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止めるために
しおりを挟むロエナの宮殿を出ると、夕焼けの降りた世界は紅に燃えていた。
ルフィスに、逢いたい。
それはレイティアルトを、レミリアを裏切ることだ。
コルタを、キールを、ザインを、光騎士の皆を、クグを、父を、やさしくしてくれたばあちゃんを、鍛えてくれたじいちゃんを、リイを励ましてくれたミナエの皆を、シリウスまでも裏切り、レイサリアを捨てることだ。
突きつけられても
それでも
…………ルフィスに、逢いたい。
傾いた陽に染められた茜の空が、滲んだ。
ルフィスに逢えるよう祈りを籠めて伸ばし続けた髪が、冬の風に舞いあがる。
色を失くすほど、拳を握る。
『絶対、絶対、傍にいく。
きっと、ルフィスを守るから』
……約束、したんだ
「…………ルフィス…………」
吹き荒ぶ風が、頬を切る。
「ルフィスに、逢いたい」
告げたリイにキールは何も言わず、大きな掌で肩を叩いてくれた。
ラトゥナ第二妃は手を尽くし、リイがルフィスと逢えるよう奔走してくれたという。
底辺の民のために、レイサリア光国王妃が心を砕いてくださる。
涙を滲ませるリイに、傾きゆく冬の陽のなか、第二妃宮殿の燃える暖炉の傍でラトゥナは微笑んだ。
「わらわの望みと、そなたの望みは同じこと。
ルフィスに逢い、レイサリアの転覆を思い止まってくれるよう歎願しましょう。
リイの言葉なら、レイサリアを憎むルフィスにも届くやもしれませぬ」
ルフィスを止めることは、きっとレイティアルトとレミリアのために、レイサリアのためになる。
…………けれど今のルフィスは、昔のままのルフィスなのだろうか。
レイサリア光国の崩壊を望むルフィスが、リイと一緒に木の実饅頭を作って笑ってくれたルフィスと、おなじ──……?
考えると、心が潰れた。
ルフィスはきっと、変わってしまった。
それでも逢って、レイサリアへの復讐を思い留まってくれるよう話したい。
リイの目を確かめるように見つめたラトゥナは、細い指を組んだ。
「ルフィスに逢う手筈は整えましたが、王太子殿下はもとより、レミリア王女殿下が厄介です。
あの方は非常に聡い。
機密院も軍も、あの方が掌握していると聞きます」
リイは、目を瞠る。
レミリア殿下にも執務があると聞いていたが、機密院と光国軍、防衛の要をレミリアが担っていることは、王太子付きのリイにさえ知らされていなかった。
「王太子殿下は執務でお忙しい。
我らの動きに勘づくのは、レミリア殿下でしょう。
こちらの動きを悟られては、ギゼノスとの和睦の意図を理解してもらう間がありません。
軍が動き、ルフィスに逢えずに終わってしまう。
ルフィスに逢うためには、レミリア殿下の動きを止めねばなりません」
決意に満ちた声に、唇を噛んだリイは、頷いた。
「ルフィスに逢う僅かな時間、魔術で眠っていただくのです。
あの方の公務の予定は知っています。
隙を縫い、魔術を仕掛けましょう。
あなたになら、王女殿下は油断する」
ラトゥナの微笑みに、リイの目が彷徨う。
「魔術を発動するのは、あなたです」
静かな声が、リイを射た。
「……眠っていただく、だけですか。お身体に異常は──」
「もちろんありません。
わたくしにもレミリア殿下は大切な方です。
ルフィスに逢う僅かな時間、眠るだけ。
あの方に知られれば今までの準備は露と消える。
ルフィスに逢う機会は、失われる」
淡い水の瞳でリイを見つめ、ラトゥナが告げる。
「リイはルフィスに、逢いたいのでしょう?
そのためにレイティアルトを、レミリアを裏切る覚悟を、決めましたね」
真実を突きつける王妃の胸で、慎ましやかな金の首飾りがきらめいた。
唇を噛んだリイは、レイティアルトの微笑み、レミリアの笑顔を握りこむよう、拳を固める。
「ゆきなさい。
キールとともに」
「は!」
ラトゥナから与えられたのは、羊皮紙に描かれた銀に輝く魔紋だった。
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