CRYSTHL―クリスタル―

気紛屋 月影

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流星の石。

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 戦いの火種は燃え盛り始めた。

 ふふふ。
 さぁ、我が許へ来い。
 その身を、その血肉を我に寄こせ! 我が力の糧となるのだ!

 薄暗い闇の中、巨大なポッドの中に”居る”流星の石は待つ。
 肉――人間の血肉を。贄となる、”転”の住民の存在を‼

 ふふ、ふふふふ。
 ああ、楽しみだ。楽しみでならん。

 流星の石は嗤う。嗤う。『……』怪しげに光を発する流星の石の傍に、”絶”の黒蒼は居た。
 『お前の思い通りになるかは分からないぞ。……まぁ、俺が出来る事は限られてるがな』
 思念体である彼は、淡い光を纏いながら言い放つ。
 彼の存在に、これから捧げられるであろう贄に心躍らせている流星の石は、最後まで気付くことは無かった。




 「蒼炎纏え、蒼刃そうじん炎弾えんだん!」
 ブレイドの刀身に蒼い炎が覆う。大きく大剣を振り回しながら、蒼い炎を刃として飛ばしていく。
 「わぁああ!」
 「一度戻るぞ!」
 数人で行動していたが一人逸れでもしたのか、囲まれ今にも喰われそうになっていた生徒を助け出す。「先に戻れ、行けるな?」と、黒蒼は言うが、助け出された生徒が地面に両手を置いたのを見て口を噤んだ。

 「大地よ、敵をも防ぐ盾と溝を作れ!」

 自然魔法の、土。
 コンクリートでも生き物の踏み締める大地だからこそ、適用される。
 黒蒼は凄まじい音を立てて形成されて行く防壁に唖然と眺める。「ありがと、命拾いしたよ」えへへ、と困った様に笑う相手に何とも言えない気持ちになった。
 「黒蒼!」
 「紫?」
 遠くから呼ぶ声に反応する。同時に、走り出す。……一人ではなく、襲われていた生徒を置き去りにはせずに引っ張って。

 「紫、作戦を立て直そう!」

 校庭に駆け込んで、安全地帯に辿り着くなり寄って来た級友に向かって早口でまくし立てる。
 「ああ、俺達もそのつもりでお前を呼んだんだ」
 「現状はッ⁉」
 「外に出た奴が何人か喰われた。生き残ったのもいるが、戦力にはもう入れられんだろ」
 「そう、か……ッくそ……」
 学校ここに帰って来るまでに、何度か目撃していた。
 襲われ喰われていた住民を。
 四肢をもぎ取り、骨ごと齧り付く姿。または、生きたまま徐々に喰われて行く人の絶叫。
 生き残った者も目の前で喰われて行くのを見た。そのショックで精神状態はかなり不安定だろう。現に、逃げ戻って来た生徒の中に手当てを受ける者が、数名見られた。
 血濡れで、肘から先が見えない――失っている者。
 「大元を叩かないき限り、何も変わらい…………、ッ紫!」
 悲痛な表情を浮かべ思案する黒蒼。唐突に思い出したことに、紫の名を叫んだ。
 あれだ。
 あれがあった。
 あれを使えば、戦況は変わるだろう!
 「符術を使う奴を集めてくれ!」
 「なんでだよ?」
 「良いから、早く集めてくれ!」
 「……おう、分かったよ」
 黒蒼の必死さに慌てて符術を使う生徒を呼びに行く。
 そして呼び集められた集団に向かって、「空間を繋ぐ符を作って欲しい」と、簡単に伝えた。
 「思い出してくれ、教室のドアが何処かに繋がった時のことを!」
 言われ、はっと思い出す。
 まだ、”絶”が”転”に来る前、誰かが空間を”絶”の何処かへ繋げた時のことを。
 「頼む。作ってくれ。……化け物を送り込む船はただ一つ。それを墜としたら、俺は”絶”に向かおうと思ってる」
 ぱぁああん……、結界に弾かれる魔法の雨。
 その音が一瞬、掻き消えた様に聞こえた。
 「正気か、お前ッ」
 「着いてこなくていい。皆には”転”こっちを守って欲しいんだ」
 「馬鹿野郎ッ」
 ドカッ、と遠慮も無く殴り飛ばされる。構えても無かった黒蒼はそのまま倒れ込んだ。それでも――と、黒蒼は言葉を続ける。
 「ここで戦い続けても、いつまで経っても終わらない。誰かが”絶”の世界に行くべきだと俺は思ったんだ!」
 「だからって一人で行くのか!」
 「ああ、そうだ! これ以上負傷者、死者を出さない為なら俺が行った方が良いだろう⁉」
 「おまッ、お前は、……、ッ、本当に馬鹿野郎だな、おいッ‼」
 胸倉を掴み怒鳴り合うように言葉を交わす二人。否、実際怒鳴り合っていた。
 胸倉を掴まれ怒鳴られながらも口端を血で濡らし、それでも確固たる意志を持つ黒蒼。その決意は揺らがない。揺らぐことはない。
 「……、何が、あったの?」
 二人が睨み合っていた時だった。負傷者と非難していなかった住民を連れて学校に戻って来た乱銀は、目の前の現状に眉を寄せた。
 「乱銀ちゃん、実はね……」「……?」
 こそッ、と耳打ちをされる。
 そして、睨み合いを続ける男二人に向かって、女子数名で頭を冷やさせた。

 「『氷雨アイス・スコール』」

 息を揃えて、詠唱。
 途端に、二人の上だけに氷の雨が降り注いだ。
 「うおぁッ⁉」
 「ッ⁉」
 冷たいものが頭から爪先に。文字通りの濡れ鼠へと変貌。
 睨み合いに怒鳴り合い。頭から冷たいものを被って止まった小さな修羅場。
 「……ちょっとは落ち着いた?」
 「リーダー各なんだからこんな時に喧嘩しない!」
 些か冷たい眼差しに、「『……ごめんなさい』」と声を揃える。思わず二人揃って正座するのは、仕方ないのかもしれない。
 仁王立ちした女性陣。
 その前に正座して項垂れる男二人。
 女って怖い。

 「一人で”絶”に攻め入る気?」
 ふん、とやや息粗く乱銀は聞いた。「……ああ」と黒蒼が答えた所で、「私も行くわ」と一言。たった一言告げた。
 「黒蒼だけ行かせるわけないでしょ?」
 「まだまだ、俺達は行ける!」
 「あぁ、死んだ奴の事は悔しいさ! 皆を殺した”絶”が憎いッッ!」
 「だけど、生き残るには避けられないものだろ? 今を生き抜いて、全部終わったらそいつ等の分まで生き抜くさ!」
 「よーし、なら選抜だ! 学校に残る奴と”絶”に行く奴!」
 「防壁……、結界をもう一度強化して!」
 「符術で威力を上げて、反射の威力も倍に‼」
 わたわた、ばたばたと、集められた生徒は慌ただしく動き出す。指示を下す者、それを伝えに走り回る者。
 その様子を目にしながら、黒蒼は正座の状態のまま動こうとしなかった。――否、動けなかった。足が痺れただとかそういうわけでもなく、彼女の言葉を消化しきれていなかった。

 「ねぇ、一人で行かせると思った? …………蒼き炎を操りし蒼炎の騎士、黒蒼?」

 不敵に、挑発するように乱銀は言った。
 嫌われても良い。既に距離は置いているが、今は距離云々言っている場合ではない。
 ただ生きる。戦っても生き残れば、また変わる。今は、そう信じていよう。
 「……、我が強いのはお互い様、か……」
 はは、と力無く黒蒼は呟いた。


 ”転”の”絶”に対する作戦変更――その内容は、以下。
  一、符術及び魔法陣を組み合わせた”絶”へと繋がるゲートを作成。
  二、”転”に残る者、”絶”という異世界に向かう者と人を二つに分ける。
  三、その前に異種族を乗せた艦隊を墜とすことを優先とする。
    最前線を行くのは黒蒼、乱銀となる。この二人を中心として奇襲を掛ける。


 「負けない。俺達は、生きる事を諦めない」
 敵を殺そうと、生きる為なら迷わない。迷っては生きていけない。迷っては、死んでしまうから。
 今だ攻防が続けられている。最初よりも勢いは収まったが、それでもかなりの威力。
 張られた結界は簡単に破られはしないだろう。
 屋上に上がった黒蒼は冷静に、じっくりと観察した。
 「反射……なるほどな」
 結界は防壁の役割を担い、同時に攻撃を跳ね返す役割を持っているらしい。反射というのはこれに当てはまり、威力は攻撃が防壁にぶち当たることで発動される仕組みのようだ。
 「来た時の威力と、その倍の力が加わるってことか」
 よくもまぁ考えたものだ。これこそ妄想で実践出来るそういった世界の住民には感心する。
 簡単には真似できない。
 「”絶”の俺……」
 俺は、上手く立ち回れているのだろうか――?
 不安に、思わず弱音を見せた。

 黒蒼はギリギリ締め付けられる胸を抑え、戦艦を墜とす脳内シュミレーションを行った。それはまるで、目の前の現実から逃げるかのようでもあった。
 その事を指摘する者もまた、その場には存在しなかった。


 ※



 チャプン、チャ……プ、ン……
 水の滴る音。
 そこは、暗い独房のようであった。
 「……ぐ、……」
 落ちて来た冷たい雫に意識を取り戻す。その独房に、かせは居た。
 「ぐ、痛ぇ……」
 軽く息を吸い込むだけでも胸の辺りが痛む。
 何の手当もされてなく、鎖によって繋がれた身体。
 「くそッ、捕まっちまったか……あと、少しだったのによ……‼」
 悔しそうに彼は唸る。本当に、あと少しだったのだ。
 神官ジャ・シンナールと顔を合わせたまでは良かったのだが、何処からともなく現れたスイゲェーレンによってクリスタルを破壊する方法を聞き出す事は出来なかった。

 「ふふふ、そうだなぁ。本当に危うい所だった」

 意識を取り戻してから辺りの気配を探ったはずだった。一人ぶつぶつ呟いている所に返って来た反応にびくりと身体を震わせる。
 「は、ははッ……、……スイゲェーレン」
 「スイゲェーレン様、だろう? なぁ、かせよ」
 くすくす、くすくすと、スイゲェーレンは笑う。鎖に繋がれたかせを愛し気に撫でる。その動作すべてが気持ち悪い。吐き気がする。
 「まさか、あの食えない神官と繋がっていたとはな」 
 「クリスタルを破壊しようと考えていたとは……」
 やれやれといった様子の男をかせはただ睨み付けた。「ッ」あと少しだった。あと少しだったのに!
 密会がバレて、スイゲェーレン率いる兵士に追われた。それは自分だけでなく、神官も同じだった。
 互いに脱出は協力せずにただひたすら撒くことを第一としていた。捕まったのは自分の不注意さが原因だ。それに、あの神官は必ず逃げ切っている事だろう。そんな気がした。なにせ、古老衆も誰も知らない、知ることのなかった通路を自分仕様に改造していたのだから。
 「神官であったジャ・シンナールを捕らえた後、流星の石に願おう」
 「その時、お前は完全に私の物だ」
 一人、自分の世界に浸っていたスイゲェーレンが笑い出す。それはもう、可笑しそうに。嗤う、笑う。
 逆に、かせの身体から血の気が引くが分かった。
 願う。
 何に?
 流星の石メテオクリスタルに。
 駄目だ。駄目だ、駄目だ、それは――‼

 「”絶”この世界が滅ぼうと構わない。お前の身は私の物だ」

 ただひたすらに、男は青年の身を求める。
 狂っているとしか言えない。
 ただならぬ空気を感じ取ったかせは拘束されている身体をがむしゃらに動かし、逃げようとする。逃げられないと分かっていても、本能的に行動した。


 流星の石メテオクリスタル
 かつて、人々を幸福にし、また人々が奪い合うようになった巨大な石。
 現在は権力者の手によって管理され、その実物を目にした者は少ない。


 「ックリスタルに何を願うつもりだ⁉ そんな願い事したらッ、どれだけのッ」
 破壊方法は聞く事は出来なかったが、流星の石に纏わる話を耳にしたからこそ取り乱した。
 血を好み、血肉を求める。
 贄を求めるかつては神聖だった流星の石。
 「アレ・・に願い事したら、国一つ滅ぶッ‼」
 必死に目の前の男に縋る。
 そんな事をしてはいけない。
 そんな願い事をして世界が滅ぶのは嫌だ! と。
 「何を言う、かせ。私とて、存在が消えてしまうのはごめんだ」
 正気に戻ったのか――僅かに安堵したのも束の間。
 「クリスタルに贄を捧げれば少なくとも、”絶”が滅ぶ事も無いさ。――裏切りの魂、その血肉。それを持つ者は”転”に居る」
 「――え……?」
 思考が停止した。何を、言っているのだろう。
 目の前の男は何と言った?
 裏切りの魂、その血肉。魂は分かるが血肉とは……肉体のことか。だが、裏切りの意味は何になる?
 どういうことだ、全く意味が分からない。
 混乱するかせをよそにスイゲェーレンは、ああ、と思い出したようにその名を言った。

 「何と言ったか……ああ、思い出した。蒼炎の騎士、黒蒼。そして紅蓮の赤虎、乱銀。だったかな」
 「互いに敵同士だった者。名も、その姿もまさに生き写し」
 「流星の石が教えてくれたのだ。この私に! この世界に居ただろう者の情報を‼」
 「お前や、その仲間達なら良く知っているはずだ」
 「お前達が裏切り者と呼んだ、その男な‼」

 次々に紡がれるスイゲェーレンの言葉。
 その言葉達はかせに重く圧し掛かる。頭の中が真っ白だ。
 (生きて、た……? いや、違う……生きてるんだ。……黒蒼が、”転”で……‼)
 ぐるぐる、ぐるぐると、言葉も感情も全て頭の中を占める。
 叫ぶ気力さえ、湧かない。
 自分の意思に関係無く、涙が溢れ出て来た。拭う事さえもしない。否、出来ない。「……」壊れそうなかせを、スイゲェーレンは黙って抱き寄せたのだった。



 裏切りの魂とその血肉は、流星の石の力を補う。
 裏切りでは無くてもその力を保つためにこれまで罪も無き者が捧げられた。
 力を発揮するには十分過ぎるが、クリスタルは飢えている。
 流星の石が何に飢えているのか、また贄を捧げられなくとも効力は十分だという事を知るのは――、誰も居ない。知るのはただ流星の石だけだということだ。


 歯車がまた一つ、重なった。
 二つの世界の行方は、まだ分からない。


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