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お兄ちゃんの帰りを待ちながら、私は無意識に拗ねた子供のように唇を尖らせていたらしい。
「おい、それやめろよ」
セバスチャンに肘で軽く脇腹を小突かれて、私はさらに唇を尖らせた。彼は諦めたようにフッと笑うと、もう一度私の脇腹を小突く。
「かわいい顔が台無しになるぞ」
彼の何気ない一言が、私の心に突き刺さる。きっと、子供っぽいという意味でかわいいと言ったのだろう。そう分かっていても、どうしても照れてしまう自分が恥ずかしい。
「別にいいんですー。小さい頃からずっとこれやってるもん」
そう言って、私はセバスチャンの脇腹を小突き返した。
「知ってるよ。なんだかんだ言っても、唇尖らせてるのはミニーの好きな仕草の1つだからな」
セバスチャンがこの言葉を放った瞬間、私たちの間の空気が一瞬止まった。
今、一体なんて言った?
気まずそうに咳ばらいをすると、彼は慌てたように再び口を開いた。
「つまり、お前らしい仕草って意味だよ。……それ以上の深い意味はない」
無意味に座る姿勢を整え直しながら、セバスチャンは言った。
わざわざその最後の一言を付け加える必要はあったのだろうか。そんなこと言われなくたって、最初から分かっているのに、あえてその一言を足されると、なんだか妙に心に引っ掛かる。
「だろうね。だってほら、私は私、ジャスミン・ヘイズであって、他の誰でもない。私はいつだって、私なんだから」
どうにか気まずい空気を吹き飛ばそうと、わざと明るいっぽい笑い声を出してみる。セバスチャンも一緒になって笑い声をあげたけれども、目の奥が笑っていないのは明らかだ。
あのキスをなかったことにしようと言ってきたのは彼の方なのに、あれ以降どうも様子がおかしくて、こっちの調子まで狂わされる。
「そう。そういうことだ。ミニーみたいなやつは、世界中のどこを探したって見つからない。お前は唯一無二の存在だからな」
最後の一言を付け足すとき、心なしかセバスチャンの身体に力が入った気がした。まるで、何かを抑え込むみたいな妙な力が。
今度は、私が咳払いをする番だった。いまだに気まずさを感じながらも、彼の顔へと視線を上げれば、向こうも私を見下ろしていた。思いっきり目が合ってしまうと、どうも逸らすことができない。
「あー、この後は何がしたい?」
何気なさを装った問いかけは、私たちの間の妙な空気を申し訳なさそうに漂う。
「えっと、とりあえずお兄ちゃんが戻ってくるのを待つだけかな」
妙な作り笑いをしてから、強い意志で無理やりセバスチャンから視線を引き剥がした。ガヤガヤとうるさい会場を見回していると、3人組の女子生徒がセバスチャンに意味ありげな視線を送っていることに気が付いた。こういう場に慣れていそうな溶け込み方にあの仕草から察するに、3人とも上級生に違いない。
そう、いつだってセバスチャンは磁石みたいに女子の視線を惹きつける。私は小さくため息を漏らすと、またも無理やり口角を引き上げる。
「私なら大丈夫だから、挨拶ぐらいしてきたら?」
あからさまになりすぎないように、私は視線だけで3人組の方を彼に示した。
私の視線を追って3人組を一瞥したセバスチャンは、すぐさま私へと視線を戻した。心なしか、眉間にしわが寄っている気がする。
「本気か?」
ありえない、とでも言いたげな表情で彼は再び座っている姿勢を直す。彼が動くたびに香るコロンが、私の思考を鈍らせようとする。
「俺はお前と一緒にマークを待つんで、一向にかまわないぞ」
私をまっすぐに見下ろす彼の瞳は、まるで何かを伝えようとしているみたいで。その瞳を見つめ続けたら、もう抜け出せないんじゃないかと思った。何から抜け出せなくなるのかは、よく分からないけれども。
「……本気で言ってる。だって、パーティーだよ。挨拶はちゃんとした方が……心象良いでしょ」
お願いだからさっさとあっちに行ってよ、なんて思っていても口には出せなくて。ニコリ、と無理やりに微笑みかける。セバスチャンは何かを疑うみたいな目で私を見てきたけれども、めんどくさそうなため息と一緒に無言で立ち上がった。
「分かった。挨拶だけしてすぐに戻る」
自分が座っていた場所に手近なクッションを置くと、念を押すように改めて顔を近づけてくる。
「絶対に戻ってくるから、どこにも行くんじゃないぞ。分かったな?」
低い声でそう言われた時、再びセバスチャンのコロンが香った。これ以上私の心と頭をかき乱すのは、もういい加減にやめてほしい。
私は3人組の方へと彼のお尻を軽く蹴飛ばす。
「ほら、さっさと行きなよ、4番バッターさん」
私の言葉にセバスチャンは降参したみたいに笑い声をあげながら、女子たちの方へと歩き始めた。途中で私の方を振り向くから、私は手ぶりでさっさと行って、と伝える。肩をすくめつつも歩き続けるセバスチャンの背中を見つめながら、私は大きなため息をついた。
けしかけたのは私の方なのに、実際にセバスチャンが彼女たちの方へと歩き始めた途端、行って欲しくないと思ってしまった私は、大馬鹿者なのかもしれない。空っぽになったソファに残ったセバスチャンの座り跡を、私は空しく見つめた。
ミニーの奴は、一体何を企んでいるんだ?
興味もない女子たちの方へと歩きながら、俺はため息をついた。
別に、女と楽しむこと自体は悪くない。実際、ミニーが大学に入るまではパーティーでこうやって過ごすことは普通だった。何も考えずに気を散らせる上に、一時的な快楽を味わえる。
でもそれは、ミニーがいないときの話だ。ミニーがいるのに、どうして他の女が必要になる?
冗談だと言ってアイツが引き留めてくれるのを期待していた自分が、何とも滑稽だ。
とりあえずこの場はさっさと切り上げて、すぐにアイツのもとに戻って何を考えているのか、じっくり聞きだすしかない。そう頭の中で算段を立てながら、女が好きそうなニヤリとした笑顔を作った。
「おい、それやめろよ」
セバスチャンに肘で軽く脇腹を小突かれて、私はさらに唇を尖らせた。彼は諦めたようにフッと笑うと、もう一度私の脇腹を小突く。
「かわいい顔が台無しになるぞ」
彼の何気ない一言が、私の心に突き刺さる。きっと、子供っぽいという意味でかわいいと言ったのだろう。そう分かっていても、どうしても照れてしまう自分が恥ずかしい。
「別にいいんですー。小さい頃からずっとこれやってるもん」
そう言って、私はセバスチャンの脇腹を小突き返した。
「知ってるよ。なんだかんだ言っても、唇尖らせてるのはミニーの好きな仕草の1つだからな」
セバスチャンがこの言葉を放った瞬間、私たちの間の空気が一瞬止まった。
今、一体なんて言った?
気まずそうに咳ばらいをすると、彼は慌てたように再び口を開いた。
「つまり、お前らしい仕草って意味だよ。……それ以上の深い意味はない」
無意味に座る姿勢を整え直しながら、セバスチャンは言った。
わざわざその最後の一言を付け加える必要はあったのだろうか。そんなこと言われなくたって、最初から分かっているのに、あえてその一言を足されると、なんだか妙に心に引っ掛かる。
「だろうね。だってほら、私は私、ジャスミン・ヘイズであって、他の誰でもない。私はいつだって、私なんだから」
どうにか気まずい空気を吹き飛ばそうと、わざと明るいっぽい笑い声を出してみる。セバスチャンも一緒になって笑い声をあげたけれども、目の奥が笑っていないのは明らかだ。
あのキスをなかったことにしようと言ってきたのは彼の方なのに、あれ以降どうも様子がおかしくて、こっちの調子まで狂わされる。
「そう。そういうことだ。ミニーみたいなやつは、世界中のどこを探したって見つからない。お前は唯一無二の存在だからな」
最後の一言を付け足すとき、心なしかセバスチャンの身体に力が入った気がした。まるで、何かを抑え込むみたいな妙な力が。
今度は、私が咳払いをする番だった。いまだに気まずさを感じながらも、彼の顔へと視線を上げれば、向こうも私を見下ろしていた。思いっきり目が合ってしまうと、どうも逸らすことができない。
「あー、この後は何がしたい?」
何気なさを装った問いかけは、私たちの間の妙な空気を申し訳なさそうに漂う。
「えっと、とりあえずお兄ちゃんが戻ってくるのを待つだけかな」
妙な作り笑いをしてから、強い意志で無理やりセバスチャンから視線を引き剥がした。ガヤガヤとうるさい会場を見回していると、3人組の女子生徒がセバスチャンに意味ありげな視線を送っていることに気が付いた。こういう場に慣れていそうな溶け込み方にあの仕草から察するに、3人とも上級生に違いない。
そう、いつだってセバスチャンは磁石みたいに女子の視線を惹きつける。私は小さくため息を漏らすと、またも無理やり口角を引き上げる。
「私なら大丈夫だから、挨拶ぐらいしてきたら?」
あからさまになりすぎないように、私は視線だけで3人組の方を彼に示した。
私の視線を追って3人組を一瞥したセバスチャンは、すぐさま私へと視線を戻した。心なしか、眉間にしわが寄っている気がする。
「本気か?」
ありえない、とでも言いたげな表情で彼は再び座っている姿勢を直す。彼が動くたびに香るコロンが、私の思考を鈍らせようとする。
「俺はお前と一緒にマークを待つんで、一向にかまわないぞ」
私をまっすぐに見下ろす彼の瞳は、まるで何かを伝えようとしているみたいで。その瞳を見つめ続けたら、もう抜け出せないんじゃないかと思った。何から抜け出せなくなるのかは、よく分からないけれども。
「……本気で言ってる。だって、パーティーだよ。挨拶はちゃんとした方が……心象良いでしょ」
お願いだからさっさとあっちに行ってよ、なんて思っていても口には出せなくて。ニコリ、と無理やりに微笑みかける。セバスチャンは何かを疑うみたいな目で私を見てきたけれども、めんどくさそうなため息と一緒に無言で立ち上がった。
「分かった。挨拶だけしてすぐに戻る」
自分が座っていた場所に手近なクッションを置くと、念を押すように改めて顔を近づけてくる。
「絶対に戻ってくるから、どこにも行くんじゃないぞ。分かったな?」
低い声でそう言われた時、再びセバスチャンのコロンが香った。これ以上私の心と頭をかき乱すのは、もういい加減にやめてほしい。
私は3人組の方へと彼のお尻を軽く蹴飛ばす。
「ほら、さっさと行きなよ、4番バッターさん」
私の言葉にセバスチャンは降参したみたいに笑い声をあげながら、女子たちの方へと歩き始めた。途中で私の方を振り向くから、私は手ぶりでさっさと行って、と伝える。肩をすくめつつも歩き続けるセバスチャンの背中を見つめながら、私は大きなため息をついた。
けしかけたのは私の方なのに、実際にセバスチャンが彼女たちの方へと歩き始めた途端、行って欲しくないと思ってしまった私は、大馬鹿者なのかもしれない。空っぽになったソファに残ったセバスチャンの座り跡を、私は空しく見つめた。
ミニーの奴は、一体何を企んでいるんだ?
興味もない女子たちの方へと歩きながら、俺はため息をついた。
別に、女と楽しむこと自体は悪くない。実際、ミニーが大学に入るまではパーティーでこうやって過ごすことは普通だった。何も考えずに気を散らせる上に、一時的な快楽を味わえる。
でもそれは、ミニーがいないときの話だ。ミニーがいるのに、どうして他の女が必要になる?
冗談だと言ってアイツが引き留めてくれるのを期待していた自分が、何とも滑稽だ。
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