願わくば、幸福な人生を。

屑籠

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 晩餐に呼ばれ、大して楽しくも無い食事に付き合って、扉の前でレーヴェと別れた。
 ここまで会話も少ない日は久しぶりだと、レーヴェと出会った頃を思い出すほどには。
 そんなことを考えているうちに眠ってしまったらしく、気が付けば朝になっていた。

「……」

 寝ぼけた頭で、朝食に呼ばれてため息を吐く。
 レーヴェと合流すれば、俺の顔を見て苦笑していた。
 そんなにひどい顔をしているだろうか?とペタペタ顔を触る。
 朝食の席に着けば、侯爵とレーヴェにはしっかりめの食事が、俺の前には粥みたいなスープが置かれた。
 何の気も無しに、それを祈りを捧げてから食べると、侯爵は一瞬驚いた顔をしてから、破顔する。

「君は、妻によく似ているね」
「……は?」
「こら、ルヴィ」

 眠さでぼんやりとしているところに、言われた俺はいつも通りの、市井での反応を示せば、レーヴェから咎めるような声が飛んでくる。
 だが、侯爵がいいよ良いよと笑ってレーヴェを制した。

「妻も、朝が苦手なことは知っているかな?朝は、軽くスープしか食べないんだ」
「……そう、ですか」

 微妙な反応を示しただろう俺に、侯爵は嬉しそうに笑う。
 そんなに、俺と兄が兄弟であることが嬉しいのだろうか?
 それとも、兄が喜ぶとか?いや、でも今更、捨てて行ったのに、喜ぶも何もないだろう。
 そう、俺は声にださず、眉間にしわを寄せた。

「え、じゃあ奥様も食が細い方なんですか?」
「え?いや、昼や夜は普通に食べているよ」
「そうなんですか……」

 レーヴェ、文句があるなら俺に言え、と俺はレーヴェを睨む。
 文句じゃないよ、とレーヴェは笑うが。

「昼も夜も、となるとアロイス君にも似ているのかもしれないね」
「あの人は、食に興味を持てないだけでしょう」

 アロイスは、二番目の兄で、ミュレイス兄上の双子の弟だ。
 幼馴染であるサリオンと結婚した後すぐにミュレイス兄上が家を飛び出していったので、アロイス兄上が家督を継いだのだが。
 まぁ、アロイス兄上の興味があることの方が少ない。
 でも、あの人の近くにはいつも精霊が居た。ふわふわと光が色とりどりに浮いていて、それは幻想的な空間で。
 物心つく頃に知ったのだが、アロイス兄上のような者を、俺の国では精霊の愛で子と呼ぶ。
 愛し子ではない、ただただ精霊が愛でる子。時々、そういう子が生まれては、精霊かくしに会う。
 そういう子は戻ってきたためしがない。精霊の国で暮らし、そして死んでいくのだというけれど。
 アロイス兄上も、ミュレイス兄上やサリオンが居なければ、もしかすると、精霊の国へと行っていたという。
 俺の妖精の祝福とはまた違う。まぁ、妖精も精霊も気まぐれであることには変わりないが。
 そんなアロイス兄上に変わって、今はサリオンが領地を治めている。まぁ、当主として家督を継いだのは、アロイス兄上であるが。

「君も、似たようなものでは?」
「俺は、ただ単に、少食なだけです」

 燃費がいい、結構なことじゃないか。
 そうかい?と笑う侯爵は含みを持つように笑うから、ため息を吐きたくなる。
 朝起きたばかりだというのに、頭は使いたくない。

「お酒は好きなのにねぇ」
「酒は別腹だ」
「また言ってる……だから少食なんだよ、やっぱりお酒やめよう?」

 別に関係なくねぇ……?とお思いながら、レーヴェを見つめる。
 ただ、酒が好きなだけなのに。
 特に、俺は東方で作られている、透明な色のない酒が好きだ。
 滅多に飲めるものではないけれど。
 口触りがなめらかで、好きだった。

 ごちそうさまでした、とスプーンを置く。
 何故か、当然の如く俺が一番最後に食べ終わる。
 レーヴェも侯爵も、俺よりも多く食べているのに、それなのに俺よりも食べるのが早い。

「これから、君たちはどうするのかな?」
「そうですね、俺たちはとりあえずこの王都で、依頼を受けて資金を溜めてから出立したいと思います」

 そうだな、とレーヴェの声に頷く。
 それほど、逼迫しているわけでもないが、路銀と貯蓄は別に考えたい。
 その考えについては、レーヴェと一度話し合っており、レーヴェと見解は一致している。
 何かあったときに、金がない、なんて状況に陥りたくない。

「そうか、では私から一つお願いしても良いだろうか?」
「……その内容によりますね」

 なるべくならば、関わりたくない。レーヴェと考えは一致しているだろう。
 だが、いやだと断ることは簡単ではない。彼はこの国の貴族であるから。

「そんなに難しいお願いじゃないよ。ただ、この王都を出立するときには連絡を貰えると嬉しいかな」
「それ位でしたら」

 そうだな、と俺も頷く。それ位ならば、叶えても問題は無い。
 無茶ぶりをしてくる貴族には、嫌悪感しか抱かないが。

「そうか、それは良かった。では、君たちの旅路が無事であることを」
「侯爵も、貴方の商売が上手く行きますように祈っております」

 そうして、俺たちは侯爵邸を後にした。
 冒険者ギルドに向かうと、地方のギルドとは比べ物にならないぐらい、にぎわっている。
 そんな雰囲気が苦手で、はぁ、とため息を吐いた俺。
 レーヴェはと言えば、さっさと中に入っていく。
 俺も、とりあえず依頼を見に掲示板へと向かう。
 Aランクの依頼掲示板の辺りはやはり空いているようだ。一番、人がにぎわっているのはCランクの依頼掲示板の前だろう。
 まぁ、そこで躓いてBランクに登れない者が大半だ。それに、Cランクでも死ぬ冒険者はたくさんいる。

「ルヴィ、何かいい依頼あった?」
「魔獣討伐か、あとは薬草採取ぐらいしかないな」

 とは言っても、魔獣討伐の対象はCDランクなんかと全く違うレベルの魔獣だし、薬草採取もそう言った魔物がいる場所に生えている、少し特殊な素材となる。
 中に入ってきた途端に感じていた視線が、レーヴェが話しかけてきたことによって、さらに色々な視線が混じった。

「俺的には、魔獣討伐がいいけど、ルヴィは?」
「あんまり動き回るのもな……」

 どうするか、と悩む。
 全く、と言った顔でレーヴェは息を吐いた。

「じゃあ、今回は別々に受ける?」
「そうするか……依頼は、沢山あるしな」
「分かった。じゃあ、そういう事でね」

 そうすると、レーヴェは魔獣討伐の依頼を数件見繕って、カウンターの方へと向かって行った。
 さて、俺はと薬草採取の方へ、手を伸ばす。
 魔獣討伐よりも、薬草採取の方があっているのは、この妖精の眼があるからともいえる。
 妖精の祝福眼がある限り、討伐対象の証明部位をも破壊してしまう可能性があった。もちろん、レーヴェが居れば俺が前線に立たなくていい分、その可能性は低くなるが。
 一人で受けるなら、薬草採取が無難だろう。

「そこは、高ランク冒険者の掲示板だよお兄さん」
「……は?」

 一瞬、分からなかったが、声をかけられたのはどうやら俺らしい。
 茫然と、依頼書を見ていたから勘違いされてしまったのか。
 先ほどのやり取りを見ていなかったのか。俺は低ランク冒険者ではないのだが。

「僕らみたいな、低ランクの掲示板はこっちだよ」

 と、手を引かれる。親切心で言ってくれてるのはわかるのだが、俺は間違っていない。
 でも、迷宮以外に惹かれる物もなく、暇を持て余しているのなら、初心者たちの相手をするのもいいかと、彼と、彼のパーティメンバーに付き合うことにする。

「俺はセグル。剣士なんだ!こっちは俺の幼馴染で、ミーシャ。そっちは、ミーシャの学校時代のお友達でレティアと、その幼馴染のタルグッド。僕ら、四人パーティなんだ!」

 セグルは、茶髪に剣を背負った、王道的わんこ系剣士だろう。ミーシャと言うのはツンデレか、黒い魔女服を身に着けている。
 マントの下に見えたのは、魔塔と呼ばれる学校の卒業章だ。
 そして、レティアと呼ばれた、白装束の女の子にも同じ紋章が見える。最悪だ、と内心呟いた。
 重剣士だろう、タルグッドは無口っぽいが、よくわからない。

「ふぅん……バランスはいいパーティなんだな」
「ありがとう!それで、俺たちは今回この依頼を受けようと思ってるんだけど、お兄さんも一緒にどうかな?」

 そうして差し出されたのは、冒険者なら一度は目にしたことがあるだろう、ゴブリンの討伐書だった。

「ゴブリンの討伐は初めてなのか?」
「僕らだけで討伐に行くのは初めてで……」

 首を傾げた俺は、それで?と言葉を促した。

「一人でも人数が多い方が安全かなって思って……ダメ、でしたか?」
「いや……だが、俺にもパーティメンバーがいるからな。一緒には行ってやれるけど、一緒に依頼を受けることはできない」
「なら、報酬だけ分配という形をとらせてもらってもいいかしら?」

 ミーシャが提案してきた。
 まぁ、Eランク程度の報酬に期待などしていないけれど。

「別に、俺はそれで構わないが?」
「じゃあ、決まり!レティアたちもそれでいいわね?」

 はた、とレティアがミーシャを見て、それからにっこりと笑う。

「私は、それでいいですよぉ。ねぇ、タルグッドぉ」
「……あぁ、そうだな」

 俺を警戒しているようなタルグッドと、何にも考えていなさそうなレティア。
 全く持って、なぜレティアとミーシャが友人なのか、理解しかねる。

「なら決定ね!そう言えば、あなた名前は?」
「ルヴィウス。しがない学者だ」

 わざわざ、魔法師と名乗ることも無いだろう、と学者と言う。
 いや、自分の本分は学者でありたいと思っているからか。

 そうして、俺たちはゴブリン討伐へと向かう。
 レーヴェが、俺を遠目で見て、驚いた顔をしてからにやにやと笑っていた。
 珍しいことをしているなと言う自覚はあるが、でもやはりむかつくものだな。
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