【完結】ずっと、だいすきです

  *  ゆるゆ

文字の大きさ
1 / 113

セバ

しおりを挟む



「きみの名は、セバにしよう。精霊の言葉で『忠誠』
 執事に多い名なんだ。よい主にお仕えできますように」

 ふわふわの白髭につつまれた孤児院長が、やさしいしわの手で、名づけてくれた。

 生まれてすぐ孤児院に投げ棄てられ、誰が親かも分からぬ平民の孤児が、よい主になど仕えられるわけがない。
 院長の願望は『セバ』名乗るたび、呼ばれるたび、セバを潰した。

 どこにでもいる蘇芳の髪と蘇芳の目だが、頭はわるくなかったと思う。一度聞いたことは覚えたし、孤児院に寄贈された文字を憶える本を読み込み、書くこともできるようになった。

「セバは賢いなあ」
「さすがセバ!」
「いい名をもらったな」

 肩を叩かれるたび、鼻白む。
 孤児は、どこまで行っても孤児だ。
 身寄りがない、後ろ盾もない、親もない。親族だってひとりもいない。
 学もない、金もない、礼儀作法もない。
 こんなに何もなかったらさぞ身軽だろうと思うのに、なさすぎて首が絞まる。

「将来、何になりたい?」

 聞かれるたび、ため息が漏れた。
 ドディア帝国の孤児の将来は、職人になれたら最優秀賞だ。使用人や下働きになれたら優秀賞、日雇い労働者になれたら頑張ったで賞、浮浪者になったら、まだまともで賞、ごろつきや悪事を働く者に堕ちたら、よくあるで賞、執事だなんて夢のまた夢だ。

 最優秀賞の職人になるには、手先が器用で才覚があり、さらに人から可愛がってもらえるという特殊能力までなければ難しい。師匠に仕事を教えてもらい、推薦状まで貰って他の職人のもとに修行に出て、最低三年は頑張り技術を認められて初めて職人となれる。
 ひとりで食べていくことができる夢の職だが、縁故の全くない孤児には遥かな高望み、だからこそ最優秀賞だ。

 現実的に実現可能な目標を夢と定義するセバの将来の夢は、使用人だ。
 頑張ったら達成できる希望があるかもしれない優秀賞なら、懸命に背伸びしたら手が届くかもしれない。

「がんばって、みよう」

 自分を救うのは、自分だ。

 セバは勉強した。
 孤児院に寄贈された本は難しいものもすべて読破したし、院長が街に買い物に行ったり、街のえらい人に会いに行くときには率先して荷物持ちを請け負った。
 商人の振る舞い、品物の相場、えらい人に対する礼儀作法、言葉遣い、腰を折る角度を見て学ぶ。

「セバはとても優秀だね」

 白髭を揺らし微笑んで頭をなでてくれる皺の手は、やさしかった。

『セバ』名づけた院長を憎らしく思っていたのは確かだけれど、セバの頭を撫でてくれるのは、セバと手を繋いでくれるのは、ロヌ院長だけだった。
 孤児院の本を読破してしまったセバのために新たな本を選び買い求め、セバを連れて歩いてくれるのは、ロヌだ。

「……いつも、ありがとう」

 ちいさな声は、聞こえただろうか。
 しわの目じりで笑って、セバの手を握ってくれた。

 でもロヌは皆の院長で、セバはたくさんいる孤児のうちのひとりでしかない。皆の頭を撫で、皆を褒め、皆を導くロヌのぬくもりを、とても大切におもう自分が、恥ずかしかった。

 皆の親代わりになるロヌが小児性愛者や悪辣な人売りでなかったことは、セバと孤児皆のさいわいだった。
 孤児院がドディア帝国の筆頭侯爵ジェディス家領にあったからこそ、皆が清潔に餓えることなく暮らせ、院長になる人が厳正に審査されていると知ったのは、次期侯爵がこの冬のはじまりに視察に訪れると聞いたときだ。

「しさつ?」
「えらい人が、見に来るんだって!」
「じき、こーしゃ?」

 孤児院に寄贈された『国を支える人々』の本には、貴族の序列が書かれていた。しっかり覚えたから、次期侯爵がえらい人なのはわかる。でもどれほどえらいのか、8歳のセバには体感としてよく解らなかった。
 天のうえの世界の人々は、皆空のうえで、あまり違いが理解できない。

 清貧を貴ぶ質素な木造の孤児院は、いつも皆が綺麗に掃除しているのでぴかぴかだ。それでも次期侯爵がいらっしゃるからと、更に皆で磨きあげる。
 皆でお湯と石鹸を使って身体を洗い、よく洗濯した服を着て、ロヌ院長と一緒に次期侯爵の馬車を迎えた。
 ギンギンギラギラの馬車が来ると思っていたセバは、装飾を削ぎ落とした真白な馬車に瞬いた。

「さあ皆、門の前に並ぼうね」

 ロヌの言葉に一番後ろに並ぼうとしたセバは、皆に最前列に押しだされた。

 現侯爵はおじいちゃんで、次期侯爵はおじちゃんだろう。
 お腹も顎もだるんだるんの、宝飾でギンギラの人がよれよれ降りてくるのを想像していたセバは、開かれた扉の向こうに息をのむ。

 月の髪が、初冬のひかりに、たゆとうように流れた。透きとおる蒼の瞳が、長い月の睫の向こうでけぶるようにひらめく。
 すらりと長い手足を、細い腰を彩るように、真白な衣がひるがえる。

「出迎え、ありがとう。ゲォルグ・ディオ・ジェディスだ」

 青年の唇が、ほのかに弧をえがく。



 吐息が、止まった。


 恋が、降った。





しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...