CRYSTHL―クリスタル―

気紛屋 月影

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黒蒼、乱銀は蒼炎の騎士を垣間見る。

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 新しい生活が始まって、それなりの日が過ぎた。
 そんなある日の、出来事。


 「どうか行かないで、……わたくしの傍に居てほしいのです‼」
 可憐な衣装を身に纏った一国の姫が哀願する。
 姫に対面する、騎士の姿をした青年が居た。背には、身の丈ほどある大剣。彼は、僅かに困った表情を見せ――

 「――そこまで言うなら、願っていて下さい」

 姫君の前に膝を付き、右手を胸に当てた騎士は言う。
 「無事に私が姫様の前に帰還できるように。――私の剣は、貴女の物だ」
 そこで照明が落ち、第一幕は終了した。体育館内に拍手が辺りに響く。そう、これは演劇だ。
 演劇の人数が足りないということで、黒蒼に助っ人要請が来たのだ。


 「黒蒼ぉー、やっぱお前演劇部に入れよ」
 「断るぞ、それは。なんたって俺なんだ」
 舞台袖で飲料水を口につけようとしながら返す。薄っすら汗を掻いているのを、乱銀がタオルで拭ってやる。
 「俺は何度も嫌だって言っただろ。他にも適任が居たはずだ」
 「残念ながら、クラス全員一致のご指名です。諦めろ。そして俺に当たるな」
 「ふざけるな、むらさき! 大体お前が面白がって俺を押した所為だろうが‼ どうして俺のクラスメイトのほとんどが、演劇部なんだッ!」
 静かに、冷静を保とうとしていたが、それはもう限界で。
 「それ以上何か言ったら本気で舞台を放り出すぞ」
 地を這うかのような声音で言い放ち、黒蒼は紫と呼んだ級友を睨み付けた。何故、ここまで黒蒼の機嫌が悪いのかというと――まぁ、内容は至って簡単なもので、年に数度あるクラス演劇の中心人物に抜擢されたのだ。元々、裏方希望である黒蒼の知らぬ内に、とんとん拍子にキャストとしての話が決まっていた。それもあって、黒蒼は不機嫌を隠そうともしない。
 
 「おおー、怖い。怖い。だけどな、黒蒼よ。後輩にべったりされて恰好で言われてもこれっぽちも怖くなんてねーぜぇ?」

 にまにまとした笑みで言われた黒蒼は、何も言えなかった。……その、自覚があったからだ。
 片腕を乱銀が抱き込むようにしてくっついている。別に不快に思うわけではないのだが、何となく気恥ずかしい。はぁ、と大きく息を吐きだして、放って置こうと考えに至った。
 「……全部終わったら、紫。覚えてろよ」
 恨みが籠った声音で吐き捨てて、幕間の出し物の方に聴覚を集中させた。
 「はーい、はい。ま、次の出番まで時間はあるからな。それまで好きにしてろよ。ただし、遅れるな」
 「ああ、分かってる」
 返答した後に、紫は他の生徒に呼ばれ黒蒼と乱銀の前から離れて行った。
 「……」
 「……」
 残された二人の間に落ちる沈黙。先に破ったのは――、黒蒼だ。
 「紫が少しの間自由にしていいってのお達しだ。……乱銀、幕間を見に行くか。舞台前で見るんじゃなくて、別の場所でな」
 「黒蒼が行く所なら、何処でも良い」
 「、そうか。分かった」
 乱銀の言葉に一瞬きょとんとするも、ふわりと笑みを浮かべる。手を繋ぎ衣装を着たままの黒蒼と、特別キャストである乱銀はこっそりと舞台側にある階段から二階に上がった。
 「な、よく見えるだろ?」
 そこは、少しの照明器具が置かれた狭い通路だった。数人ほど照明関係者が居る以外、誰も居ない。本来なら関係者以外あまり立ち入らない場所なのだが、黒蒼の子供が内緒話するような仕草で、その関係者達は呆気なく陥落した。だから、誰も二人の事を咎めることはない。
 「上から、なんて……」
 滅多に見ることはないのではないか。正面から見るよりも見にくくはあるが、違った角度で見ることもまた新鮮に感じる。
 「上から見るのもまた良いだろ? 俺は人が少ない所が好きでな。……乱銀は、上と下で見るならどっちが好きだ?」
 弾んだ声音。表情の変化は感じ取りにくいが、雰囲気で感じ取ることは出来る。一組目の出し物が終わった。静かに、黒蒼は乱銀の返答を待つ。彼女の、答えとは――
 「私は……どちらとも言えない」
 曖昧な答えであっても、「そうだよな。人それぞれだからなぁ」と黒蒼は深い意味で問うたわけでもなかった為、それだけで納得した。何故かそれに慌てて、
 「ちが、うッ……黒蒼となら、それで楽しいんだ‼」
 口が滑った。
 言ってすぐにハッとする。沈黙が再び訪れ、何も会話することなくただただ、幕間の出し物を集中して観賞した。

 
 友達以上恋人未満。
 狭い通路に居る数人いる照明担当達が、二人の関係に悶絶していたことを、二人だけの世界に入り込んでいた黒蒼と乱銀は知らない。
 
 舞台を眺める乱銀の目には、生徒の出し物ではなく、彼女の記憶に残る”絶”の黒蒼の姿があった。
 動きやすい騎士服に、大剣。
 それは乱銀の記憶の中に残る黒蒼の姿だった。
 「そんなに役をやるのが嫌だったの?」
 「うん?」
 乱銀は黒蒼に聞いた。
 不思議だったのだ。”絶”の世界では真面目で優しい印象が強かった。
 「まぁ、な。やっても良いが、出来ればやりたくはなかったな。何時からだろうな、人前に出るのと、注目されるのが息苦しく感じるようになったんだ」
 下からの光で、黒蒼の顔が悲しそうに見える。幻影か。否、現実なのだろう。本当に息苦しく感じているように見えた。

 ――やはり、”絶”で何かあったのだろうか。”転”に居る今となってはもう、知る術はないが。
 (私は、知っておくべきだったのだろうか)
 あの時、すぐに黒蒼の後を追わずに、生きていれば――何か知ることが出来たのだろうか? ”絶”の黒蒼は単独の、それも部隊を受け持たない孤高の騎士として名を馳せていた。そんな彼を――刃を交える回数を重ねるごとに、気付いた。どんな経験をしたら、暗く澱んだ瞳が出来たのかを。
 (私、は……)

 乱銀は迷う。
 迷ってしまう。
 ”絶”の記憶を持つ者として――
 どうすることも出来ないと理解していながら今、彼女はそれらに苦しめられる。


 ※
 

 「五分遅刻だ。遅れるなって言っただろ? 怒りたいが今は時間が惜しい。急げッ」
 遅れた二人の前に立ちはだかったのは、般若を背負った紫。そのあまりの気迫に、黒蒼は息を詰め、乱銀は黒蒼の腕に寄り添った。
 そうこうしているうちに、あれよこれとメイク係りが二人に群がる。黒蒼は身に着けている衣装はそのままに、細かな小道具を持たされ、乱銀は長いストロベリーブロンドをそのまま後ろに流し、赤を基調とした衣装に白のレースで飾られたカチューシャを。
 「凄い。凝っているのね」
 「当たり前だ。キャストに似合った衣装を!」
 「……それだけじゃないがな」
 「どういうこと?」
 どや、と紫が答えるのに対し、黒蒼は何処かげっそりとした表情を見せた。乱銀の上目遣いに癒され、紫を哀れみの籠った瞳で見やって、教えてやる。

 「この演劇で賞を取れば、クラスに褒美があるんだよ」

 と、黒蒼が言い切った瞬間、乱銀は見た。
 その場にいた黒蒼の級友達が一斉ににやりとした笑みを浮かべたのを。
 「ふぅん?」
 小首を傾げて、乱銀は一人納得した。


 そして、第二幕が上がる。
 「私はまだッ、死ぬわけにはいかない。ここで、終わるつもりは毛頭ない‼」
 第二幕もまた、好評。
 誰もがその演技、物語に見入っていた。 
 「ならば、終わりにしよう」
 剣を構える敵役の少年。冷たさを見せる笑みがまた、様になっている。
 「ふー……そうだな。終わりにしよう、これで!」
 「その技、見切った! 二度も同じ攻撃が通じると思うな!」
 「同じかどうか、受けてから言うものだッ」
 黒蒼が大剣を大きく横に振る。紙一重の所で躱す敵。一撃、二撃と剣を交えながら、黒蒼は勝負に出た。
 「はぁッ」
 敵の背後を取り、不自然に見えない自然の動作で大剣を振り下ろした。

 「ぐ、ぁああッ」

 丁度良いタイミングで敵役が膝から崩れ落ちる。ピクリともしなくなったのを確認し、くるりと客席を振り返って――、
 「守る為ならば、この身がいくら傷付こうと……私は刃を振るう」
 
 ここで一度照明が落ち、音響が大きくなる。


 照明が徐々に明るくなり、完全に明るくなった所で赤の衣装を身に纏った乱銀が言葉を発する。
 「我が名は”桜宵”さくらよい。貴様に問おう、何故我等の進む道に立ちはだかる?」
 乱銀は役になりきっていた。
 今は、今だけは何も考えずにただこの”桜宵”の役に徹しようとした。そうでなければ、”絶”の黒蒼を思い出してしまうから。
 「……我が名を”天龍”てんりゅう。この命を懸け守るは我が主君、姫の為! 何人たりと、姫に刃を向けることは私が許さない‼」
 乱銀の――否、”桜宵”の双剣を受け止める黒蒼演じる”天龍”はいう。
 (あぁ、私の記憶にある黒蒼だ。しまったな、これじゃあ)
 気分が高まるのを感じる。双剣を構え直して、”桜宵”はもう一度”天龍”に躍り掛かろうとした、時だった。

 「ッきゃぁあああああああああ‼」

 突如悲鳴が響き渡る。
 「ッ、何だ?」「何ッ⁉」
 その悲鳴に身体の動きが止まる。黒蒼達の演技は一時中断する。続けていたとしても、観賞出来る状況では無い。
 「ッせぇんだよ! 黙れッ」
 一人の女子生徒が男に拘束されていた。その事実に、周りに居た生徒が悲鳴を上げ、次々に離れて行く。男と女子高生の周りには誰も居なくなった。男の手には――刃物。迂闊には近付けない。一番遠い舞台からでもその危険な輝きを確認でき、黒蒼等出演者に緊張が走った。
 「なッ、何が目的なんだ⁉」
 勇気を出した一人の生徒が理由を問う。それに男は「この演劇発表会を廃止しろ!」と、大声で言い放った。
 『何で?』
 その時、会場内の声が一致した。それはもう、ぴったりと。
 「~~ッ、どうしてもだ! 理事長を呼んで来いッ‼ でないとこの女の首を搔っ切るぞ!」
 言ってぐっとナイフを押し付ける。細い悲鳴が女子生徒の口から洩れた。薄っすらと血がにじんでいる。どうすれば――と黒蒼や乱銀など、比較的に頭の回る者は考えていた時に、彼は動いた。
 
 「どうしてこの学校なんだ? 他にも学校はあったはずだ。…………いや、そもそもなんで演劇を嫌悪してんだよ? まぁ、好き嫌いは人それぞれだが、意味わかんねぇ」
 
 ふてぶてしく男に話し掛ける猛者という名の馬鹿が居た。――紫だ。またしても会場内全員の心の声が重なる。
 『おいおいおいおいぃぃッ⁉』
 何言ってんの、アイツ! 人質、人質が居るんだけど⁉
 ねぇ馬鹿なの? アイツ馬鹿なの⁉ ねぇ、どうなの⁉
 会場内全員一致の心の声。だらだら、だらだらと流れる汗が滝のよう。
 「わ、私が理事長だ」理事長が人波から前に現れた。
 「君は、何が目的なんだ?」
 「俺の目的はただ一つ。この、発表会をこの先々、廃止させることだ!」
 男が、吠えるように目的を口にした。
 「アンタが宣言しろ、今、この場で‼」
 視界の端でゆらりと揺らめく不審な人影を複数確認した乱銀。まさか――と、思った時。
 「ふざけんな!」
 「この発表会は私達の学校の伝統よ! 貴方の言い分だけで廃止できるわけないでしょうが‼」
 複数人潜んでいた男の仲間を捻じ伏せたのは、黒蒼の級友達。些か殺気立っているようで、話し掛けることすら躊躇する。
 乱銀は戦いの”た”の字も知らない一般人が、戦争に身を投じた者のような殺気を放ったのに驚きが強かった。それに反して、黒蒼はあーあ、といった表情。理由は簡単だ。
 「ふざけんなよ、お前」
 地を這う低音。それはもう、地獄からの死者のようだったと後日、発表会に出席した生徒達の談。
 「もう一度聞くがな、どうして”学校”ウチだった?」
 「~~ッ俺がここのOBだからだよ‼」
 「ふぅ~ん? それだけかぁ?」
 圧迫感を感じさせる、紫の気迫。その気迫に飲まれ、ぼそぼそと男が語り出した内容に紫から表情が抜け落ちる。周囲も呆れる内容だった。

 「年に数回、学年とクラス対抗の演劇発表会がある中でよぅ、全員で一番取ろうって気になるだろ? 遅くまで残ったり、女子と仲良くなって恋をして」

 話し出して緊張の糸が取れたのか、男がペラペラと話し出す。
 馬鹿馬鹿しい話だな、なんて黒蒼は小声で呟いた。そうね、と乱銀も同意し、呆れた視線を向ける。
 「そんで、発表会当日に告白すりゃ、あっさりフラれた! ごめんね、もう付き合っている人が居るの。ってさぁ! 何、何なの! 告った俺が馬鹿みてーじゃん! 俺に優しくしたり媚び売るなってんだよ‼」
 感情の高まりが徐々に声をも大きくしていく。一通り言い終えて、落ち着いた男がハッとし、 息を整えて――だから、同志を集めた、と宣言した。
 ――瞬間、数人の生徒に拘束されていた男の仲間達が復活。強引に、力任せに拘束から逃れ、男の周りに集った。
 「――…………」

 もう、我慢ならない。

 乱銀は一向に進まない事態に、ぎゅ、と作り物の双剣を握りしめた。
 「え?」
 立ち尽くしていたはずの黒蒼が、動いた。
 「ッ何やってんだ黒蒼⁉」
 紫の声に受け止めきれなかった現実を半強引に受け止める。
 黒蒼は己の小道具を振りかざし、先制を仕掛けた。「うわ⁉」「きゃッ」身の丈ほどある大剣に驚いた男が女子生徒を突き飛ばし、逃れようと身を捻る。
 「皆、下がってくれ」
 わざ・・と当てずに振った大剣を構え直して黒蒼は言う。
 「はぁあああ? ヒーロー気取りかよ、このガキッ」
 「さぁな、どうだろう?」
 口ではそう言っているが、その瞳は笑っていない。激昂した男達が襲い掛かって来る。それを軽く身を捻って躱し、男の鳩尾に肘を容赦なく叩き込む。

 「後ろががら空きだ、バァアアカッ!」

 二人の男が背後から襲い掛かる。手にはバッドや鉄の棒といった鈍器。
 きゃあぁぁ‼
 危ないッ!
 と、悲鳴が上がる。黒蒼は、動けなかった。逃れようと思っても、不覚なことに足が動かなった。
 (――にげ、られない)
 斬られる覚悟を決めかけた――が、いつまで経っても痛みが襲って来ない。不思議に思って、瞑ってしまった瞼を上げた。
 「何をしている、”天龍”!」
 ”桜宵”が二人の男を卒倒させていた。
 「今は私達の戦いをしていた。三者にはお引き取り願おう!」
 芝居がかった言葉に、黒蒼は乱銀がこの場を取り繕うとしていることに気付いた。顔を伏せて、忍び笑いをする。それは徐々に大きくなり、人の気を引き付ける。

 「はは、はははははははははは‼ そう、そうだな、お引き取り願おうか。ここは今、私達の世界だ――」

 そう言い放った”天龍”――否、黒蒼の纏う雰囲気に男達だけでなく、遠巻きに見守っている生徒達の背をぞくりとさせた。ただ一人、乱銀はまた別の感情に見舞われていた。
 (蒼炎の騎士だ……あの、雰囲気は――)
 乱銀の目には青き蒼炎を操る騎士の姿が映った。今生の世界である”転”と、”絶”の記憶が交差した――幻影を。

 何とも言えない感情が身体の底から湧き上がってくる。
 「……ッ」
 少しだけ笑みを浮かべて、彼女は黒蒼の援護に回るため――双剣を掲げた。

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