たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ

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 セバスチャンの瞳がいつもよりも暗く見えるのは、闇夜の中で見つめているからだろうか。それとも、何か別の意味があるのかな? その答えを知る心の準備は、今の私にはできていなさそうだ。

「……もし今夜、2階に連れていきたい女の子がいるなら、行ってきていいよ」

 強がりたいのか、それとも大人ぶりたいのか、分からない。それでも、私の頭に浮かんだのはナイフみたいに鋭いこんな言葉で、セバスチャンの表情が一瞬歪んだのを見た瞬間に後悔したけれども、口から出てしまった言葉を取り返すことなんてできない。

「一晩中私の子守なんてしなくても大丈夫」

 厳しい表情のまま固まった彼を見て、今の言葉は言うべきじゃなかったと悟った。思わず力の込もった彼の指先からも、動揺が伝わってくる。

「そんな風に思ってたのか? 俺がお前の子守をしてるって?」

 怒りを抑えたような硬い声は、先ほどまでの優しいなだめるような言葉とは全く異なっていて。私の発言がどれだけ間違っていたのかが伝わってくる。
 ため息と同時に私の顎から彼の指が離れていく。その瞬間、秋風の冷たさを改めて痛感した。

「俺が今お前と一緒に居るのは、誰かに頼まれたからじゃない。俺は俺の意思で、今、お前とここにいるんだ。それに、誰が今夜は2階で楽しみたいなんて言った? そんな気分じゃない時だってある」

 苛立ったような舌打ちと同時に立ち上がった彼の表情は、あまりにも遠すぎて私には見えない。ただ、地を這うみたいに低い言葉だけが、私のもとへと降ってきた。
 顔が見えない分、不安が一気に押し寄せてくる。
 セバスチャンにからかわれた時や意地悪された時は、言い返したりやり返すことに躊躇しないのに、こんな反応をされると、無性に怖くなる。嫌われるのが、怖い。離れていってほしくない。

「……ごめんなさい」

 絞り出した謝罪の言葉は、あまりにもか細すぎて厳しい秋の風に簡単に吹き飛ばされてしまう。今になって急に、寒さが骨に染みる。

「お、お兄ちゃんか、マ、ママにでも、大学でも私の面倒を見ろって、言われてるんじゃないかって思って……」

 寒さのせいなのか2階の音のショックからまだ立ち直れていないからなのか、急に無性に泣きたくなったのを必死でこらえる。ここで泣いたら、完全にただの子供だ。ギュッと唇を噛みしめて、靴の下にある芝の数を数えて気分を落ち着けようとする。
 数秒後、何かを諦めたかのようなため息と同時に、頭の上に優しい重みが加わる。

「誰にも頼まれたことなんてない。お前の子守りをしろだなんて、今まで誰からも頼まれてない。俺がお前と一緒に居る時は、いつだって俺の意思だ。これまでも、これからも。分かったな?」

 彼が私の頭を撫でる手つきはどこか乱暴なのに、妙に私を落ち着かせる。

「……それから、2階の件だが、俺はしばらく行ってない。他のことに集中したかったんだよ、勉強とか、野球とか」

 どこか言い訳めいたようにも聞こえる言葉に、私は静かに頷いた。何に対してだか分からないけれども、なぜだか妙にホッとした自分がいた。

「分かるよ。セビーももう、4年生だもんね。将来のことを、ちゃんと考えないと。大きな変化になるかもしれないしね」

「そうだな」

 遠くを見つめていたはずのセバスチャンの視線が、不意に私の方へと移ったのが分かった。

「けど、今夜はパーティーに来て正解だったな。久々におチビこうやって二人で過ごせたわけだし。俺が大学に進学してからは、あんまりこうやって過ごせなかったもんな。ちょっとうざいところも、相変わらずで」
 
 悪戯っぽく笑う彼の隣で、私は頬を膨らませる。

「ちょっと! 私、うざくなんてない! いったい私がいつうざいことしたって言うのよ!」

 肘で強めに小突いても、野球で鍛え抜かれた彼の身体は、びくともしない。

「そうだな、俺がどこかに行くって言うたびに付いていってもいいかって何度も聞いてくる時とか? それとも、誰にも何にも言わずにこっそり家を抜け出して近所の動物に餌やりに行こうとした時とか?」

 ニヤリと笑うセバスチャンに、私はフン、と鼻から息を吐き出す。
 
「ちょっと好奇心が旺盛なだけだもん!」

 そんな言葉と共に彼の太ももを強くつねれば、痛そうな声を上げて私の手をガシッと掴む。

「おい、つねるのは禁止だ。それから好奇心もほどほどに」

 どんなに手をぶんぶんと振っても簡単に振りほどけないのに、痛くはない絶妙な力加減。加減が難しいのか、心なしか震えている。もう片方の手でつねろうとしても、簡単に片手でつかまえられてしまう。分厚い皮で覆われた彼の手は、大きさも厚みも私の小さなそれとは、全然違う。大人の、男の人の手だ。

「おチビ、いっつも人をつねってまわってるのか? 危ない奴だな」

 悪態をつきながらも、なんだかんだセバスチャンだってこのやりとりを気に入っているのは、子供のころから知っている。私はニタリと笑って、首をぶんぶんと振る。

「誰でもつねってまわるなんてこと、するわけないじゃない。セビーだからするんだよ!」

 子供のころから変わらないいたずらな表情を見せれば、彼もスッと目を細める。

「へえ。なら、俺は特別ってわけか。一体全体、どうしてだ?」





 
 時々、マークの親友であることが嫌になる。マークの親友だからこそ、ミニーと親しくなれたんだってことぐらい、分かっている。
 でも、マークの親友じゃなかったら。ミニーが親友の妹じゃなかったら。物事はもっと単純だったんじゃないか?
 俺は気兼ねなくミニーを誘えて、そして……。
 マークの親友だからこそ、コイツは俺を兄貴みたいに思っている。俺と一緒に居ることに安心している。マークも、こいつの母親も、俺のことを警戒しない。それはまるで、打席に立つことすら許されていないのにただひたすら狂ったようにバットを振り続けているみたいだ。時折すべてをぶち壊したくなる衝動を、必死で抑えこむ。
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