サヨナラを言えるまで愛されていて

屑籠

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満たされた、と感じたとき

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 誰を選んでも幸せとは思えない。考えれば考えるほど、体を蝕まれていくような気がして。

 何も考えたくなくて、目を閉じて考えるのをやめた。

 何も見えなくなってしまえば、何も感じなくなってしまえば、こんなに難しく考えなくてもいいのかもしれない。

 好きと言う気持ちに素直になれれば、良かったのかもしれない。

 でも、どうしても受け入れられなかった。

 逃げてしまおうかと、思案する。今度はどこに行くべきか、はぁ、とため息を吐いて旅行雑誌を捲った。

 森下にも光夜にも会えない。森下に会ってしまえば、光夜が何をするか分からない。

 光夜に会えばなし崩しの関係になってしまいそうで。

 氷純にも、会いには行けない。どうすればいいのか、考えもつかず、自分の気持ちも理解できず、ただただ立ち止まった。

 きっと、テルや委員長は光夜を推すのだろう。

 だから、会にも行けない。

 はぁ、とため息を吐けば、全く、と言う声がした。



「え……?」



 顔を上げれば、晃瑠のマネージャーが腕を組み、眼鏡を直しながらため息を吐いていた。



「照詠君に乞われて君の様子を見に来ました、私は晃瑠さんと照詠君のマネージャーをしております仁瀬と申します」

「えっと……俺は、日野簾です」

「はい、存じております。それにしても、君も君ですね。あんなロクデナシな大人など良いように弄んで差し上げればよろしいのに」



 見た目の誠実さから一転、仁瀬が言った言葉を理解できなくてぽかん、と口を開けた日野。



「大体、君を振り回して困らせているような奴らなんてね、放っておいていいんですよ。君は、どうしたいんですか?」

「……え、と、俺の、したい、こと?」



 突然出会い、話し出した仁瀬に日野はたじたじだし、未だに脳の半分以上は働いてない。



「そうです。周りの人なんてどうでもいいのですよ。君が、どうしたいか。それが一番大事に決まっているでしょう?」

「……仁瀬さんは強いっすね」



 そう言えば、仁瀬はにやっと笑う。

 その笑い方はどこか馬鹿にしたような感じに見えるけれど、日野は自分が馬鹿にされたとは思わなかった。



「私は強いんじゃないですよ。ただ、私を弄ぶ周りの人間が居たというだけです。その人たちにも私は興味がありませんでした。私はそう考えれば欠陥品なのでしょう。君とは正反対ですね」



 仁瀬はそう笑う。

 きっと、日野の事はすべて調べられているのだろう。

 そして、それはテルも晃瑠も知っている。

 敵わないな、と日野も笑った。



「君は周りを気にしすぎる。私は周りを見なさすぎる。まぁ、もしかしたら私も君も人間としてどこか欠けているのかもしれませんね」

「……仁瀬さんは、俺がもしこの場で抱いてって言ったら抱いてくれる?」

「君はとても寂しがり屋なのかもしれませんね。私はどちらでも構いません」

「そっか……ねぇ、また会ってくれる?それとも、テル君にお願いしなきゃダメかな?」



 仕方ないですね、と言う仁瀬と連絡先を交換した。

 何となく、ただ話を聞いてほしいと思った。

 こう、突然じゃなくてちゃんと、全部思ってること全部聞いてほしいと。

 そっと、腕を伸ばし、日野から求めるようにキスをした。

 初対面と言っても過言ではないのに、自分はどうして、と日野は考えるけれど答えが出ないのはいつもの事だ。



 仁瀬と出会ったことは、テルに感謝した。

 誰にも相談できない、と思っていたがそれは違うのかもしれない。

 探せばもっともっと、話せることはたくさんあるのかもしれない。

 いつの間にか苦しくなっていた呼吸が楽にできる。

 出会えてよかったと、素直に思えた。



 夢見ていたことがあったこと、ずっと、男しか好きになれない事。

 人と、人の感情の間で揺れ動いていること。

 仁瀬に話せば、ちゃんと聞いてくれて、ダメ出しをされたり、そうですかとただ聞いてくれたりとしてくれた。

 少しずつ、伸ばした手が仁瀬に届いていくようで、嬉しかった。

 別れ際には、手を伸ばしてキスをした。それが、とても満たされた。



「物好きですよね、君は」

「そう、かな……」

「だから、君はあの光夜さんにも気に入られるんだと思いますよ」

「……」



 その話は思い出したくなかった、と顔を顰めて見せれば、仁瀬はくすくすと笑う。

 この人はいいなぁ、とそんな顔を見て日野も笑った。



「ずるいなぁ、ほんっと、ズルいよ」

「っっ!!こ、「光夜さん、突然現れて彼の心を乱すのはおやめください」



 光夜さん、と声を出しかけたその前に仁瀬が光夜を睨み、告げた。

 肩に置かれた手が、その仁瀬の顔で離れていく。



「はいはい、参った参った。仁瀬ちゃん、本当にごめん」

「仕方ありませんね、会長に報告するのはやめておきましょう。その代わり、奥方様へ報告と言う形で許して差し上げましょう」

「いや、それ許されてないやつだよね?」



 にっこりと笑った仁瀬は、携帯の画面を見せて言う。



「送信済みです」

「あぁ……」



 絶望のような声を出して、光夜はため息を吐いた。

 くすくすと笑う仁瀬はいつも通りの調子でいる。

 どういう事?と首を傾げて見せれば、ナイショです、と唇に手を当てた仁瀬に言われてしまう。



「奥さんに怒られるじゃないか……彼女たちのお説教って長くて怖いんだよねぇ」

「自業自得ですし、そういう女性を会長がお選びになったのはご存じでしょう?」



 やれやれ、と言った感じで光夜は肩を竦めた光夜はじゃあね、と早々に退散していった。



「まったく、あの方は変わりませんね」

「知り合いなの?って、あぁ、晃瑠さんのお兄さんだもんね」

「いいえ、もっと古くからの付き合いです。まぁ、それはいいでしょう。これで、暫くは光夜さんも来ないと思いますし」



 そうだといいけど、と笑えばそっと仁瀬に頭を撫でられた。

 そんな事は初めてで、びっくりしたけど、嫌じゃなかった。

 まるで、子ども扱いのようだけど、それでもいい。そう感じてしまうほど、仁瀬は優しいと思った。
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