クノが鼻を鳴らした。

 帝王陛下に鼻を鳴らせるなんて、すごい。
 ヨアでは、王太子メィスに鼻を鳴らすなんて、ありえないことだった。

 ぽかんとするレーシァの前で、クノは当たり前のことみたいに鳴らした鼻を高々と掲げる。

「気に入らないからと意地悪をする幼児ではありません」


 クノの瞳を目で射貫いたゼドも、鼻を鳴らした。

「長ずると、より陰湿になるんだ」


 光の瞳がレーシァの目をのぞきこむ。

 ……近い。

 野性的で、猛々しいのに、涼やかで、ほんのりあまい、ゼドの香りがする。

 ゼドの光の瞳が近づいて、長いまつげが、頬にふれそうだ。


『ち、ちかい、です……!』

 言えないから、レーシァは、どきどきする胸で、火照る頬で、ゼドを見あげる。


 ──……どきどき、してる。


 メィスにしたみたいに……?

 ……あれは……ほんとうに、どきどき、だった……?

 まるで、捨てられた雛が、親と間違えて赤の他人にすがるように慕っていただけ、なのでは……



 ぐるりと回転してゆくレーシァの世界をかき乱したゼドは、ごつごつの手でレーシァの頬をつつんだ。

「レーシァ、いじめられたら俺に言え。
 クノだけじゃない、誰かに意地悪されたら、名を聞け。言わない場合は容色をおぼえて報告しろ。わかったな」

「は、はい、ゼドさま」

 右手を胸に、光の瞳を見あげる。

 満足そうにうなずくゼドと裏腹に、クノは切れ長の目を剥いた。


「帝王陛下のご尊名を口にした──!?」

 知らない無作法ばかりだ……!


「……っ! も、申しわけありませ──」

 頭をさげようとするレーシァを、ゼドの腕が止める。


「許した」

 クノのちいさな顔が、苦渋に染まる。


「嵐になりますよ」


「面白い」


 揺るがぬ光の瞳に、クノがついた大きなため息が、静かな部屋を揺らした。








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