【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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「トェル、だいすき」

「あいしてる、リル」

 あまい睦言が、くちびるに、まぶたに、指先に降るたびに、降らせるたびに、月のひかりが、ちらちら揺れた。


 あなたに、愛をささやけるなんて、夢みたい。


 ぼわぼわする僕に、緊迫の声が降る。


「トェル! リィフェルさまのお加減は? 大丈夫か!」

 なかなか出てこないから心配してくれたのだろう守護帥の声に、僕は跳びあがり、リィフェルは不思議そうに瞬いた。

「ご心配をおかけしてごめんなさい!
 魔族さんと話をさせてくれたことも、お部屋もありがとうございました」

 扉を開けて胸に手をあてる僕に、ちょっと目を見開いた守護帥が、ちいさく笑った。

「リィフェルさまは」

 部屋をのぞきこむ守護帥に、リィフェルはかるく手をあげる。

「世話になったようで、ありがとう。トェルを攻撃しないでくれて」

 僕も守護帥も息をのんで、僕はそっと膝を折る。

「ありがとうございます」

「……いや、リィフェルさまを抱いていなかったら……」

 目を伏せた守護帥は、吐息した。

「立場や種族、気質や信念の違いで争うことを、哀しく思う。
 相手を知っていると、よけいにな」

 頭をふった守護帥が、後ろからつつかれて瞬いた。


「あぁ、そうだ、面会が来てるんだ。緑の精の──」

「のー!」

 守護帥の大きな背中の後ろから、ぶっすりふくれたノォナが、ちいさな顔をだした。

 月のひかりをきらめかせるリィフェルに、ほっとしたように、まぶしそうに、緑の瞳をほそめる。

 僕に目を落とし、ふたたびぶっすりしたノォナが、唇をひらいた。

「……これ」

 僕の背丈くらいの樹を差しだした。
 根っこの部分が、生成りの布に包まれている。
 心配になる見た目なのに、緑の葉はつやつやしていた。

「……お前が植えた精桃の樹だろ」

 僕は息をのむ。

「精霊の泉の傍で、瘴気を放ちはじめた。
 皆で浄化の焔で焼こうとしたけど、傷ひとつ付かない。仕方ないから引っこ抜いた。
 持ってって」

 びっくりしながら受けとった僕の手の中で、緑の葉がさやさや揺れる。

「投げ棄てないで、持ってきてくれたの……?
 反対も、あったよね……?」

 ぶっすり、ふくれたままのノォナが、顔をそらす。


 憎くて、憎らしくて、たまらない敵だろうに、ノォナはいつだって、ほんとうは僕にやさしかった。
 服を作ってくれたのも、とんちんかんなリィフェルとアライアを押しのけて、僕の世話をしてくれたのも、ノォナだ。


「……ありがとう、のー」

 ふるえる声に、ノォナが、ぎゅっと唇を噛む。


「ずっと頑張って、生きてたんだね」

 葉をなでた僕の指を喜ぶように、桃の樹がきらめいた。

 ……あぁ、たしかに、あの双葉だ。

 ふれたら、わかる。

 ふしぎなひかり、一緒に逃げたあのときに感じたひかりが胸に燈る。


 こんなに大きくなっていたんだ、僕が眠っているあいだに。

 毎日月の水を半分こして、お世話したかった。

 抱きしめる腕のなかで、緑の葉が僕の頬をやさしくなでた。

 忌々しげに精桃の樹と僕をにらみつけるノォナの瞳が、暗い焔を噴きあげる。

「魔族の血が流れ、人間の血も混じってる、さっさとしぬだろうお前に、リィフェルはふさわしくない!」

 叫ぶノォナを、僕は真っすぐ見つめかえした。


 もっと酷い暴動が起きるんじゃないかとか、リィフェルが害されるんじゃないかとか、もう恐れたりしない。


 リルは、僕が、まもる。

 迷惑じゃないかとか、ふさわしくないとか、捨てられるんじゃないかとか、もうおびえて泣いたりしない。

 リィフェルを、あいしてる。


「リルは、僕が、しあわせにします」

 言い切った。

 鼻白むかと思ったノォナは一瞬まぶしそうに僕を見つめ、すぐに憎々し気に目をそらした。

 僕の後ろでリィフェルの月のひかりが、嵐になってる。


「トェルは、私がしあわせにする!」

 叫んでくれるリィフェルにとろけて笑った僕は、ノォナを思ってすぐに顔を引きしめた。

「僕がしんだら、おとーたをお願いします」

 胸に手をあてる僕に唇を噛んだノォナは、目をふせる。


「……リィフェルは、しあわせ……?」

 ちいさな、ちいさな声だった。


「とても」

 微笑んだリィフェルが、息を吸う。


「ずっと私を想ってくれたこと、私とトェルの世話をしてくれたこと、ありがとう」

 強く目を閉じたノォナが、かき消えた。





「……僕がしんだら、のーと、しあわせになってね」

 ほんとうは、あまり言いたくない願いを告げた僕を、リィフェルの腕が抱きしめる。


「トェルがしんだら、私もしぬ」

「そんな……!」

 リィフェルはゆるく首をふる。


「精霊の愛とは、そういうものだ。
 トェルが私に教えてくれた」

 ささやきが、耳朶に降る。


「ひとめ逢えるなら、しんだってよかった」

 ぐしゃぐしゃに歪む僕の顔を、リィフェルが抱きよせる。



「愚かしく、烈しく、狂おしい
 あたたかで、やさしく、慕わしい
 これがきっと」


 あいしてる





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