願わくば、幸福な人生を。

屑籠

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 ギルドに顔を出し、安い宿か、アパルトメントを紹介してもらう。
 少々お待ちください、と連絡魔道具で商業ギルドと連絡を取り合っていたらしい。
 紹介されたのは、宿ではなくてアパルトメントの方だった。

「うん、値段も広さも申し分ないんじゃない?」
「あぁ、問題ないな」

 紹介された二、三件目の部屋が条件にも合っていて丁度良かった。
 アパルトメントは商業ギルドの管轄だそうで、彼に案内されながらそこに決める。
 すぐに入れるそうで契約後、戻ってとりあえず腰を落ち着けた。
 前払いと言うのは少し痛かったが、まぁ致し方ない。

「簡易な椅子とか必要だな」

 あったかな、と鞄を探った。
 荷物は軽くしようとあまり持ってないから、中身に入ってるかどうか不安だったが折り畳みのものが入っていて少し安堵する。
 まぁ、無ければ買って置いていけばいいけれど。
 出費が痛いな、とは思っていた。貯蓄に回していたお金に手を付けなければいけない所だった。
 老後資金と言うやつだ。

「うん、とりあえず生活できそうだね」

 部屋の中を見回して、レーヴェが言う。拠点として腰を落ち着けるわけではないのだから、それでいいだろう。
 ワンルームだが、それも問題ない。
 一緒に行動するようになってから、あまりプライベートなど二人の間では気にしなくなった。
 一人の時間が欲しい、なんて言わなくても普段用がない限り話しかけたりしないのだから、必然と一人と変わらなくなる。
 まぁ、人がいる事には変わらないのだが。

 それから、暫くの間そのワンルームを拠点として活動していた。
 初歩の薬草採取から、魔獣、魔物の討伐など。時には、盗賊狩りなんかも。もちろん、あのダンジョンにも潜ったりしたが、あまり成果は無かった。ダンジョンマスターにもコアにもぶち当たらない。完全にハズレダンジョンだ。
 依頼を受けずに街の外に出て適当に狩りをして帰るという日常ではあるが。それでも、ギルドでは、掲示してある依頼に当てはめて依頼を受けたことにはなるし、報酬も出る。
 素材を売れば、もっと金になるし。
 それに、二人で依頼を受ければ二等分になる報酬も、一人だとそれはない。
 そんなある日のこと。ギルドに行って、依頼の報酬を受け取っているときだった。

「あっ、すみませんお待ちください」

 受付の子から引き留められて二人で顔を見合わせ振り返った。

「お二人に、指名依頼が来ています……って、なんて顔していらっしゃるんですか」

 レーヴェは天を仰いで片手で顔を覆っていた。今にも崩れ落ちそうだ。
 俺に行ったっては口はへの字に曲がり、眉間にしわが寄って、目は考えたくない、聞きたくないという様に閉じていた。

「いや、そんなに嫌ですか?この街のご領主様なんですが」

 俺たちは揃ってくるりと体を反転させた。
 貴族にいい思い出などない。

「待ってください待ってください!貴族嫌いなのだとお見受け致します。しかし、ここの領主様は良い方です!最近、奥方様も迎えられましたし!!」
「いや、貞操の心配をしているんじゃなくてね……」

 そんな心配は誰もしていない、とため息を吐く。

「それに、この依頼は奥様の方からの依頼なんです。ぜひ、受けて欲しい。話を聞くだけでも、とおっしゃっていたので」
「話を聞いて断ってもいいってこと?」

 はい、と何とも言いづらそうに告げた受付は、そっと視線を外す。
 貴族からの依頼は、なるべくなら断りたくないのだろう。
 まぁ、国の問題もあるし、当たり前か。
 ため息を吐いた俺たちは、とりあえずその貴族屋敷と言う場所へ向かう。
 街の東側、大きな洋館。そこの門を叩けば、執事らしき人が出迎えてくれた。

「冒険者ギルドより依頼を受けてきたんですが」
「おお、では貴方方が!」

 どうぞ、と屋敷の中に通される。
 応接間に通されると、やがて人がやってきた。

「お待たせいたしました。久しぶりだね、ルー」

 ひゅっ、と息をのんだ。
 流れるような金糸は、あの頃と変わらず。
 俺は、驚きで固まってしまった。

「ルー?」

 隣で、レーヴェも驚いている。
 はっ、としてレーヴェを見て、それからそっと下に視線を向けた。
 どうにも、見ていられない。何か、悪いことをしてしまったような気分になる。

「お、お久しぶりです、ミュレイス兄上」

 やっとのことで声が出た。
 その声は、いつにも増して声が強張った声が出る。
 久しぶりに会う兄に、どう反応すればいいのか分からない。

「……随分、疎遠になってしまっていたけど、元気そうで良かった」
「兄上こそ、お元気そうで」

 ちらっ、と見た兄はどこか寂しそうに見えた。
 だが、そんな兄にも慮ることはできなさそうだ。
 ただ、レーヴェまで困った顔をしているのは少し申し訳なくなる。

「……あの屋敷で、色々あったみたいだね……ごめんね、置いて出て行ってしまって……良ければ、俺が出て行ったあと、何があったのか聞かせてくれないかい?」
「特に……話すべきことではない、ので……」

 話をするべきではないので、黙す。
 そう、と兄の声音は沈んでしまった。
 傷つけてしまったかもしれないが、それでもいい。
 この兄にもいろいろ有ったのかもしれないが、それでも話したいと思う話は一つもなくて。

「そ、それで依頼の話って?」

 レーヴェがそんな兄へと声をかけた。

「え、えぇっとお兄さん?」
「君にお兄さんと言われる覚えは無いけど?」
「えぇ……」

 レーヴェの困ったような声が耳に届く。
 兄は何に怒っているのか。兄であることには変わりはないし、レーヴェに対して兄は名乗っていないのだけれど。

「お、奥方様、それよりご依頼の件は」
「あぁ、そう、だったね……」

 残念そうな顔をして、俺たちに向き直ってくる。

「実は、このアグリエス侯爵家の商会があるんだけど、その護衛をお願いしたくて」
「商会の護衛?」

 レーヴェが首を傾げ、まっすぐに兄を見ている。
 依頼を受けようか迷っているのだと思うけれど。
 まぁ、この街を離れられるという点については、俺も賛同はしたいが。

「そう。いつもなら、旦那様が雇った護衛にお願いしているんだけど、丁度今は旦那様が王都にいらしてね」
「なるほど?でも、護衛ならCランクでも十分だよね?なんで俺たちなの?」
「それは、その……街で、偶然ルヴィを見かけて、ね」

 ふぅん?とレーヴェは少し、言いよどむ兄に首を傾げるが、まぁ、良いかと俺を見る。

「俺はこの依頼を受けてもいいと思ってるけど、ルヴィはどう?」
「ルヴィ……?」

 何で兄はそう、目くじらを立てているのだろうか?

「王都か……まぁ、良いんじゃないか?」
「そう、受けてくれるのか。良かった……所で」

 にっこりと兄はとてもきれいに笑う。何処か、怒っているようにも感じるのだが、なぜだろうか?

「君とルーはいったいどんな関係なの?二人だけでパーティを組んでいるようだけど。何で、ルーを愛称で呼んでいるのかな?」
「兄上、レーヴェはただのパーティメンバーだ。二人で組んでいるのは、それが都合良いからだ。他のメンバーを入れるにしても相性が悪い」
「そう……でも、愛称で呼ばせているのは何で?ルー、ルヴィなんて……」
「……俺の名前は長いので」

 ルヴィウスがそれほど長いわけではないが、戦闘中何かあり名前を呼ぶときは短い方がいい。

「本当に?それだけの理由?」
「……それ以外に理由があるのか?」

 思わず、レーヴェに訪ねてしまった。
 レーヴェは、俺と兄を見比べて、はぁ、とため息を吐く。
 面倒くさい兄弟って小さな声で言っても聞こえているし、地味に耳がいいエルフの執事にも頷かれているけど、聞こえているようだぞ。

「えぇっと、おに……いや、奥方様は俺とルヴィが恋人同士じゃないのかって疑ってるみたいなんだけど」
「俺とお前が?ありえないだろ」
「いや、そうなんだけどね……」

 俺は、兄に向って真顔で無い、と答える。
 兄は、やはり怪訝そうな顔をしていたが、それでも、そうか、と納得してくれたみたいだ。

「それでは、こちらが今回の契約書と日程でございます」

 そう、執事が差し出してきた紙をレーヴェが見て確認する。
 うん、大丈夫そうだとレーヴェがサインした後、俺もざっと目を通してから名前を書いた。

「それでは、よろしくお願いいたします」

 そうして、アグリエス侯爵邸を後にした。
 アパルトメントについて、はぁ、と息を吐く。
 無駄に緊張してしまっていたらしい。
 ベッドにうつ伏せで横になる。

「まさか、お前と恋仲に思われるなんて……最悪だ」
「あっはは、そんなに嫌わなくてもいいんじゃない?一応、パーティメンバーよ?俺は」

 性癖についての相性は最悪なのに。
 どうして、恋仲と言えようか。
 はっ、と鼻で笑って瞳を閉じた。

「あぁ、疲れた……」
「そう、少し眠ったらいいよ。夕飯には起こしてあげるから」

 あぁ、とだけ答えて意識が落ちた。
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