最愛の番になる話

屑籠

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「おはようございます、咲也様。今日もいい天気ですよ」
「お、おはよう、風都さん」

 朝から元気にカーテンを開き、テキパキと行動する彼は、少し宗治郎にやっぱり似ていると思う。

「さ、朝ご飯に致しましょう」

 そうして、今までは雪藤の使用人が準備してくれていたものを手早く風都が準備していく。
 椅子に座ると、タイミングよく紅茶が置かれる。
 本当に、自分が貴族か何かになってしまったみたいだ。

「本日の朝食は、洋食に致しました。さぁ、お召し上がりくださいませ」
「ありがとうございます、いただきます」

 そう、手を合わせてからまずパンを手に取った。
 ほんのりとぬくもりの残るパンをちぎり、そのまま口に含む。
 パン本来の甘さが広がり、自然に口角が上がる。
 パンを置いて、スープを口に含むとこちらは冷製スープで頭が冷めてくるようだった。

「……あの」
「何でしょう? 何か気になることでもございましたか?」
「風都さんは食べないの?」
「えぇ、私はもう頂きました」
「そ、か」

 あまり、人と食事を摂ることには慣れていないけれど、それでも毎日の食事が一人きりなのは少し、寂しいと感じた。
 もちろん、啓生が来るときは一緒に食事をしたりするけど。いや、むしろ啓生に食べさせられる事が多いけど。
 
「お望みとあらば、昼よりご一緒させていただいてもよろしゅうございますか?」
「う、ん。その、敬語もあまり。風都さんは、年上だし」
「そうですか? では、少しだけ」

 そうして過ごしていると、風都はいつもにこにこしている。
 けど、本当に護衛なんだと感じることもあった。
 使用人が、たとえ雪藤の人たちだとしても苦手に思っていることは言ったことがない。
 けれど、数回部屋を出て人とすれ違うたびに、歩く速さが上がっていたぐらいだろうか。
 それがあってから、風都が先に部屋を出て廊下の人たちを遠ざけてくれていた。
 けど、それについて何かを聞かれたことはない。
 なんでもないような顔をして、いつもニコニコしているのがとても助かっている。

「ねぇ、啓生さんはいつ来るかな」

 こんな風都を見てると、どうしようもなく啓生に会いたくなる。
 どうしてだかわからないけど、でも会いたいって気持ちは嘘じゃないから。

「啓生様ですか。確認してみますね」
「うん。あの、でも無理しないでって」
「あっはは、啓生様なら大丈夫ですよ。それに、アルファってのは番のオメガのためなら無茶だって平気でします。そういう生き物ですから」

 俺はそれが嫌なんだけど、言っても通じないだろうな、と言葉を濁す。
 啓生も風都も宗治郎も、アルファならそれが当然と思ってる。でも、俺にはアルファの常識もオメガの常識もわからないし、理解できない。
 俺のために、啓生が何かをする必要なんて本当はどこにもなくて、それがとても嫌だ。
 時折、風都が探るように視線を向けてくることがある。何を考えているのかわからないけど、ちょっとだけ怖い気がする。

「咲也様、今日は何をして過ごしますか? 散策にしましょうか、それとも読書になさいますか?」
「少し、お庭を散歩してから、読書にしたいかな。あ、でも他の人と予定が被るなら、他のことでも大丈夫だけど」
「わかりました。では、確認してきますね。少々お待ち下さい」

 そう言って、風都は食器を持って部屋を出ていった。
 俺は、風都が部屋を出るのを見てから、窓際に近づく。

「……俺、どうしたらいいんだろう」

 ここから逃げることはできない。別に逃げなくてもいいんだろうけど、どうにも退路を塞がれているようで、どうしようもなく不安になる。
 これが、オメガの普通だというのなら、俺はオメガの心理なんてこれっぽっちも理解できない。

「咲也様、今日の予定はどなたとも被ることはないので……咲也様? どうかなさいましたか?」
「え、あぁなんでもない、です」
「そうですか? では、お茶をしてから散策に出かけましょうか」

 そう言って、ポットから先ほどとは違う香りの紅茶が入れられた。

「……風都さんが選んでるの、こういう飲み物って」
「えぇ、咲也様のご気分を伺って入れさせていただいております。お気に召しませんでしたか?」
「いや……啓生さんに言われたからって、俺にそこまでしなくてもいいのにって思って」
「お嫌ですか? 私がお世話をするのは」

 シュンとした顔で俺を見てくるから、思わず首を横に振ってしまった。
 これで、縦に首を振ったらきっと放っておいてくれたんだろうけど。

「そうじゃ、なくて。別に、嫌とかじゃない、し」
「そうですか? なら、私のためにお世話されていてください」

 妙に納得いかない顔をしていると、少し困った顔をして、風都は口を開いた。

「少し、本日の予定を変更して私の身の上話でも聞いていただいてよろしいでしょうか?」
「身の上話……? いいけど」
「ありがとうございます」
 
 では、と風都は新しい紅茶を用意して眼の前に座った。

「そうですね、どこから話しましょうか……」

 ふむ、と考えて一口彼は紅茶を口に運んだ。

「私と宗治郎は、どちらも雪藤のアルファとして生まれました。雪藤は代々四方に仕える家ですので、それなりの優秀さも求められます」

 うん、と頷く。想像もできないぐらい大変そうだな、とは思う。

「当然、次期当主である啓生様に仕えることこそが至上の喜びとされてきました。雪藤の存在意義ですから、当然です。五歳の頃だったでしょうか。啓生様と対面する機会がありまして。あれはきっと、啓生様との顔見せだったのだと今ならわかります。そこで、宗治郎とも初めて会ったんですよ」

 その声音は、少し楽しそうだった。
 
「そして、その場で理解しました。私は、アルファに仕えることに向いていないって」
「え? それって、向き不向きがあるの?」
「えぇ、ございますとも。私は壊滅的に向いておりません」

 壊滅的に、と言った風都はそれはそれはいい笑顔だった。
 そして、絶対に啓生に仕えたくないって言う感情を見て取れた。
 
「俺の従者なのはいいの?」
「もちろんです。啓生様の奥方である咲也様は私の理想の御主人様ですよ」
「それはそれで、どうなの?」
「はは、まぁそれはさておき」
「置いちゃうのか。はい、どうぞ」
「えぇ。それでは。それで、啓生様に会ったあと、すぐに侍従は宗治郎に決まりました。それについて、とても安心したのです。両親は残念がっていましたが、私にとってはこれほど僥倖なこともありませんでした。そして、仕える以外の雪藤の業務をこなしながら、私はずっと待っていました」

 待っていた、と言う風都に疑問を覚える。
 だって、アルファに仕えられないのなら一体何を待っていたのか。
 アルファなのに、それなのに。
 
「待ってた?」
「えぇ。私が仕えるべき主を……その点、主を待ち望むのは雪藤の血筋と言うやつなのでしょう」
「血からは逃れられない?」
「そうですね、そうかも知れません。雪藤はどうしても仕える主を見つけるべき血筋なのです。アルファに仕えるというのは、それなりの用意も機転も必要です。命令を聞いて動き、その方の不便無いようにすることが求められます。けれど、私は主のお世話がしたい。それがベータでもオメガでも構わないのです。身の回りのお世話をして、その方を守りたい。そういう気質なのです」
 
 アルファでは、それが叶わない。だから、アルファには仕えられない。
 そう、風都は言った。

「私自身、アルファの資質が高いのでしょう。自分より弱いアルファには仕えたくない。私と、啓生様の資質はおそらく同等です。雪藤が仕えられるのは四方だけです。だから待っていた。啓生様に番ができることを」
「俺……?」
「えぇ、そうです。なので、咲也様は私の理想ですし、私にとっての希望でもあります。なので、私のためにお世話されていてくださるとありがたいのですが」
「なる、ほど……」

 つまり、俺に逃げるなって言いたいのか。
 というか、確実に逃げられないようにしてきている気がする。何気に怖いな。
 
「バース性など関係なく、私のことを受け入れてくださると私は幸いです」
「受け入れる……アルファなのに、俺なんかの世話を焼くのは不満とか無いの?」
「ありません。むしろ、咲也様で良かったと思ってます。啓生様の番ということを抜きにしても、守らないとと思いますし」

 そう言えば、風都って番が居るんじゃなかったっけ?
 俺の存在は、どうなんだろう?
 
「その……風都さんの番さんは怒ったりしないの?」
「私の番ですか? まだ居ませんが……」
「え?」
「え?」

 風都と顔を見合わせて、風都は首を傾げるし俺は目を見張った。
 え、勘違いだったの? じゃあ、あの言葉は……いや、そう言えば番への執着をわかってるって言ってたっけ?
 
「そ、そう言えば前に宗治郎さんの方が四方の血が濃いって言ってなかったっけ?」
「そうですね。四方の血が濃いのは宗治郎の方ですが、アルファの資質が高いのは私の方です」
「言葉って難しい……」
「あっはは、そうですねぇ」
 
 でも、これで風都の事が少しわかった気がする。
 だから、少しだけ怖くはない。
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