女神の「血の恩寵」

南雲文尾

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茶請け代わりに、気晴らしを・1

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「えー。
 第195回私の夫君ことオアレイオ・ガーリカ卿とその従者マルティーリ・ソルディエ卿に対して異議を申し立てよう友の会会議ー」

「ハイ拍手ー」と、この部屋の主であるクリア・ウィニヘは傍らに立つ侍女ザーリにも拍手を強要する。
 が、当のクリア本人のそれもペチペチと実にやる気のない音を立てている。

「いや、ね?
 確かに『夫たるオアレイオ卿が共同領主となる』という話を了承しなければ、私の『この地の次代の領主たる権利』が周りの諸侯から認めてもらえなかったのは、その通りだったのだけどもね。
 で、私の身の安全を保障するためにも、影武者を置きましょう。そしてその影武者は自分の従者たる騎士が担当します。って言われたときに妙に違和感は感じたけど。感じたんだけれども!」

 だからって、妻たる私をそっちのけにして四六時中「妻のなりをした」従者殿と一緒にいることないじゃないの!? と、いつものようにクリアは大きな声をあげて嘆きながら、目の前の小さな机に上半身を投げ出す。
「…まぁ、オアレイオ様に対してのクリア様の願いといったら一つだけですものね」
「そう。『子作りがしたい』」

『貴族』の結婚は政治だ。庶民のそれとは違う。
 結婚とは、互いに力のある家同士が同盟を組むための一手段である。
 そうやって互いの手を組むことによってもたらされる「安定」はその家に、その家が治める土地により繁栄をもたらすことができる(と、期待される)。
 そして同盟を強固にするために、まず為すべきは次世代にその家の血を繋ぐことなのだ。

 と、『貴族の娘』であるところのクリアはそう思っていたし、周囲の者からそう教育されたし、なんなら義務だとも承知していた。

「この地の先代領主の子供は私だけ。
 だのに私は女だから、周りの土地を治める領主たちからも、『信仰』という形で領主以上に人心を掌握している『女神の騎士団』からもこの地の領主たることを認めてもらえない。
 私に認められたのは、釣り合った家柄の男と結婚して跡継ぎを作ること。それだけ」
「そして、跡継ぎたる男児が生まれるまでは『お前の夫とともに、この地の領主である』ことを認めてやる…でしたね。
 先々代まで遡り、そこから当代まで下れば、男の子孫がいるのに」
「とはいえ傍系だから。
 そちらに領主をお願いしようものなら現状、それを口実にしてこの土地から私たち『一族』が追い出されるでしょうね。
 自分たちの血筋も入っている傍系男性でもこの地の領主になれるのなら、その者に継がせても問題ないはずだろう。と、周りの領主たちは主張するでしょう。
 傍系男性たちの誰かに領主をお願いし、かつ、私たち一族がこの地の領主であり続けるためには、よその領主たちから殴り掛かられても返り討ちにできるだけの、力が必要ね」

「そして、この地にはそんな力なんて、ない」と、部屋の天井を仰ぐクリアに「八方ふさがりですねぇ」と男の声が笑いかける。
 その声にザーリが苛立った様子で返す。

「お前。
 クリア様が何もおっしゃらないことをいいことに、いつもそうやってバカにするのね。吟遊詩人ごときが、忌々しいこと」
「バカになどしておりませんよ。いざとなればクリア様はいつだって私の首など簡単に討ててしまえるお方だ。
 だのに私ごときをそばに置き、自由に発言することを許している。
 これだけでもクリア様が良き領主であることを示す、大きな証拠ではありませんか」

 と、大きな身振りで頭を下げてみせる男…傍仕えの吟遊詩人をクリアは一瞥すると、「それもいつも通りの流れだわね」とため息交じりに笑いつつも器用に片方の眉だけ上げる。

「さて。現状を認識しては嘆くことしかできないのですから、せめて気晴らしをしなければ。
 …とはいえ、私が習い覚えた詩などもはやクリア様もザーリ殿も聞き飽きたでしょう。だからといって新しい詩など、元になる話がなければそうそう作れるものでもありません」
「…何が言いたいの?」ザーリが男を睨みつける。
「大したことではありませんよ。もうすぐ『収穫祭』が開かれるでしょう。
 その時に披露する詩の内容を、どうしようかと思いあぐねているだけです。
 何せこの館にもこの地にも、目新しい話が至る所に…どころか、一つも転がっていないのだから」

 そう言って肩をすくめる男に対してザーリは「なら、お前も用無しね。詩のひとつも生み出せな詩人を飼う余裕など、この館にはないのよ」と冷たく言い放つ。
 そんな二人を見たクリアは、今度は窓の外に視線を移す。

 今年も果物の実りの時期を迎えた。そろそろ収穫も終わる頃だ。
 収穫が終われば7日間に及ぶ「収穫祭」を開いて、その年に実った果物や出来上がったばかりの果実酒とともに、感謝の祈りを「女神」に捧げる。
「収穫祭」の時期が来ると窓の外、眼下に広がる畑も街並みもどことなく心浮き立つように見える。毎年のことだというのに、だ。

 無理もない。と、クリアは思う。

 この地で「水」を求めるなら、井戸を深く掘るしかない。
 そうして得た水だって、どちらかと言えば人間が飲み水のために使うより、この地の名産品でもある果実を育てるために使うほうが優先される。
 なのでこの地に住まう人間にとって、簡単に手に入る飲み水といえば自らの手で作り上げた「果実酒」となるわけで。
 それらは「女神」を信仰し、その教えを広めることを目的としている者たち…自らを「女神の騎士団」と名乗る者たちに言わせると、
「この地で作られる果実酒は、この大地に恵みをもたらした慈悲深き女神の「血の恩寵」なのだ」そうだ。
 そして「収穫祭」はその女神に捧げられた祭りであり、言い換えれば「今年も無事に飲み水を確保することができました。これも女神さまの御慈悲によるもの。感謝いたします」という祭りということになるのだ。と。

 クリア達が住む館は丘の頂上にある。そこから丘の斜面に沿って果物畑が広がる。畑の中に点在する建物はほとんどが収穫した果物を酒に変えるための醸造所だ。
 丘を下り、畑が途切れ途切れになると今度は建物の屋根と煙突が増え始める。
 さらに丘を下った先の谷の底には、街道が整備されている。道沿いに並ぶのは宿と酒場と商店だ。
 そうして街道はこの町の外へと続く。それこそ、クリア達が治める領地の西の端まで途切れることなくずっと続いていく。
 
(収穫祭。収穫祭ね。街道沿いの酒場や店においしい酒と食べ物があふれ、人々の往来も増えて、思い思いに過ごしている。
 歌と、踊りと、演劇と…)と、そんなことをつらつらと思いめぐらせていたクリアはふ、とある思い付きを口にした。
「新しい詩。お前が歌う新しい詩。その元になる話…。
 例えばオアレイオ様とソルディエ卿の話、とか」
「騎士道の話など、これまたいくらでも巷にあふれておりますよ、クリア様。
 女神を厚く信仰する騎士たちが互いに協力し合って、未踏の地に住まう怪物を倒す詩であるとか…聞き覚えがあるでしょう?」
 にべもなく、吟遊詩人は答える。
「騎士たちの熱い友誼の詩も、そうね。
 女神さまに剣をささげた騎士たちが、互いに支えあいながら、次々に降りかかる困難を、見事に解決していく。
 そこに、女の存在などなく、あるのは互いに対する信頼と、女神さまへの深い信仰だけ。
 そんな高潔な騎士たちに娘が好意を寄せたとしても、彼らには届かないの。むしろ困惑するだけ…。

 じゃあ、面白くないわね。

 女の存在、というか好意を寄せる娘の存在なんてなくていいわね。降りかかる困難をもたらす魔女? みたいな? 怪物? が女? なら少しは目新しくなるのかしら?」
「…突然何を言い出すかと思えば…」と、吟遊詩人は少し呆れの入ったような声で笑う。
「いいですか?
 民衆が求めている詩は英雄譚やロマンス、もしくはもめ事です。
 英雄譚やロマンスは主人公にどれほどの困難が降りかかろうとも、最後には必ず勝ち、幸せをつかみとれるのがよい。
 反対にもめ事であれば、下世話であれば下世話であるほうがよい。
 どちらの詩でも聴衆は自らの気持ちの高ぶりを存分に味わった後で、最後に達成感や解放感、多幸感を得たいのです。
 さて、高潔な騎士たちがいます。彼らは『ある目的』があって、旅立つことになる。彼らが最終的に得るものはなんでしょうか?」
「友情努力勝利…じゃ、ただの英雄譚だわね。
 そうね…恋愛恋愛恋愛? 邪魔な女などいない二人だけの世界で幸せ。みたいな?」
「友情努力勝利、でなければ『女神の騎士団』が黙ってはおりませんでしょう。
 というか、普通に『女神様の教え』に引っかかる内容になりかねません」
「詩人の言う通りです。
 同性同士の恋愛だなんて…ただの快楽のための関係なのでしょう? 汚らわしい」と、ザーリが嫌悪感を隠そうともしない声色で吐き捨てる。
「ほら。
 クリア様の筆頭侍女でありかつ、女神さまの教えに従う『従教女(じゅきょうじょ)』たるザーリ殿もこう、仰っています」そう言って、吟遊詩人は肩をすくめた。
「バカにしているの!?」と吟遊詩人に向かって気色ばむザーリを尻目にクリアは、
「英雄譚であればよいのでしょう?
 で、試練を与えるのはそれこそ魔女とか怪物の女とかでいいのよね。
 それを打ち倒すために、厚い友情で結ばれた騎士たちが手を携えて立ち向かう。と」そう呟いて、吟遊詩人の方に体を向ける。
「…魔女もしくは怪物の、目的はなんですか?」何かを思いついたのだろうか。吟遊詩人が腕組みをして、その腕を中指で軽くたたき始めた。
「んー…。食べる。とか、生贄にする、とか」
「なかなかに物騒ですね。そのために誰かを連れ去りました。…か弱い存在。ということになりますね。女性、乙女。になりますか」
「ありがちとは思うけれど、そのあたりかしらね。
 どちらかの騎士の婚約者とか恋人であるところの女性を連れ去ったから、にしましょう。
 なぜ連れ去ったか。というとその女性…乙女は女神様への信仰の篤さゆえに…」
「そこのなぜ。は今回は触れなくてもよいかと。祭りの間の余興として語られる詩であるならば、わかりやすく、ほどよい長さのものがいい。
 そうですね…夕食の支度を始めて、作り終えて家族の前に並べて食べて、食べ終えた食器を流し場へもっていき終わるぐらいの長さぐらいで」
「…となると、すでに女性は連れ去られたところから始めて、魔女を倒すところまで?」
「…いや、魔女は倒されるところまでいかなくてもいい。そこも『この先も旅路は続く。なれど、女神の加護を受けた勇敢な騎士たちならば必ずや魔女を打ち倒し、女性を助け出せるであろう』で終われば十分でしょう」
「では『騎士の前に立ちはだかる試練』とやらは? 困難な道のりを乗り越える。というのも英雄譚ではありがちではないのですか?」
 ザーリが話の輪に加わってきた。
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