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08
「なあ、本当に大丈夫か?」
人でごった返す騒がしいパーティー会場の中で、二人そろってお兄ちゃんの姿を探す。セバスチャンは何度も私を気にかけてるみたいな声をかけてくるけれども、スピーカーから流れる爆音と人々の話声で聞こえないふりをする。その度に彼は苛立ったような傷ついたような表情を見せるけど、そんなの、今や知ったこっちゃない。
「おいミニー!」
痛くなりそうなほど強く手を引かれて、私は諦めたようにセバスチャンを見上げた。
「何を考えてる? 俺の前で平気なふりをするな」
騒音の中で確実に私に言葉を聞き取らせるためか、いつもより刺々しい口調になる彼を、私は心の中で笑い飛ばしたくなった。平気なふりをするな、なんて、一体どの口が言うんだろう?
「平気なふりなんてしてない。大丈夫なものは、大丈夫なの!」
ため息をついてから歩き出そうとする私の手を、彼は再び引いて足止めする。
キスのことは忘れろ、なんて言ったくせに、どうして私を一向に放してくれないんだろうか。セバスチャンの考えていることが分からなくて、なんだか無性にイラつく。
「分かった。お前がそう言うなら、信じるよ」
そう言いながら、彼はゆっくりと長身の身体を折り畳んで私に顔を近づける。この距離感で、さっきの出来事を思い出すなという方が無理がある。
「……俺にはなんだって話していいって、分かってるよな?」
まるで何かを懇願するかのような視線に、心を動かされそうになる。セバスチャンの言動はさっきからめちゃくちゃで、何をどう捉えたらいいのか、もう訳が分からない。頭も心もぐちゃぐちゃにかき回された気分だ。
どうやってこの場を切り抜けようか考えていたところに、都合よくお兄ちゃんの姿が視界の隅に入って、迷わずそちらに顔を向けた。
「お兄ちゃん!」
大きな声でそう呼びかけると、私はセバスチャンの手を振り払ってお兄ちゃんのもとへと駆け寄った。無邪気な笑顔で抱き着けば、お兄ちゃんもすぐに私を抱きしめ返してくれる。
「どこ行ってた? 探したんだぞ、ミニー。じゃなくて、ジャス、か。もう大学生だもんな」
わしゃわしゃと子犬の頭を撫でるみたいに髪の毛を撫でられて、反抗しながらもホッと安心する。先ほどまでの緊張感から一気に解放されて、ようやくまともに息ができるようになった。
お兄ちゃんは私の肩越しにセバスチャンを見上げる。
「セブ、子守りしてくれて助かったよ。ビールでも飲むか?」
後ろを振り向かなくても、背後の熱が近くなるにつれてセバスチャンが近づいていることが分かる。
「……ああ。ビールで頼むよ」
心なしか強張ったようなセバスチャンの声に、私の身体も心なしか強張る。どうにか落ち着こうと、甘えるみたいにお兄ちゃんの胸に頭を預ける。
「セビーにはビールで、私には?」
家の中で話すみたいに、少し甘えた声で問いかければ、頭の上でお兄ちゃんが笑ったのが分かった。
「お前にはまだ酒は早いから、炭酸の何かだな。アルコールを与えたってばれたら、お袋になんて言われるか」
「でもお兄ちゃんが言わなかったら、ママにはバレないよ?」
小首を傾げてお兄ちゃんを見上げて、分かりやすく瞬きをしてみせる。お兄ちゃんは一瞬だけ迷ったみたいな表情を見せたけど、すぐにわざとらしい厳しい顔で首を振った。
「その手には乗らないぞ。それにお前、隠し事するの下手くそじゃないか。お袋に隠し事なんかできっこないだろ」
お兄ちゃんの鋭い指摘に気まずさを覚えながらも、子供を馬鹿にするみたいに笑われたから、わざと頬を膨らませてみると、あっさり片手で両頬をつままれて、口の中から空気が抜けていった。
「……レモネードでいいよ」
諦めたみたいにそう言えば、お兄ちゃんは私の頭をポン、と撫でた。
「いい子だ。レモネードと、ビールだな。セブ、すぐ戻るからジャスのことちゃんと見ててくれよ」
お兄ちゃんは軽くセバスチャンの背中を叩くと、そのまま人ごみの中へと消えていってしまった。
再びセバスチャンと二人きりになった気まずさを感じながらも、私は近くにあったソファに腰かける。すると、彼は迷うことなくすぐに私の隣に座る。彼の身体の重みで沈み込んだソファのせいで、私の身体がにわかに彼の方へと傾く。その瞬間に香った彼のコロンに、思わず赤面しそうになるのを必死で耐えた。お兄ちゃんが戻ってくるまでの、辛抱だ。そうすれば、このコロンの香りともおさらばできる。
マークは、物心つく前からの親友だ。ミニーが生まれる前からいつも二人で一緒に遊んで、悪だくみをして、一緒に叱られて。まさに俺にとっての大切な相棒だ。
そんなマークを、心底憎いと思う瞬間が時折ある。
俺の質問を無視してマークに抱き着いた瞬間のミニーは、無邪気で幸せそうな笑顔をしていた。まるで何事もなかったかのような純粋な表情を見て、安心するべきなのかもしれない。でも、俺が感じたのは空虚さだけだった。
学校が終わってマークと一緒に家へ帰ると、いつもミニーは両手を広げてマークを迎え入れて、「お帰りなさい」と言いながらあの無邪気な笑顔でアイツに抱き着いた。その姿を見るたびに、親友のはずのマークを突き飛ばしてやりたいなんて、酷いことを考えていた。
ミニーを笑顔にするのも、ミニーを安心させてやるのも、ミニーが頼るのも、すべて俺でありたい。
そう思い始めたのは、いつからだろう。
ミニーにとっての、すべてでありたい。ミニーにとっての世界が、俺だけになればいいのに。
俺が密かに抱え続けてきた欲望を知ったら、マークは絶対に、俺を軽蔑するだろう。そしてきっと、俺を二度とミニーに近づかせない。ミニーを守るために。
人でごった返す騒がしいパーティー会場の中で、二人そろってお兄ちゃんの姿を探す。セバスチャンは何度も私を気にかけてるみたいな声をかけてくるけれども、スピーカーから流れる爆音と人々の話声で聞こえないふりをする。その度に彼は苛立ったような傷ついたような表情を見せるけど、そんなの、今や知ったこっちゃない。
「おいミニー!」
痛くなりそうなほど強く手を引かれて、私は諦めたようにセバスチャンを見上げた。
「何を考えてる? 俺の前で平気なふりをするな」
騒音の中で確実に私に言葉を聞き取らせるためか、いつもより刺々しい口調になる彼を、私は心の中で笑い飛ばしたくなった。平気なふりをするな、なんて、一体どの口が言うんだろう?
「平気なふりなんてしてない。大丈夫なものは、大丈夫なの!」
ため息をついてから歩き出そうとする私の手を、彼は再び引いて足止めする。
キスのことは忘れろ、なんて言ったくせに、どうして私を一向に放してくれないんだろうか。セバスチャンの考えていることが分からなくて、なんだか無性にイラつく。
「分かった。お前がそう言うなら、信じるよ」
そう言いながら、彼はゆっくりと長身の身体を折り畳んで私に顔を近づける。この距離感で、さっきの出来事を思い出すなという方が無理がある。
「……俺にはなんだって話していいって、分かってるよな?」
まるで何かを懇願するかのような視線に、心を動かされそうになる。セバスチャンの言動はさっきからめちゃくちゃで、何をどう捉えたらいいのか、もう訳が分からない。頭も心もぐちゃぐちゃにかき回された気分だ。
どうやってこの場を切り抜けようか考えていたところに、都合よくお兄ちゃんの姿が視界の隅に入って、迷わずそちらに顔を向けた。
「お兄ちゃん!」
大きな声でそう呼びかけると、私はセバスチャンの手を振り払ってお兄ちゃんのもとへと駆け寄った。無邪気な笑顔で抱き着けば、お兄ちゃんもすぐに私を抱きしめ返してくれる。
「どこ行ってた? 探したんだぞ、ミニー。じゃなくて、ジャス、か。もう大学生だもんな」
わしゃわしゃと子犬の頭を撫でるみたいに髪の毛を撫でられて、反抗しながらもホッと安心する。先ほどまでの緊張感から一気に解放されて、ようやくまともに息ができるようになった。
お兄ちゃんは私の肩越しにセバスチャンを見上げる。
「セブ、子守りしてくれて助かったよ。ビールでも飲むか?」
後ろを振り向かなくても、背後の熱が近くなるにつれてセバスチャンが近づいていることが分かる。
「……ああ。ビールで頼むよ」
心なしか強張ったようなセバスチャンの声に、私の身体も心なしか強張る。どうにか落ち着こうと、甘えるみたいにお兄ちゃんの胸に頭を預ける。
「セビーにはビールで、私には?」
家の中で話すみたいに、少し甘えた声で問いかければ、頭の上でお兄ちゃんが笑ったのが分かった。
「お前にはまだ酒は早いから、炭酸の何かだな。アルコールを与えたってばれたら、お袋になんて言われるか」
「でもお兄ちゃんが言わなかったら、ママにはバレないよ?」
小首を傾げてお兄ちゃんを見上げて、分かりやすく瞬きをしてみせる。お兄ちゃんは一瞬だけ迷ったみたいな表情を見せたけど、すぐにわざとらしい厳しい顔で首を振った。
「その手には乗らないぞ。それにお前、隠し事するの下手くそじゃないか。お袋に隠し事なんかできっこないだろ」
お兄ちゃんの鋭い指摘に気まずさを覚えながらも、子供を馬鹿にするみたいに笑われたから、わざと頬を膨らませてみると、あっさり片手で両頬をつままれて、口の中から空気が抜けていった。
「……レモネードでいいよ」
諦めたみたいにそう言えば、お兄ちゃんは私の頭をポン、と撫でた。
「いい子だ。レモネードと、ビールだな。セブ、すぐ戻るからジャスのことちゃんと見ててくれよ」
お兄ちゃんは軽くセバスチャンの背中を叩くと、そのまま人ごみの中へと消えていってしまった。
再びセバスチャンと二人きりになった気まずさを感じながらも、私は近くにあったソファに腰かける。すると、彼は迷うことなくすぐに私の隣に座る。彼の身体の重みで沈み込んだソファのせいで、私の身体がにわかに彼の方へと傾く。その瞬間に香った彼のコロンに、思わず赤面しそうになるのを必死で耐えた。お兄ちゃんが戻ってくるまでの、辛抱だ。そうすれば、このコロンの香りともおさらばできる。
マークは、物心つく前からの親友だ。ミニーが生まれる前からいつも二人で一緒に遊んで、悪だくみをして、一緒に叱られて。まさに俺にとっての大切な相棒だ。
そんなマークを、心底憎いと思う瞬間が時折ある。
俺の質問を無視してマークに抱き着いた瞬間のミニーは、無邪気で幸せそうな笑顔をしていた。まるで何事もなかったかのような純粋な表情を見て、安心するべきなのかもしれない。でも、俺が感じたのは空虚さだけだった。
学校が終わってマークと一緒に家へ帰ると、いつもミニーは両手を広げてマークを迎え入れて、「お帰りなさい」と言いながらあの無邪気な笑顔でアイツに抱き着いた。その姿を見るたびに、親友のはずのマークを突き飛ばしてやりたいなんて、酷いことを考えていた。
ミニーを笑顔にするのも、ミニーを安心させてやるのも、ミニーが頼るのも、すべて俺でありたい。
そう思い始めたのは、いつからだろう。
ミニーにとっての、すべてでありたい。ミニーにとっての世界が、俺だけになればいいのに。
俺が密かに抱え続けてきた欲望を知ったら、マークは絶対に、俺を軽蔑するだろう。そしてきっと、俺を二度とミニーに近づかせない。ミニーを守るために。
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