【完結】ずっと、だいすきです

  *  ゆるゆ

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あなたが

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 ひと目惚れなんて、セバは鼻で笑っていた。
 人を見た目で判断して、すきになるだなんて、あんぽんたんの極みだと。

 落ちたら、わかる。

 姿かたちと、微笑みと、声しか知らない。
 でもそんなこと、どうだっていい。


 息ができなくて

 目が離せなくて

 心が奪われて

 溺れてく


 魂に刻まれるみたいに、わかるんだ。



 この人が、唯一だ。


 この人が、主だ。



 知らぬ間に胸に手をあて、膝をついていた。
 うやうやしくこうべを垂れる。


 ──私の、あるじ


 それは憧れとか、恋とか、あまくきらきらした思いではない、もっと狂おしい何かだった。

 そうだ、これはきっと恋じゃない。
 そんなあまく、やさしいものじゃない。

 この人になら踏みつけられることさえ、よろこびに変わるような、自分のすべてを支配してほしいような、ただその足元にひざまずきたくなる、焦がれるような陶酔だった。


 隣のロヌ院長も孤児たちも突然膝をついたセバに目を瞠る。
 けれどゲォルグは、そうされることに慣れているのだろう、貴族だからなのか、その存在が否応なく誰もを惹きつけるからなのか、おそらく両方だろう、かるく手を挙げた。

「きみは?」

 低く、あまく、脳髄まで痺れる声だった。
 うっとりとゲォルグを見あげたセバは、目があったことに驚いた。

「セバ、自己紹介を」

 ロヌに言われて初めて、ゲォルグが自分に声をかけてくれたことを知る。

 自分に目をとめ、声をかけてくれた。

 急に膝をついて頭をさげる孤児なんて珍しいから当然かもしれないが、主を見つけた恍惚に浸っていたセバは、愚かしいほど舞いあがった。

「セバと申します、ゲォルグ・ディオ・ジェディスさま」

 あなたの名を、このくちびるで、この声で、つむぐ。

 指先まで、ビリビリする。

 8歳でよかった。
『からだのしくみ』を読んだから知っている。もし自分が精通を迎えていたら、みっともなく恥ずかしいことになっただろう。
 幼い身体は、ただ鼓動を高鳴らせるだけで、頬を火照らせるだけで済ませてくれる。

 こんなになってしまうだなんて、間違いない。


 ──あなたが、主だ。


 今を逃せば、お傍にゆく機会なんて、もう二度と訪れない。
 理解したセバは、すぐに続けた。

「お給金は結構です、下僕で構いません、どうか御身のお傍でお仕えすることをお許しいただけませんか」

 分不相応なことは重々承知していた。
 雲のうえの方だということも。

 でもゲォルグさまは、私の主だ。


 ──どうか、お傍に。


 祈るように、すがるように見あげたら、ゲォルグは月の眉をあげた。

「……げぼく?」

「はい」

 蒼の瞳が、閃いた。

「俺に隷属したいと?」

「はい」

 微塵もためらわず、諾を告げた。
 蒼の瞳がまるくなる。

「……冗談だったのだが。院長、おかしな教育を施していないだろうね」

「め、滅相もございません! セバはとても優秀なので本や人から見聞きしたことをすぐ憶えてしまいます。それで歳に似合わぬ言動を。幼い身です、意味がまだ分からぬのです、どうかご容赦を」

 真に理解しているからこそ『隷属したい』告げたら、ゲォルグはどんな顔をするのだろう。

 よっぽど物欲しそうな顔をしていたらしい、ゲォルグはふいと視線を逸らした。

「歳は?」

 横顔は冷たく見える。
 鼻が高い。
 月の髪が流れるさまは、光の帯がひるがえるようだ。

「セバ、お答えを」

 ロヌが声をかけてくれないと、ゲォルグが自分に言葉をくれただなんて、わからない。
 呼吸することさえ忘れるほど見惚れてしまうから、あなたが自分に声をかけてくれるなんて思えない光の人だから、言葉をもらえるたび、びっくりする。

「──8歳です」

 振り向いたゲォルグが息をのむ。

「……8歳?」

「背がのびるのが他の子に比べてとてもはやいようです。身体より言動でいつも14歳……いえ、18歳に間違われることもありますが、確かに8歳です、ゲォルグさま」

 同年代の子より身体はだいぶ大きいほうだと思う。幼いころから背が伸びると、そのまま止まってしまうことがあると聞いたから心配だ。

「……8歳……」

 何やら考えこんでしまったゲォルグに、セバは顔をあげる。

「18歳がよろしければ、18歳になりましょう。それで御心は癒されますか?」

 胸に手をあて微笑むセバに、ゲォルグは息をのむ。
 逸らされたまなじりが、ほんのり朱い。

「………………8歳か………………」

「8歳です、ゲォルグさま。その、出生証明は孤児院のものですので、セバの言うとおり、いかようにもできますが……」

「俺のためを思ってくれたのだろうが、そのような言動は決してせぬように」

「は」

 うやうやしくこうべを垂れたロヌからセバへと視線が移る。


「ではきみに孤児院を案内してもらおうか」


 先の懇願に対する返事は、なかった。

 ……セバの哀願は、なかったことにされたようだ。


 次期筆頭侯爵さまが、平民の孤児を、下僕にさえ採用してくれるわけがない。

 解っていたけれど、肩は落ちた。


 ──あなたが、私の、主なのに


 こぼれた涙を腕でぬぐったセバは、胸に手をあて微笑んだ。



「はい、わがきみ」






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