最愛の番になる話

屑籠

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「……風都さん?」
「おはようございます、咲也様」
 
 朝、起きてみると啓生が居なかった。
 すんと匂いを辿って、あれ? と首を傾げながら寝室を出る。
 共用のリビングに出ると、風都だけが俺が起きたことを察したのかお茶を準備していた。
 啓生も、宗治郎もいない。
 
「啓生さんは?」
「啓生様は、外せないお仕事があるようで、お出になりました」
「……ん? そう、なん……んん!?」

 ぼんやりとした目で時計を見て、そしてふむと一度は納得した目でもう一度時計をまじまじと見てしまった。
 どう見ても、時計はお昼の十二時を指している。

「が、学校……」
「今日は、と言うより今週はお休みするように啓生様より仰せつかっております」
「え? 何で? 啓生さんは、学校に行ってもいいって言ったのに」

 少し拗ねたように言うと、風都は困ったように苦笑した。
 リビングの椅子に座るように促されて、目の前に淹れたてのいいにおいがする紅茶が置かれる。
 そして、ゆっくりと風都も目の前に座った。

「アルファの独占欲だと思ってください。今週は特に」
「……分かんない」
「啓生様が、咲也様の事を思っているからですよ」
「……そんなの知ってる。けど」

 啓生が、俺の事を思ってくれているのはずっと知ってる。
 番だから、運命だから、だから啓生に大切にされている。全部、分かってる。
 でも、約束したのに、叶えてくれるって言ったのにって言う俺の気持ちは消えてはくれない。

「啓生さんは、帰ってくるの?」
「もちろんでございますとも。不安な咲也様を置いて長く家は空けられないでしょう」
「そう、ならいいけど……俺、寝室に戻る」

 紅茶と共に出された食事に、少しだけ手を付けて、それから寝室に引きこもる。
 寝室の中は、啓生の匂いでいっぱいだから、余計に悲しくなるけど、それと同時にとても安堵する。
 それが、番だからなのか、と今更ながらに実感した。

「……着るものが無くなったら、啓生さんはここに居てくれるかな」

 んー、と考えるけど、そんなことしちゃいけないのはわかってる。
 でも、と一着だけ啓生の匂いが一番強いものをぎゅっと抱きしめてベッドの上に上がった。
 すんすんと枕と合わせて匂いを嗅ぐと、甘い、幸せな香りが漂ってきて、自然に頬が緩む。
 しばらくそうしていると、自然と眠ってしまっていた。
 新しい匂いに目を開ければ、啓生がちょうど帰ってきたみたい。
 昼間と同じ格好で寝室の扉を開いた俺は、ちょうど扉を開こうとしていた啓生と鉢合わせる。

「あ、咲ちゃってえぇ!?」
「……、くさっ」

 驚いて目を見開いた俺は、おかえり、と口にする前にばんっ、と寝室の扉を締めた。
 啓生が、驚いて扉を叩いてるけど、知らない。
 誰と会ってきたのか知らないが、啓生からは知らない匂いがした。
 それも、嫌な匂いが。
 なんとなく、オメガのような気がする。そんな、嫌な匂い。
 扉の向こう側で、何かを話している声はするけど、その内容までは聞こえなかった。
 けど、啓生はその話で扉の前から離れたみたいだ。
 その事に、ほっと息を吐いた。
 ふらふらとベッドに戻って啓生の匂いを抱きしめていると、暫くして慌てたように扉が開いた。
 
「咲ちゃん、誤解だからね!?」
「え、何が?」

 慌ててシャワーを浴びて出てきたのだろう、髪からは雫が滴っている。
 けど、そのおかげか、あれだけ嫌悪していた匂いがしなくなってた。
 
「あ、おかえりなさい、啓生さん」
「ただいまぁー!! じゃなくて、僕は浮気なんてしてないからね!!」
「うん、知ってるけど」

 よかったー、とホッと息を吐く啓生を見て、俺は首をかしげた。
 あれだけ臭かったのに、シャワーを浴びただけで啓生の匂いだけになってるから、本当に些細なことだったんだと思う。
 あの匂いは耐えられないから、良かったと思う。

「それなら良かったけど……本当に気にしてない?」
「……何を?」
「気にしてないなら、いいの。咲ちゃん、一緒にご飯食べよ?」
「その前に」

 そう言って、俺は啓生が持っていたタオルを奪い取る。
 そして、髪の毛を拭き出すと、啓生は驚いたように目を見張った。

「咲ちゃん……僕、感動して倒れそうなんだけど」
「え、無理。支えられないから倒れないで」
「厳しい! 大好き」
 
 抱きついてこようとした啓生の頭を掴んで止める。まだ、髪の毛は乾いてないし、それどころか冷たい。

「冷たいよ、啓生さん」
「あ、ごめんね?」

 そう言って、二人でリビングに移動すると、何故か疲れた様子の二人がうかがい知れるが、なぜなのだろう?
 啓生の髪を拭きながら、首をかしげた。
 そんな俺に気がついたのか、風都があぁ、と苦笑した。

「大丈夫ですよ、えぇ、啓生様のご機嫌が治ってよろしゅうございました」
「ひっどいなぁ。僕はいつでもごきげんでしょ?」

 啓生が風都を見ると、風都は息を呑んだ。
 俺はその様子にどうしてなのか、分からないけど、啓生が怒っていたのは確かなんだと思って啓生の頭を抱きしめた。

「そうだね、啓生さんはいつもごきげんだね」
「でっしょう!? 僕、咲ちゃんに出会ってからずっとごきげんだからね」
「うん、そのままで居てね」
「え、僕は僕のままでいいの? 咲ちゃん大好き!」

 呆れたように宗治郎がため息を吐いた。
 そっと、啓生が目を細めるけど、そんなことは知らんぷりだ。

「啓生さん、何か有ったの?」
「んー? そうだねぇ、面倒なことが一つだけ。でも、大丈夫。ちゃぁんと処理してきたからね」
「しょり?」
「んっふふ、何でもないよ?」

 そう言えば、とふと思う。
 十全や五家の家名は知っているけど、どんな仕事をしているのかは知らない。
 ニュースなどでもあまり報道されないから、何をしているのか知っているのはほぼ居ない気がする。
 それこそ、政治に関わっていない限りは。

「啓生さんのお仕事って何? 危ない仕事なの?」
「あらま、唐突。あぁ、だけどそうね。あまり知られないか」
「うん、俺、四方の家名は知ってるけど、四方が何をしている家なのかは知らない」
「そうだよね? そう考えると四方の檻も驚いちゃうか。んーと、んー僕達がしている主なお仕事っていうのが、この国の防衛とか治安とかに関わることなんだけど」
「……四方だけで?」

 手を止めて、啓生を覗き込む。
 啓生はニッコリと笑って隣を叩くので、そのまま隣に座った。
 髪はもう雫が垂れるようなことはないから大丈夫。
 
「四方が上に立っておこなっているって言ったほうが、いいかな? もちろん、僕ら四方は金保様の寄子だけど金保様は他にも取りまとめをしていらっしゃるからね」
「金保様……五家の?」
「そう、五家の。僕ら四方は本当は分類されることはないんだけどね。外様だから」
「外様?」

 これほどこの国の中枢に位置しているこの一族が、外様なんてあり得るのか。
 少し疑問に思う。
 
「うん。もともと、この国に居たアルファじゃなくて、国外からやってきたアルファの一族だってこと。まぁ、その当時の四方も優秀だったみたいで、端的に言えば気に入られたんだよね、当時の帝に。それで、四方も定住できる地ができるなら、って受け入れたわけ。もともと、四方自体は一族総出で放浪していたようなもので、今も四方がまとまっているのはその当時の名残だね。それに、この国で問題が起これば、僕らはまた一族で放浪するから固まっているのはちょうどいいんだよね」
「え、そうなの? そうなったら、雪藤のひとたちも一緒?」
「あら、僕嫉妬しちゃう。まぁ、雪藤は半分僕らの一族だけど、もともとはこの国の一族だからね。彼らに任せるしか無いかな」
「そう、なんだ……淋しいね?」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ、この国から出ていくお話なんてしていませんよね? それに、出ていかれるとしても、私は咲也様にお使えいたしますので」

 慌てたように風都が告げる。それもそうか、と俺は頷いた。
 けれど、四方が居なくなるとしたら、風都が啓生の立場になるんじゃないのかな?
 俺についてくるって言って大丈夫なのか、心配になる。
 
「そう言えば、風都さんも宗治郎さんも四方の血が入ってるんだっけ?」
「そうね、僕たちについてこようとするそれは本能かもしれない」

 アルファもオメガも、血に振り回されているけど、四方と言う一族は特に振り回されているように感じる。
 啓生はそれを嫌がっているわけではないけど。

「啓生さんは、ついてこない方がいいって思ってるの?」
「それはそう! もちろん、風都たちがいると楽だけどね。僕たち二人きりの時間が減っちゃうじゃない? それは問題だと思うんだよね」
「……啓生さんとの時間は変わらない気がするけど」
「え、そうかな? そうかもしれない……僕、本気で四方の次代を降りようかな?」
 
 真剣に考えている啓生を見て、二人ははぁ、と呆れたように溜息を吐いた。
 そこで、ふと思う。

「啓生さんが、本当に次期当主じゃなくなるとして、じゃあ次の四方の当主は誰になるの?」
「啓生様の次点、ですか……確か、北の北方 百合香様、それから、東方 健吾様、それから西方 愛理様、そして南方 修司様のどなたかになりますね」
「ほっぽう、ひがしかた、にしかた、なんぽう?」

 全部、四方の分家なのだろうか? アルファばかりなんだろうなって言うのはわかるけれど。
 と言うか、アルファの中では少ないからイメージが湧かないけど、北方の百合香と西方の愛理って多分女性。
 女性でも四方の分家で当主になれるぐらい強いんだって思った。
 
「四方の分家だね。さっき言った通り、僕らはこの国の国防を担ってるの。中心を四方が、その四方(しほう)をさっき言った四家が守ってるんだよね」
「なる、ほど……? 四方位だけで守り切れるの?」
「もちろん、まぁ彼らは大きな分家ってだけで細かな四方のお家はあるしね」
「さっき言ってた人たちは、みんな啓生さんと同じ次期当主なの?」
「そうだよ。各家の次期当主たち。でも、僕が本気で四方の当主を降りるなんて言ったら、彼らからブーイングが止まらなくなっちゃうんだよね。だって、彼らも僕みたいに当主なんてやりたくないんだから」

 俺は、啓生を胡乱な目で見つめることになってしまった。
 普通の家であれば、当主と言う権力には飛びつくものだと思うんだけど、四方のアルファって変わってると思う。

「僕ら四方は、一番、番が大事なんだもの。仕方がないよね」
「さっきの人たちにも番が居るの?」
「確か、えっと……誰か、居なかったよね?」
「健吾様にはいらっしゃらないはずです。百合香様は、見つけてお出でですが……まぁ、おいおいですね。西方の愛理様はまだお小さいので」
「そうだね、愛理はまだ12歳だもの、見つかってないね。百合香については……四方の女性アルファは怖いからね」

 楽しそうに、あはは、と笑う啓生に首を傾げてしまう。
 四方の女性アルファは怖いとは?
 四方のアルファ自体厄介なのに、それ以上とか?
 そんな俺の顔を見て、啓生は手を伸ばしてきて俺の頬をムニムニともむ。

「四方の女性アルファはね、女郎蜘蛛と呼ばれるぐらい狡猾でね。狙った獲物は逃がさないし、絡めとって自分しか見ないようにしちゃうんだよね」
「……啓生さんよりひどい」
「え、僕酷いって思われてた!? あ、うん。まぁ、否定はしないけど」
「啓生さんよりひどいって言っただけで、啓生さんがひどいとは言ってない」
「いや、でもそれ同じ意味だよね!?」

 違うよって言いながら、俺は笑い声が漏れている。
 もぉーっと啓生が俺の体を抱きしめてきて、頭も顔もぐちゃぐちゃに撫でまわされるけど、それも楽しくて笑った。
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