悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

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秋の課題編

第二十三話 恋の猶予期間

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 ホーク助手が立ち去った途端、張り詰めていた緊張が解け、思わず大きく息が漏れた。

 そんな私を見下ろし、クラークが口を開く。

「アメリア、今後は一人でアンダーソン教授の研究室に行ったらダメだからね」
「え? ええ、しばらく行く予定はないですけど?」

 ようやく課題が終わったというのに何を言ってるのかしら。

 唐突なクラークの言葉に眉をひそめると、呆れたようにチェイサーが頭を押さえ、ため息をついた。

「サリバン嬢、レオが言ってるのはそういうことじゃなくてな……」
「え?」
「全く、アメリアはしっかりしているのに肝心なところで抜けているよね。そういう意味では、ホーク先生の言っていることは当たってるよ」
「……は?」

 ちょっと待って。どうして私は今「世話の焼ける妹」みたいな扱いを受けているの?

 納得がいかず二人を睨みつけると、クラークはまるで年下を見るような目つきでこちらを見てほほ笑んだ。

「さてと、僕は班の皆に『ホーク先生の手違い』だったと報告してくるよ」

 その言葉に、眉間に込めた力が抜ける。そうだわ。今はそんな話をしている場合じゃない。

 クラークが班のメンバーを、そしてホーク助手がアンダーソン教授を納得させられるかに今回の件はかかっているんだから。

 成功すれば、レポートの紛失は事件ではなくただの事故になり、悪役は存在しなくなる。私もコレットも含めて、誰一人として表立って責められる人間はいなくなるのだ。

 それで全てが解決、よね?

 ぼんやりと考えこむ私に、クラークが声を掛けてきた。

「アメリアも一緒に皆のところに行くかい?」
「……」

 即答できずに、ぐっと手を握り締める。

 本当なら事の顛末を見届けるべきなのだと思う。でも私はまだあの群衆に向かい合う勇気が持てずにいた。

 彼はそんな私を労わるようにささやいた。

「無理にとは言わないよ、昨日の今日だからね。大丈夫、うまくまとめてくるから」

 仰ぎみれば、こちらを見下ろす穏やかな瞳と目が合う。彼は、元からこんな優しい顔をしていたかしら。

 思わずその両目に見入ると、クラークは困ったように私から目を逸らした。そしてそのままチェイサーに向き直る。

「バート、アメリアと一緒に待っててくれるかい」
「……いいのか?」
「皆を説得するなんて、この中では僕にしかできないからね」

 クラークはわざとらしくため息をつき、次に柔らかく笑った。

「じゃあ行ってくるよ」

 そう言って部屋を出たクラークを、チェイサーは感情の乗らない顔で見つめていた。




 * * *



 講義室に二人きりになると、どことなく気まずい雰囲気が流れた。その空気を振り払うように、チェイサーがやけに明るい声を出す。

「ようやく休みになるな。なんだか、この一ヶ月は長かったよな」
「本当ですわね」

 彼に調子を合わせて相槌を打つ。チェイサーはほっとした顔を見せ、そのまま話を続けた。

「君はこの冬はどうするんだ?」
「父と領地に戻ります」
「そうか、俺もだよ。まあ俺の場合は程のいい雑用係として呼ばれてるだけだけどな」

 口では文句をいいながらも、チェイサーは楽しそうに顔を綻ばせた。切長の瞳が、綺麗な弧を描く。私はこの笑い方がたまらなく好きだ。

 改めて自分の気持ちを思い知り、黙ったまま彼をじっと見上げると、彼は少し焦ったように早口になった。

「っ、ソニアは王都に残る予定だから、戻ってきたら連絡してやってくれるか?」
「ええ、もちろん」

 元よりそのつもりだったので快諾すると、チェイサーは再び頬を緩めた。けれど、急に真面目な顔つきになり、視線を床に落とした。

「サリバン嬢、ひとつ聞いてもいいか……?」

 躊躇うように一呼吸置き、やがてゆっくりと口を開く。

「どうしてマリーを許したんだ?」
「だから、許してはいないと言ってるでしょう」

 彼の質問に軽くため息をつく。

 ホーク助手に伝えた理由に嘘はない。

 我が家の方が格上とはいえ、コレット家の名に泥を塗ることによるリスクを考えたら、これが妥当だと思った。

 それに、残り少ない学園生活を穏やかに送るためにも、彼女に恩を売っておくのも悪くない。おそらく彼女は今日は休みだろうけれど、復帰してきたら思いっきりこき使ってやるわ。



 でも、そうね。

 もう一つだけ理由を挙げるとすれば、あの時の彼女の叫びが聞くに堪えなかったのだ。

 ただの同情かもしれない。見下しているだけかもしれない。

 でもふと思ったのだ。彼女は、いずれやってくる私の姿かも、と。

 叶わない想いに引き裂かれ打ちひしがれる姿は、まるで未来の私を見ているようで、それ以上追い討ちをかける気になれなかった。

 想い人クラークに手を払われた時の絶望の顔。あれだけでも十分な罰に値すると思ってしまった私は、やはり甘いのだろうか。


 黙り込み何も喋らない私を、チェイサーは辛抱強く待っている。最後の理由を彼に話す気はないので、少し話題をずらすことにした。

「……あなただって、彼女を断罪することは望んでなかったんでしょう?」

 そう問えば、チェイサーはぐっと言葉に詰まった。

 あの時の彼の辛そうな表情を思い出す。コレットに対しての同情なのか、それとも他の感情なのか。とにかく、やりきれない思いを抱えているのは一目瞭然だった。

「マリーのやったことは、許されることじゃないし、当然君に対して償うべきだと思ってる。でも……彼女が幼い頃からレオを好きだったのも知ってるからな」

 マリー、と呼ぶ声に胸がちくりとする。彼にそんな気がなくても、他の女の名前を口にするのが嫌だ。

 チェイサーは純粋に友人であるコレットを心配しているのに、私はなんて心が狭いんだろう。

 思わず両手をぎゅっと握りしめると、彼は私を見て微かに眉を下げた。

「だから、君には感謝してる。あと、彼女を止められなかったことも申し訳ないと思ってる」
「……チェイサー様に謝っていただくことではありませんわ」

 やっとのことでそれだけ返すと、彼は困ったように笑った。

「前にも言ったかもしれないが、君はもっと笑った方がいい。……俺は、君に笑ってほしい」

 そんなことを言われるとは思っていなくて、驚いて見上げると、チェイサーは気恥ずかしいのか、自分の髪をくしゃりと掴んだ。

「だから、もし君が周りの人間の誤解を解きたいと思ってるなら、俺が――」
「いいえ」

 彼の言葉にかぶせるように否定すると、チェイサーは意外そうに私を見つめた。

「だって、チェイサー様は私を信じてくれるのでしょう? それだけで、とても嬉しいもの」

 彼の言葉を思い出すだけで、自然に笑みが零れる。

 彼は細い目をこれでもかと見開き、「そうか」と言って顔を逸らした。それでも、耳が真っ赤で照れているのがよくわかる。

 その横顔を眺めながら、心の中でひっそりと思った。

 あと半年だから。
 卒業までの間くらい、あなたを想っていたっていいでしょう?


 一緒にいる空気が少し切なくて、私は深く深呼吸をした。
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