【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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そのさき

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「せっかく来たから、人間の暮らしを見学してくか。
 ここが畑。作物を植えて、これは麦か? この部分を食うんだ」

 教えてくれるアライアの指が緑の草をつまみ、僕に、むぎを見せてくれる。

「くー?」

 首をかしげる僕に、アライアはうなずいた。

「食ったら出る。さっきの厠の下が肥溜めになってて、発酵させた排泄物を畑にまくんだ。そしたら豊かに作物が実る。
 耕して、世話して、食って、出して、まいて、って回ってるわけだ」

 ふふんと胸をそらして得意そうに教えてくれるアライアに、リィフェルの切れ長の瞳が大きく見開かれた。

「まく!? さらに、食う──!?」

 仰け反ったリィフェルが、ぷるぷるしてる。

 僕もいっしょに、ぷるぷるした。

 親子ぷるぷるに、アライアがお腹を抱えて笑ってる。

「ほら、あんな感じ」

 肥溜めから、ものすごい匂いのするのを桶に汲んだ人間が、はたけという耕したところに、まいてる──!

 泣きそうなリィフェルと一緒に、僕も涙目だ。

「そんで、あっちが食う」

 数人の人間が集まって、楽しそうに笑いながら、何かを口に入れていた。
 もぐもぐしてる。

「くー」

「そうそう。で、食ったものが腹を通って消化されて、尻から出るんだ。出したらまた肥やしになって、畑にまく」

「うぅ……」

 気もちわるくなったらしいリィフェルに、僕は決して食べないことを心に誓う。

「精霊界の果物なら吸収されるから、出ねえと思うぞ。ノォナに言って、食ってみよう」

 涙目で首をふる僕に、アライアは胸を叩く。

「だーいじょうぶだって! な、リィフェル!」

「あ、ああ。トェルが排泄しても、畑にまいて更に食べても、トェルは私の愛息だ」

 微笑んでくれるリィフェルの顔色が、真っ白だ。

「くー、や!」

 ぶんぶん首をふる僕を、リィフェルの腕が抱きしめる。

「だ、だいじょうぶだ! 今のはちょっと、戸惑っただけだ!」

 月のひかりがパチパチしてるリィフェルに、アライアがお腹を抱えて、ぷるぷるしてる。




 緑の麦が、陽のひかりにきらめいた。
 楽しげな笑い声と、微かに響く歌と、汗と血と死と麦の匂いをのせた風が僕の髪を揺らした。

 生きるはずだった、しぬはずだった世界だ。

 なつかしく思う気持ちも、帰りたいと願う気持ちも、何にもなかった。
 生まれてすぐ殺された世界に未練がないのとは、ちがう気がした。

 しぬところを救ってくれた、だからリィフェルを大切に思うのも、ちがう気がした。

 リィフェルがお義父さんになってくれたから、家族だから大すきなのも、ちがう気がする。


 僕には、おとうさんが、すべてだ。


 ずっと、ずっと、傍にいたくて、いつか、お役に立ちたくて、きらわれるくらいなら、しねばいいと願ってしまうほど。


 それはあまやかに、狂おしく僕の喉を絞める何かだ。

 僕の鼓動を駆けさせ、頬を火照らせる、何かだ。


 知ってはいけない気がした。

 知りたくてたまらない気もした。


「おとーた」

 呼びかけたら、振り向いてくれる。
 手をつないだら、にぎり返してくれる。
 真っ暗な髪をなでて、笑ってくれる。

 それ以上を、望んではいけない気がした。


 ……それいじょう……?


 知ってはいけないその先を

 求めてはいけないその先を


 どうしてだろう、僕はもう、知っている気がする。






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