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3.グレース
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「もしかして、ワインの匂いだけで酔ったのかい? せっかくのお祝いだったのに、そんな冗談は笑えないよ」
ルーカスは一瞬だけ目を細めたが、おどけたように言った。彼の些細な言動も見逃さないように注意深く観察しながら口を開く。
「私は冗談なんかでこんなことは言わない。それに、妊娠も嘘よ」
私の硬い声に、ルーカスから笑みが消える。テーブルの下で組んだ手に汗がにじむ。でも、もう後戻りなんて出来ない。
「……へぇ。こんな手の込んだ、質の悪い嘘をついて。
本気なんだ? どうして今更君がそんなことを言うのか分からないけれど、彼が死んだのは事故だっただろ?」
「確かにあの時は皆そう言っていたし、私もそう思ってた」
「だったら――」
「これを見つけたの」
ルーカスの言葉を遮り、スカートに入れていたペンダントをテーブルの上に置く。彼の左眉が僅かに上がる。
「これは?」
「私がダンにプレゼントしたペンダントよ。肌身離さず身に着けてくれていたものなのに、どうして貴方の書斎の机から出てくるのかしら」
「……僕の留守中に部屋を漁るなんて感心しないな」
ダンが死んだ後、遺体からは見つけられなかったそれがルーカスの部屋にあった。彼を連れ帰ってくれた人々にも尋ねたが、きっと転落した時に飛ばされたんだろうと申し訳なさそうに言っていたのに。
見つけた時は信じられなくて、混乱してわけが分からなくなった。
「掃除に入った時に、偶然見つけたの。それよりも、どうしてあなたが持っていたの? 答えて!」
私は思わず身を乗り出して叫んでいた。ルーカスは大きく息を吐き出すと「落ち着いて」と言い話始めた。
「僕が器用なのは君も知っているだろ? それで事故の少し前に、ダンから鎖が壊れたから直してほしいとこっそり頼まれたんだ。あんなことがあって、僕も当時は気が動転していたんだ。葬儀が終わってから思い出したんだが言い出しづらくなってしまってそのまま……
今まで隠すようなことになってしまってすまなかった」
謝るルーカスに、しかし私は追撃を緩めない。
「嘘よ。事故のあった日。あの日の朝も彼と会ったけれど、その時もしていたもの」
気を落ち着けるため一度深呼吸する。
「それだけじゃない。書斎の鍵付きの引き出しの奥に仕舞われていた日記帳と毒の小瓶も見つけたのよ」
書かれていた内容を思い出し、気分が悪くなる。
日記帳と言ったが、あれは日記と呼べるものではなかった。ダンを殺すための殺人計画書だった。馬車に細工をして事故に見せかける方法や、毒殺のプランが書かれていたのだから。
ルーカスの無実を確信したくて調べていたから、見つけた時は信じられなかった。悪夢なら早く覚めてほしいと何度も願ったが現実は変わらなかった。
「ねぇ、貴方とダンは親友だったでしょ。どうしてあんなひどいことが出来たの?」
私の問いにルーカスはうつむくと、長く息を吐き出した。そして顔を上げた彼はあざ笑うように口をゆがめた。
「君のせいだよ、グレース。君が僕ではなくダンなんかを選ぶから」
「どう、いうこと」
「僕がこんなに深く愛しているのに、ダンなんかの手を取るから。だから僕はあんな面倒な手間をかける羽目になったんだから」
「そんなことのために!」
「そんなことじゃないよ。君の愛情を受け取るのは僕一人だけでいい。邪魔なアイツには消えてもらったのさ」
心のどこかにまだ僅かにあったルーカスへの愛情が粉々に砕けていくのを感じた。私が信じて、愛した彼は虚像だった。憎しみが心を覆う。
視界が歪んだが決して視線はそらさない。
「貴方だけは、絶対にゆるさない」
「あぁ、グレース泣かないで。大丈夫、どんな君になっても僕は変わらず愛し続けるよ」
「私はそんなものいらない!」
私に手を伸ばし立ち上がろうとしたルーカスに、思わず体が強張り竦んだ。しかしルーカスは力が入らず膝から崩れ落ちる。椅子を倒し床に倒れ込む彼に巻き込まれた食器たちが砕け散った。
私は椅子から立ち上がりルーカスを見下ろした。
「ワインに貴方の持っていた毒を入れたの。効果は私よりも知っているでしょ? ダンと同じ苦しみを味わって死になさい」
胸をかきむしりながらうずくまるルーカスはもう声も出せないようだ。それでも私は、まだ何かを隠していて襲い掛かってくるのではないかと不安だった。
だからこの悪魔がまた動き出さないか、こと切れるまで睨み続けた。
ルーカスは一瞬だけ目を細めたが、おどけたように言った。彼の些細な言動も見逃さないように注意深く観察しながら口を開く。
「私は冗談なんかでこんなことは言わない。それに、妊娠も嘘よ」
私の硬い声に、ルーカスから笑みが消える。テーブルの下で組んだ手に汗がにじむ。でも、もう後戻りなんて出来ない。
「……へぇ。こんな手の込んだ、質の悪い嘘をついて。
本気なんだ? どうして今更君がそんなことを言うのか分からないけれど、彼が死んだのは事故だっただろ?」
「確かにあの時は皆そう言っていたし、私もそう思ってた」
「だったら――」
「これを見つけたの」
ルーカスの言葉を遮り、スカートに入れていたペンダントをテーブルの上に置く。彼の左眉が僅かに上がる。
「これは?」
「私がダンにプレゼントしたペンダントよ。肌身離さず身に着けてくれていたものなのに、どうして貴方の書斎の机から出てくるのかしら」
「……僕の留守中に部屋を漁るなんて感心しないな」
ダンが死んだ後、遺体からは見つけられなかったそれがルーカスの部屋にあった。彼を連れ帰ってくれた人々にも尋ねたが、きっと転落した時に飛ばされたんだろうと申し訳なさそうに言っていたのに。
見つけた時は信じられなくて、混乱してわけが分からなくなった。
「掃除に入った時に、偶然見つけたの。それよりも、どうしてあなたが持っていたの? 答えて!」
私は思わず身を乗り出して叫んでいた。ルーカスは大きく息を吐き出すと「落ち着いて」と言い話始めた。
「僕が器用なのは君も知っているだろ? それで事故の少し前に、ダンから鎖が壊れたから直してほしいとこっそり頼まれたんだ。あんなことがあって、僕も当時は気が動転していたんだ。葬儀が終わってから思い出したんだが言い出しづらくなってしまってそのまま……
今まで隠すようなことになってしまってすまなかった」
謝るルーカスに、しかし私は追撃を緩めない。
「嘘よ。事故のあった日。あの日の朝も彼と会ったけれど、その時もしていたもの」
気を落ち着けるため一度深呼吸する。
「それだけじゃない。書斎の鍵付きの引き出しの奥に仕舞われていた日記帳と毒の小瓶も見つけたのよ」
書かれていた内容を思い出し、気分が悪くなる。
日記帳と言ったが、あれは日記と呼べるものではなかった。ダンを殺すための殺人計画書だった。馬車に細工をして事故に見せかける方法や、毒殺のプランが書かれていたのだから。
ルーカスの無実を確信したくて調べていたから、見つけた時は信じられなかった。悪夢なら早く覚めてほしいと何度も願ったが現実は変わらなかった。
「ねぇ、貴方とダンは親友だったでしょ。どうしてあんなひどいことが出来たの?」
私の問いにルーカスはうつむくと、長く息を吐き出した。そして顔を上げた彼はあざ笑うように口をゆがめた。
「君のせいだよ、グレース。君が僕ではなくダンなんかを選ぶから」
「どう、いうこと」
「僕がこんなに深く愛しているのに、ダンなんかの手を取るから。だから僕はあんな面倒な手間をかける羽目になったんだから」
「そんなことのために!」
「そんなことじゃないよ。君の愛情を受け取るのは僕一人だけでいい。邪魔なアイツには消えてもらったのさ」
心のどこかにまだ僅かにあったルーカスへの愛情が粉々に砕けていくのを感じた。私が信じて、愛した彼は虚像だった。憎しみが心を覆う。
視界が歪んだが決して視線はそらさない。
「貴方だけは、絶対にゆるさない」
「あぁ、グレース泣かないで。大丈夫、どんな君になっても僕は変わらず愛し続けるよ」
「私はそんなものいらない!」
私に手を伸ばし立ち上がろうとしたルーカスに、思わず体が強張り竦んだ。しかしルーカスは力が入らず膝から崩れ落ちる。椅子を倒し床に倒れ込む彼に巻き込まれた食器たちが砕け散った。
私は椅子から立ち上がりルーカスを見下ろした。
「ワインに貴方の持っていた毒を入れたの。効果は私よりも知っているでしょ? ダンと同じ苦しみを味わって死になさい」
胸をかきむしりながらうずくまるルーカスはもう声も出せないようだ。それでも私は、まだ何かを隠していて襲い掛かってくるのではないかと不安だった。
だからこの悪魔がまた動き出さないか、こと切れるまで睨み続けた。
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