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お肌が……!
しおりを挟む野菜クッキーを気に入ってくれたみたいで、大変うれしい。
今は食べきれないと思ったのだろう、ポケットにクッキーを押し込もうとしているレイティアルトを慌てて止めた。
「そんなところに入れないでください。くずくずになりますよ。
お腹が減った時は、またご用意しますから」
リイが手を出すと、渋々そうに押し込もうとしていたクッキーを渡してくれた。
焼き菓子を食べている時は可愛さ爆発なのに、白い陶器に指を滑らせるレイティアルトはびっくりするほど色っぽい。
お茶を飲むだけなのに艶やかさの滴るレイティアルトの指が、いつも傍らに置く、解読が難しいほど色褪せた地図のうえを滑ってゆく。
「大事な地図なんですね」
呟いたら、レイティアルトは頷いた。
「レイサリア開闢時の世界地図だ。
今なお存続するのは、千年光国レイサリアのみ」
息をのむリイに、愛らしさを削ぎ落としたレイティアルトの瞳が切れあがる。
「我が国のことは、我が掌握しておかねばならぬ。
手綱を引く者がいない家臣任せの国は、欲に塗れ、すぐ滅ぶ」
今はもう亡国となった国のうえを、レイティアルトの指が滑った。
「我が国が千年続くのは、王たる者が善政を行うからだ。
それを生まれた時から叩き込まれる。
臣民の意を汲み、列強に屈せぬ武勇を備え、よりよき光国を築くことを。
平穏に見えるが、そうではない。
我が一番よく知っている」
我が国と言い切る覚悟が、鋼鉄の瞳に漲る。
「できぬ王は、すぐ挿げ替えられる。
我が父と我の立場が逆転しているようにな」
レイティアルトの深翠の瞳が凍てついた。
息をのんだリイは、自ずと膝をついていた。
光騎士の最敬礼を捧げたリイに、レイティアルトの眉があがる。
「おべっかは効かないぞ」
「そんなじゃありません!」
怒るリイに、レイティアルトが笑った。
サンドウィッチを食べ終え、お茶を飲み干したレイティアルトが白い上衣の裾をひるがえし立ちあがる。
「これから夕刻まで、時間を空けろ」
「……は?」
仕事の鬼と思えぬ言葉に、リイが首を傾げる。
「街へ出るぞ。
支度しろ」
突然の宣言に仰け反った。
「今から光騎士100人、衛士1000人集めるおつもりですか!」
出掛けちゃだめだと言いたいけど、大切な息抜きならせめてもっと早く言ってくれ!
目を剥くリイに、レイティアルトは眉をあげる。
「リイだけ。
何かあったら守れよ」
「暴動が起きたらどうする気ですか!
俺ひとりで止められる数には限りが──!」
軽く手を挙げるだけでリイを黙らせたレイティアルトは、クローゼットの奥から庶民の衣を取り出し、一着をリイに渡した。
いかにも『王太子さまが庶民の服を用意してみました』な豪商の子息のパーティ仕様の新品の正装ではなかった。
擦り切れ具合も薄汚れ具合も、まごうことなき庶民の服だ。
リイが毎日着ていた服はもっとボロかったが、それでもちゃんと庶民の服だ。
「……慣れてる……!!」
仰け反るリイに、レイティアルトが喉の奥で笑う。
「いいから着替えてついて来い」
あんぐり口を開けるリイの服をひっぺがそうとするレイティアルトに、わたわたしたリイは慌てて庶民の服をひっつかんだ。
ばれるばれるばれる!!
女がばれるよ!!
…………いや、この場合、ばれなかった方が、さみしいのでは…………
「着替えてきます!」
「いや、ここで着替えれば──」
白いシャツを何のためらいもなく脱ごうとするレイティアルトに、悲鳴をあげた。
「ぎゃあぁあああ!!
目の毒だから止めてください!!」
「…………は?」
「そんな色っぽい顔で、艶っぽい裸体を曝さないでください!
もはやイケメンの暴力です!」
庶民の服を抱えたリイが、燃える頬で王太子執務室の重たい石の扉を蹴り開ける。
「な、なんだ?」
「どうした、リイ」
扉を守っていた光騎士たちが目をまるくして、扉から顔を出したレイティアルトが首を傾げた。
「……いけめんとは何だ?」
「レイティアルトさまのことです!!」
断言した。
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