CRYSTHL―クリスタル―

気紛屋 月影

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約束、それから歯車は再び。

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 出会ったのは、桜木の下だった。
 少年は制服姿で、授業の時間だというのに外にいた。
 「さぁて、どうしたものか」
 彼の名は黒蒼。
 今、彼の頭を悩ませているのは、授業をサボった言い訳だ。不真面目ではない。ただ時折、気紛れに振る舞うのだ。
 「授業サボり、みーつけた」「へぁ?」
 自分よりも幼い声に間抜けな声が上がる。慌てて身体を起こせば、小学生らしき少女と目が合った。ここは学校の敷地内。
 「……こんな所で何してるんだ。君こそ、学校だろう?」
 「今日、引っ越してきた。だから、今日は休みよ。サボりはいけないわ」
 「ぐッ」
 年下の子供に言われ、言葉も出ない。

 「だけど、また逢えた」

 春風によって少女の言葉は黒蒼に届かなかった。
 「何か言ったか?」「何も言ってない」
 問い掛けられたが、知らぬを通した。
 「あぁ、名乗ってなかった。俺は黒蒼。君は?」
 「乱銀。乱れる銀と書いて乱銀」
 「乱銀、か。覚えたぞ。綺麗な髪だな」
 その言葉に、涙が出そうになった。
 覚えていなくとも、その言葉が聞けて良かった。
 「不思議だな、今日は」
 澄み渡る大空を見上げて、それから優しい瞳で乱銀を見やる。黒蒼の纏う雰囲気に、前世を思い出す。
 「何が?」
 「君と居ると、何か懐かしい気分になる」
 
それはそうだろうと、乱銀は胸の内で呟く。
 今よりもずっと前に、何度も顔を合わせていたのだから。
 
 「……どうして泣く?」
 「え? 泣いてなんて……」
 「嘘。泣いてるだろう」
 顎を掬い取られて、その時初めて自分が泣いている事に気が付いた。
 「あれ、なんで、泣いて……」
 「……泣くな。俺まで泣きたくなる。誰だって泣き顔は似合わない」
 目尻に溜まった涙を親指で拭って、笑う。

 「一つ、約束しようか」

 何気なく告げた。
 三年後、またここで逢おう。
 その言葉に、乱銀は歓喜した。また会うことが出来る。また会えるのだと!
 「三年という月日は、短いようで長い。待つ身としても、追う身としても、楽じゃない筈だ」
 それでも良いのなら、俺と約束しよう。
 小指を差し出した黒蒼に、乱銀は――
 「私が、傍に行ってもいいの?」
 「それは、君が決めることだ」
 「…………約束、する」
 一つ、乱銀は頷いた。そして――、黒蒼の指に、自身の指を絡めた。

   ゆびきりげんまん
   うそついたら
   はりせんぼん、のーます
   ゆびきった!

 何気ない一言で結ばれた、二人だけの約束。
 黒蒼は気付いているのだろうか。無意識に乱銀を、自分の近くに来るよう誘導したことに。
 嫌という気持ちは湧いて来ず、乱銀はただただ喜んだ。その様子を見て、黒蒼はゆるりと口に弧を描いた。
 「それと忘れていたが、」「うん?」
 ふっと、顔を上げる。その視線の先には、不機嫌を露わにした乱銀が。嫌な、予感が過ぎる。
 「私は、中一だ!」
 「なッ……小学生かと思った」
 「なん、だと……!? 確かに私は小さい、チビだ! なのに、そこまで私は幼く見えるのか!?」
  ショックを受けた乱銀は一気に赤面し、怒り出す。黒蒼は苦く笑って慰めようとするも、あまり効果は得られない。そうこうしている内に、完全にへそを曲げてしまった。
 「悪かったって」
 困り顔で自分よりも背が低い乱銀の頭を軽く撫でた。早い時期に、周りよりも背が伸びたことに加え、自分基準に見ていたことを自覚し、悔いた。
 
「これからまだまだ、伸びるだろうさ。そうしたら、少しは俺と同じ目線で見られるだろうなぁ」
 「ッ当たり前だ。私はまだ伸びる、伸びてくれなければ困るッ!」

 半ば叫ぶように言いながら、乱銀は想像した。
 あの時、あの場所に居た頃と同じ姿で、黒蒼の傍に居る未来を。
 (夢、みたい。そうなれば……いや、そうなってほしい、な)
 少女はゆるりと微笑み、想像した。




 その頃の、とある世界。
 そこは、”絶”ぜつと呼ばれる世界。
 流星の石メテオクリスタルという存在が人々を支配し、争いを育む世界。

 そんな世界に、灰の雪が舞っていた。
 「……灰の雪か」
 焼けた世界に佇む男。服の上からでも分かる、筋肉。それに見合った大剣が、その背にあった。
 「ブレイド」
 「……あぁ、月虎げっこか」
 荒廃した町を眺めていた男の名を呼ばう青年が居た。ブレイドと呼ばれた男は、大きく息を吐き出す。
 「時は、来たかもな」
 「俺達はまた、主の下に還れればそれで良い」
 彼等は願う。心優しき主の元へ還れることを。
 「魔具は武器だ。だが、ただの武器じゃねぇ」
 凄みのきいた、声音。ブレイドの言葉に同調するように、月虎は嗤い交じりの声で思いを吐き出した。
 「魔具である俺達には、意志がある。だから主人を選ぶ。選べる」
 「『俺達が力を貸すのは、ただ一人』」
 それぞれが、己の“本体”を構えた。同時に、二人の魔具を包囲する武装した兵士達。
 気に食わない。
 主を失った自分達を、利用しようとする輩が居ることが。気に食わない。
 “絶”で数ある魔具だからこそ、それは重々承知していた。けれど、自分達が認めたのはただ一人。
 他の誰かに使われることに耐えられない。そもそも使われる気も、無い。
 
 「我が名は、」
 同時に口を開く。

 ――ブレイド!
 ――月虎!

 高らかに彼等は名乗り、たった二人で軍隊の中に飛び込んで行った。
 その姿は、揺るぎない意志があった。

 
 ※


 流星の石は神託を下す。
 人と同じように言葉を話せない代わりに、“絶”の人々に神託を下す。

   ―― 新たなる世界が見付かった。
      我等の世界が“絶”ならば、その世界は”転”てんと名付けよう。
      我が世界よりも争いが少ない、血を流さない世界よ。
      さあ、“絶”の住民よ、“転”の住民を殺せ! 血を流させよ!
      “転”の住民に地獄を見せるのだ! ――

 「流星の石の神託が下った」
 「本当に我々の世界以外に、もう一つの世界があるとするなら、」
 一人の古老が畏怖するが、「従えば良い」と一人の古老衆の中で年若い男が発言し、ざわり、とざわめきが広がり、複数の古老衆の視線が集まる中、その男は臆することなく続ける。

 「何を今更、恐れる必要が? 今までの神託のように同じ事をしていけば良いではないか」
 薄暗い地下に流星の石を安置する巨大なポッド。明かりは僅かしかあらず、会談する古老集を尚のこと妖しさを倍増させた。
 「貴様ッ」
 「神官ジャ・シンナール!」
 数人の古老が鋭い声を上げるが、ジャ・シンナールは薄ら笑いを浮かべ、動じない。寧ろ、その笑みには嘲笑の部分が多い。
 「我等はこれまで、流星の石から下される信託のままに戦争に身を投じて来たではないか。恐れる必要は無いと思うがなぁ」
 椅子に深く座り、落ち着いた声音で語る神官に落ち着きを取り戻す古老数名。その様を見、ジャ・シンナールは判断力のない耄碌老人共め、などと心の中で吐き出していた。

 「儂は深く関わらん。だが、クリスタルの意に背くでもない」
 「だが、神官よ!」
 「貴様はいつもそうだ!」
 「協力的でも積極的でもない……」
 「中立のつもりか、この、偽善者めッ!」

 飛び交う罵詈雑言。
 つくづく下らないと思う。一体何時から、”絶”この世界の住民はこうなってしまったのか。
 「偽善者? それは結構」
 元より善人を気取るつもりはない。神官という職であるにしろ、それはただ単に素質があったから就いているだけの話だ。
 「協力はしよう。だが、後のことは自分達でやるが良い。そこまで儂を巻き込むな」
 神官はそこまで言うと古老集に退出を申し出た。流星の石を安置する一室は、彼の私室の一つのようなものだ。――正確には、神官ジャ・シンナールは流星の石を守る役目が存在するから、なのだが。

 「それとも、儂を殺すか?」
 「ッ――……ふッ、まぁ良い。」
 
 永遠にも感じられる睨み合い。
 先に根を上げたのは古老衆。
 それから暫くして、神官は古老衆から解放された。散々な小言付きによって、だが。解放は解放だ。
 「我等は常に、流星の石の神託が下すままに」
 その言葉とともに、古老衆はそれぞれの居場所に帰り出す。
 最後の古老が扉の向こう側へ行った事を確認するなり、神官ジャ・シンナールの手に神託の言葉が記された紙がふわりと、風も無いのに浮かび上がる。
 「ふむ、……時は再び、歯車もまた動き出す、か……」
 そしてひとりでに炎が灯り、神官の手の中で燃え尽きる。ジャ・シンナールは無感情にそれを眺めた。「――ふぅむ」軽く息を吐きながら、ジャ・シンナールは崩れた姿勢で椅子に座りなおした。古老衆も居ない今、出来ることだ。
 「――ずっとそこ・・に居たのだろう? 出てくるが良い」
 唐突に、神官は口を開いた。
 「なに、お前を引っ捕らえるつもりもない。流星の石の情報が欲しいだけだろう。それに――」
 物陰に潜む相手に語り掛けながら、神官は続ける。
 
 黒蒼の頼みでもあったからな。

 「――――ッ」
 紡がれたその言葉に、物陰の気配が揺れた。それに気付きつつ神官ジャ・シンナールはもう一度、姿を現すように促した。
 「ここへ忍び込んでいたのも、とっくに知っておったわ」
 警戒する相手の気を和らげるように言葉を紡ぐ。が、本人にそのつもりがあるのかどうか解らないが。
 「流星の石について探っておるのだろうが、その様子ではあまり調べられていないようだな」
 「~~ッだとしたらなんだッ、クリスタルについて教えてくれるっいうのか、アンタは‼」
 「ああ、良いだろう」
 「ッ!?」
 物陰に潜んでいた人物が姿を現す。
 ジャ・シンナールの発言に、言葉を失ったようで何とも言えない表情で硬直している。
 「儂も色々と面倒に思ってきていたところだ。この情報を、どう使うかはお前の行動次第だ。……活かすも、殺すもな」
 そう言い放ち、神官は年若い青年に小さく折り畳んだ紙切れを投げ渡した。 
 
 「儂はお前に協力しよう。…………黒蒼の友人の一人として、な」

 薄ら笑いを浮かべる神官は、何処となく憂いを含んだ表情を見せた。
 「流星の石は、消えて無くなるべきだろう。それこそ、跡形もなく」
 そうすれば、少しは世界は明るくなるだろう。
 流れる血の量もまた、減るのだとジャ・シンナールは思っている。そう考える彼の脳裏には、蒼き炎を操る騎士の姿があった。


 歯車は再び回りだす。
 異なる二つの世界が混ざる。
 それぞれの世界の名は”絶”ぜつ”転”てん
 
 争い溢れる”絶”は休息を知らない。
 平和で戦争を忘れた”転”は混乱する。
 
 忘れてはならないのだ。”絶”で非業の最期を遂げた青年の、守ろうとしたことを。
 (黒蒼よ、時は来た)
 膝を付き、打ちひしがれる青年を眺めながら、神官は心の中で呟く。この先の出来事が、見えてしまうような気さえもする。
 
 「さぁ、け」
  
 先の行動を促す。協力はこれからであって、今ではない。それを含めて、神官は告げるのであった。

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