2 / 3
茶請け代わりに、気晴らしを・2
しおりを挟む
「ザーリ様。
『ありがち』である。ということは『幾度となく語られても、古びない』ということでもありますよ。
試練や困難を乗り越えて勝利をつかむ…すなわち、成功する。という詩はいつになっても好まれるのです。
現実は、試練や困難を乗り越えたとて次の困難がやってくるだけで、いつまでたっても成功しませんからね。
ということを踏まえての『試練』やら『困難』ですが…クリア様。何か案はおありですか?」
「ええー…? っと、待ってね?
橋が落ちている、とか、丘の上に至る道のりが悪路で、足を踏み外しそうになる…では、弱いわよね。
だからと言って身の丈がこの館ほどあって、頭に角やら牙やらが鋭く生えていて、四つ足だか六つ足だかの全てに鋭い爪とか蹄とかがあって、さらに皮の翼と長い尾を持った怪物が、門番よろしく騎士たちの前に立ちはだかる…では」
「門番のような怪物が出てくるよりは悪路で足を踏み外したのほうが、時間の長さ的にはちょうどよろしいかと。とはいえ、弱いのは確かですね。
では…道に迷ってみましょうか。日が差さぬほど深い森の中、辺りに立ち込める濃い霧、その中を互いを見失わぬよう、手を携えて進む騎士たち」
「馬上にいるのではない…濃い霧の中だから、ということね。ならば、騎士たちは一方の手で手綱を引いて、もう片方の手を繋いでいる。ということ?」
「そうしましょう。
あたりが見えにくい、というこの霧は魔女が作り出した霧だということにしたいのですが…」
「魔女に囚われているという、恋人の偽物が出てくるのはどうかしら? 囚われの身だったけれど、隙を見て逃げ出せたの。とか言って」
「だから、この霧は魔女が生み出したもので、自分ならこの霧の先にある魔女の居場所まで案内できる、恋人たる乙女が騎士たちに告げるのですね?
でも、それも魔女の罠、と」
「いいですね。偽物の乙女なら、騎士たちを襲わせることもできる。
それでは騎士たちがどうやって魔女の罠に気づくことにいたしましょうか?」
「…手を繋がなければ互いがわからないほどの濃霧。行く先が見えない。なら、案内される道の先に底なしの谷に落ちていく崖があったとしてもわからない。
…でも、足元なら?」
「足元。…ああ、足元! 足元の地面に傾斜がついていればわかりますわね。
目では確認できずとも、崖に続いているのであればきっと、足元の地面は緩やかに上がっていっているはず。
騎士ならば気づくでしょうし仮に気づかなかったとしても、手綱を引かれている馬が気づかないはずはない」
「そうして、騎士は恋人たる乙女に問うのです。この先に本当に魔女の館があるのか?と。
乙女は答えます。もちろんですとも。なぜなら私はそこから逃げてきたのだから。
されど、騎士の友たる騎士は重ねて問います。本当にあなたは魔女の館から逃げてきたのか?と。
この濃い霧の中ならば、確かに魔女の目を盗んで逃げることは容易いことでしょう。
しかしながら、逃げ出せたとしてこの深い森の中で私たちの前に『偶然』現れることができるものでしょうか?
私たちと同様あなたとて、この霧の中では辺りを見回してもほとんど何も見えないはず。足元だって悪かったはず。
だのに、あなたはなぜそんなにも汚れなき姿のまま、私たちの前に現れることができたのでしょうか?」
「…乙女は答える。
これこそが、女神さまの加護である。と。
恋人たる騎士の助けになりたいと願う私の祈りに、女神さまが答えてくださったのだ。と」
「んー…。これでは堂々巡りになってしまいそうですね。
乙女と友人の間に挟まれた形となった騎士はどうしたものか? と困ってしまうのでは?」
「ザーリ様がおっしゃる通りです。
恋人の乙女の言は信じたい。けれど、友人が指摘する疑問ももっとも。
同じように恋人たる騎士も迷ってしまう。どうすればいい。そこで、迷った騎士は女神に祈る。
『女神様。どうか哀れな私にお力添えを。この深い霧が晴れるように、私の迷いも晴らしてください』と」
「女神さま頼みですかぁ?」女性二人が同時に呆れたような声をあげる。
「いいのですよ。女神さま頼みで」吟遊詩人がククッと笑う。
「そもそも魔女だの怪物だのが出てきている時点で、この詩は荒唐無稽な内容でしょうに。
だったら解決方法も荒唐無稽なものでよいのですよ。ご都合主義、上等! ってね。
さて。
迷える騎士が女神に対して祈りを捧げた途端、一歩先を見通すことすら難しかった濃い霧があっという間に晴れていった。
と同時に、恋人たる乙女の顔色が目に見えて悪くなり、ほどなくして体を折ったかと思うとうめき声を上げ始めた。
恋人たる騎士が近寄ろうとして…友人の騎士がそれを押しとどめる。
『何をする!?』と気色ばむ騎士に向かって、友人は静かに告げる。
『彼女をよく見るのだ。あれは、本当に君が愛している乙女なのかい?』と」
「友人の一言で、騎士ははっと立ち止まるのね?
そうして恋人たる乙女の方を見ると…体を折って苦しみもがいていた乙女の姿はそこにない?」
「…いなくなる。よりも何か別の姿に変わるほうが、お話としては面白いのはありませんか?
例えば…そう。乙女がいるはずのその場に醜い何者かがいる、とか」
例えば怪物とか、屈強な男がいる、とかみすぼらしい老人がいる、とかと、ザーリは口の中で何やらブツブツと呟き始める。
「怪物…でも面白いですがここは…そうですね…みすぼらしい老人。老女にしましょうか。
そして、その老女こそ、先ほどまで視界を奪っていた霧を発生させた魔女。その人である、と」
「んー、なるほど。そこで魔女は名乗りを上げる。ということになるのね?
そうして先ほどまでの霧は自分が発生させていたものである。と白状する。と。
何故か。騎士たちが霧の中進もうとした道のその先には、彼らが懸念した通り崖があって。そのまま歩めば彼らは崖から落ちるところだった…というあたりになるのかしら」
「そうして自らの悪事を白状した魔女は、騎士たちに討ち取られる、と。
何かしら…こう…おとぎ話よね。ありがち。というか」
「…ま、ありがちですけれどね。きれいには、まとまりますよ」
「『きれいにまとまる』か。けれど…ちょっとつまらないわね。
どうせなら騎士も乙女も魔女が蹴散らして、その後、乙女に成り代わった魔女が行く先々で悪事を働いても面白そうよ?」
クリアの目がキラキラと輝く。一方で、
「…魔女が討ち取られる必要性はあるのでしょうか?
恋人たる乙女は『いずれ取り戻すことができる』としてもよいのですよね?
ならば、正体が騎士たちにばれてしまった時点で不可思議な力を使った魔女が、その場から逃げてしまっても構わないのでは?」
と、ザーリは静かに呟く。
「…ああ、そうね。討ち取られてしまってはダメね。
恋人たる乙女がどこにいるのかをこの時点で知っているのは、魔女だけなのだから」
「詩人」クリアが床の一点を見つめながら、声をかける。何やら思案気だ。
「やはり『なぜ魔女が乙女を攫ったのか』という理由は必要なのではないかしら?
乙女に成り代わった姿で騎士たちの前に魔女が現れるにしても、もっと別の方法を用意するにしても、そもそもの話がないと唐突に出てきて討ち取られて終わったけど、いったい何がしたかったのか。その理由がわからない。と、ならないかしら?」
「魔女が騎士たちによって討ち取られる。という話にしなければよいのですよ。
そう。友人の騎士が魔女を討ち果たそうとするのを、恋人たる騎士が止めればよい。
『ここで魔女を討てば、乙女の居場所がわからない。彼女がどこにいるのかを現時点で知っているのは、この魔女だけだ』
『ああ、その通りさ』魔女は勝ち誇ったかのように笑う。
『お前の恋人は私の元にいるよ。だが、お前たちは私がいる谷底の塔までたどり着けまい。
なぜなら、そこに至る道は埋もれ、橋は全て落ちているからさ。辿り着けるものなら辿り着いてみるがいいさ!』
『谷底の塔!? そんなもの、どこにあるというのだ!』恋人たる騎士が叫ぶ。
魔女は騎士たちを尻目に崖へと向かって走り出し、ためらうことなくその身を空中へと投げ出した。
騎士たちは何が起きたのかわからなかったが、遅れて状況を把握すると慌てて崖から下を覗き込んだ。
すると、その崖の下…谷底と思しき場所に何やら先の尖ったものが見える。
よくよく目を凝らして見てみれば、どうやらあれこそが魔女が言っていた塔のようだ。
塔の屋根の、その先端で何やら蠢くものがある。
今しがた崖下へとその身を投げ出した、魔女だ。
魔女は屋根にある入口を開けて、塔の中へと入っていく。
だが、騎士たちは同時に理解した。
今、崖下の塔へと向かう道がないことを。
彼らは女神さまに願う。
どうか我らの前に道を示したまえ。と」
「すると?」
「空から幾筋もの光が降り注ぐと、岩壁に沿って谷底まで続くらせん状の細い道が出来上がっていた。
『これこそが、慈悲深き女神さまのお力添えだ!』と、騎士たちは女神に感謝の祈りを捧げると、出来上がったばかりの細い道へと向かっていった。
…とまぁ、こういう感じにもできますね」
「これなら当座の騎士たちの目標ははっきりするわね。
女神さまのお力添えもこれぐらいならほどよい…のかしら?」
「そうですね。
誰かを生き返らせるなどというのは『生きる。という行為の集大成として死がある』と教える女神さまならば『できるけれども、決して行おうとはなさらない』行為の一つであるはず。
架空の冒険譚であっても、女神さまの教義に反することは受け入れられません」
「…つまり、道を指し示す。どころか崖沿いに道を作ってしまうぐらいなら女神様の教えに反していない。わよね?」
「はい。大丈夫です。
…道を指し示す。程度で大丈夫だとは思いますけれど」
「まぁ、そこは『架空の冒険譚』なので。祭りの際に披露する話なので多少の荒唐無稽さは必要ということで。
…クリア様? いかがされました?」
「…なんだろう。何か…こう、物足りないわ」
「はい?」吟遊詩人とザーリが同時に声をあげる。
「いえ、ね。
詩人が言う通り、祭りの余興にあまり長い話は歓迎されないのは、その通りなのでしょう。
女神さまの奇跡についても、今の規模ぐらいなら教義に反しないと、ザーリからもお墨付きがでたわ。
でももうちょっとこう…なんというか、こう…捻りが欲しいのよね。
例えば恋人たる乙女を救わんとする騎士に、友である騎士が静かに問いかけるのよ。
『なぜ彼女を助けようとするのですか? 彼女があなたの恋人であるからですか?
そのためにあなたは自らの身を危険にさらすのですか?
…私には、あなたの存在こそが大切です。
例えば、この旅よりもっと過酷な戦場において、あなた以上に私の命を預けられる人はいない』
『かの乙女があなたにとって大切な女性である。ということはわかっています。
けれど…その大切は、あなたが命を懸けるほどの価値があるのですか?
他の乙女でも代わりは務まるのではありませんか?
私には…あなた以上の人などいない。あなたの代わりなど、他の誰にも務まらない!』とか」
「…騎士の『戦場における、かけがいのない仲間』の話を持ち出されると…」
吟遊詩人は顎に手をかけ、天井を向く。そして、
「そうなると『言うな! それ以上は! 私とて、ともに戦場に立つならば君以外には考えられない。君の代わりなど誰にも務まらない! …だが…』と、騎士は下を向き、絞り出すような声で呻く。としかできなくなるのですよね…」と、続けた。
「まぁ…この話の旅だって一歩間違えればどちらかの身が、あるいは二人ともその身が危なかった。といえばそうなのですけれど…とはいえ…」
と、ザーリが受け、
「この話を聞いて聴衆たる若い乙女たちが怒らずにいられるかというと、それは…」
と、吟遊詩人が返す。それに対してクリアは、
「でも、この旅だってある意味『戦場』よ? 友たる騎士は主人公の騎士のことが己以上に大切で大事なのだ。と、伝えているだけよ?」
そう言って、小首をかしげる。
「いや…まぁ…それはそうですけれど…。
えーっと…うん…これぐらいなら…だい、じょうぶ…かなぁ…?」
「そうですね…騎士たちの絆の深さの話であって…これなら、女神さまの教義にかか…らないはず、よねぇ?」
「そうよ? 絆の深さの話よ? 別に子を為す為さないとかの話をしているわけじゃないわよ?」
「いや、確かにそう…なんですけれど…。これぐらい一場面として入ったとしてもまぁ、なんとかできますけれど…」
「なら、入れてしまいましょう。決まり!」
笑顔でそう言い放つクリアを前にして、吟遊詩人もザーリも「…きっと大丈夫だよ。きっと。…たぶん」と、声には出さぬまま互いの顔を見合わせるしかなかった。
そして。
クリアは、吟遊詩人やザーリとそんな話をしたことを「収穫祭」が無事に終わる頃には、すっかりと忘れていた。
それもそうだろう。
この話はクリアにしてみれば単なる「お茶請け代わりの、益体もない話」でしかない。
収穫祭当日に町の人々を楽しませる物語は、本職たる吟遊詩人がそれこそ苦心惨憺して作り上げたようだった。
ザーリは「収穫祭」が終わるまで「従教女」として街中にある「従教院(じゅきょういん)」にて、そこで育てている孤児たちの面倒を見つつ、町の人々をもてなす「奉仕活動」に従事していた。
クリアも「共同領主」として時には表舞台に出て、「収穫祭」の見物にやってきた他の町を治める貴族たちや、商機と見て訪ねてくる商人たちをもてなし、時には裏側に回って、祭りのさ中に出た要望や不満を館の者たちと手分けして解消して回っていた。
町の警備や祭りのさ中の「特に、腕っ節がモノを言う厄介ごと」については夫たるオアレイオ卿に任せていたため、祭りの一日が終わるたびごとに簡単に打合せするという日々でもあった。
そうやって、目が回るような忙しい日々を過ごして「収穫祭」が終わって数日後。
ようやく祭りの喧騒も落ち着き、領主の館の中もいつも通りの静けさが戻る頃、クリアとザーリは吟遊詩人の訪問を受けていた。
『ありがち』である。ということは『幾度となく語られても、古びない』ということでもありますよ。
試練や困難を乗り越えて勝利をつかむ…すなわち、成功する。という詩はいつになっても好まれるのです。
現実は、試練や困難を乗り越えたとて次の困難がやってくるだけで、いつまでたっても成功しませんからね。
ということを踏まえての『試練』やら『困難』ですが…クリア様。何か案はおありですか?」
「ええー…? っと、待ってね?
橋が落ちている、とか、丘の上に至る道のりが悪路で、足を踏み外しそうになる…では、弱いわよね。
だからと言って身の丈がこの館ほどあって、頭に角やら牙やらが鋭く生えていて、四つ足だか六つ足だかの全てに鋭い爪とか蹄とかがあって、さらに皮の翼と長い尾を持った怪物が、門番よろしく騎士たちの前に立ちはだかる…では」
「門番のような怪物が出てくるよりは悪路で足を踏み外したのほうが、時間の長さ的にはちょうどよろしいかと。とはいえ、弱いのは確かですね。
では…道に迷ってみましょうか。日が差さぬほど深い森の中、辺りに立ち込める濃い霧、その中を互いを見失わぬよう、手を携えて進む騎士たち」
「馬上にいるのではない…濃い霧の中だから、ということね。ならば、騎士たちは一方の手で手綱を引いて、もう片方の手を繋いでいる。ということ?」
「そうしましょう。
あたりが見えにくい、というこの霧は魔女が作り出した霧だということにしたいのですが…」
「魔女に囚われているという、恋人の偽物が出てくるのはどうかしら? 囚われの身だったけれど、隙を見て逃げ出せたの。とか言って」
「だから、この霧は魔女が生み出したもので、自分ならこの霧の先にある魔女の居場所まで案内できる、恋人たる乙女が騎士たちに告げるのですね?
でも、それも魔女の罠、と」
「いいですね。偽物の乙女なら、騎士たちを襲わせることもできる。
それでは騎士たちがどうやって魔女の罠に気づくことにいたしましょうか?」
「…手を繋がなければ互いがわからないほどの濃霧。行く先が見えない。なら、案内される道の先に底なしの谷に落ちていく崖があったとしてもわからない。
…でも、足元なら?」
「足元。…ああ、足元! 足元の地面に傾斜がついていればわかりますわね。
目では確認できずとも、崖に続いているのであればきっと、足元の地面は緩やかに上がっていっているはず。
騎士ならば気づくでしょうし仮に気づかなかったとしても、手綱を引かれている馬が気づかないはずはない」
「そうして、騎士は恋人たる乙女に問うのです。この先に本当に魔女の館があるのか?と。
乙女は答えます。もちろんですとも。なぜなら私はそこから逃げてきたのだから。
されど、騎士の友たる騎士は重ねて問います。本当にあなたは魔女の館から逃げてきたのか?と。
この濃い霧の中ならば、確かに魔女の目を盗んで逃げることは容易いことでしょう。
しかしながら、逃げ出せたとしてこの深い森の中で私たちの前に『偶然』現れることができるものでしょうか?
私たちと同様あなたとて、この霧の中では辺りを見回してもほとんど何も見えないはず。足元だって悪かったはず。
だのに、あなたはなぜそんなにも汚れなき姿のまま、私たちの前に現れることができたのでしょうか?」
「…乙女は答える。
これこそが、女神さまの加護である。と。
恋人たる騎士の助けになりたいと願う私の祈りに、女神さまが答えてくださったのだ。と」
「んー…。これでは堂々巡りになってしまいそうですね。
乙女と友人の間に挟まれた形となった騎士はどうしたものか? と困ってしまうのでは?」
「ザーリ様がおっしゃる通りです。
恋人の乙女の言は信じたい。けれど、友人が指摘する疑問ももっとも。
同じように恋人たる騎士も迷ってしまう。どうすればいい。そこで、迷った騎士は女神に祈る。
『女神様。どうか哀れな私にお力添えを。この深い霧が晴れるように、私の迷いも晴らしてください』と」
「女神さま頼みですかぁ?」女性二人が同時に呆れたような声をあげる。
「いいのですよ。女神さま頼みで」吟遊詩人がククッと笑う。
「そもそも魔女だの怪物だのが出てきている時点で、この詩は荒唐無稽な内容でしょうに。
だったら解決方法も荒唐無稽なものでよいのですよ。ご都合主義、上等! ってね。
さて。
迷える騎士が女神に対して祈りを捧げた途端、一歩先を見通すことすら難しかった濃い霧があっという間に晴れていった。
と同時に、恋人たる乙女の顔色が目に見えて悪くなり、ほどなくして体を折ったかと思うとうめき声を上げ始めた。
恋人たる騎士が近寄ろうとして…友人の騎士がそれを押しとどめる。
『何をする!?』と気色ばむ騎士に向かって、友人は静かに告げる。
『彼女をよく見るのだ。あれは、本当に君が愛している乙女なのかい?』と」
「友人の一言で、騎士ははっと立ち止まるのね?
そうして恋人たる乙女の方を見ると…体を折って苦しみもがいていた乙女の姿はそこにない?」
「…いなくなる。よりも何か別の姿に変わるほうが、お話としては面白いのはありませんか?
例えば…そう。乙女がいるはずのその場に醜い何者かがいる、とか」
例えば怪物とか、屈強な男がいる、とかみすぼらしい老人がいる、とかと、ザーリは口の中で何やらブツブツと呟き始める。
「怪物…でも面白いですがここは…そうですね…みすぼらしい老人。老女にしましょうか。
そして、その老女こそ、先ほどまで視界を奪っていた霧を発生させた魔女。その人である、と」
「んー、なるほど。そこで魔女は名乗りを上げる。ということになるのね?
そうして先ほどまでの霧は自分が発生させていたものである。と白状する。と。
何故か。騎士たちが霧の中進もうとした道のその先には、彼らが懸念した通り崖があって。そのまま歩めば彼らは崖から落ちるところだった…というあたりになるのかしら」
「そうして自らの悪事を白状した魔女は、騎士たちに討ち取られる、と。
何かしら…こう…おとぎ話よね。ありがち。というか」
「…ま、ありがちですけれどね。きれいには、まとまりますよ」
「『きれいにまとまる』か。けれど…ちょっとつまらないわね。
どうせなら騎士も乙女も魔女が蹴散らして、その後、乙女に成り代わった魔女が行く先々で悪事を働いても面白そうよ?」
クリアの目がキラキラと輝く。一方で、
「…魔女が討ち取られる必要性はあるのでしょうか?
恋人たる乙女は『いずれ取り戻すことができる』としてもよいのですよね?
ならば、正体が騎士たちにばれてしまった時点で不可思議な力を使った魔女が、その場から逃げてしまっても構わないのでは?」
と、ザーリは静かに呟く。
「…ああ、そうね。討ち取られてしまってはダメね。
恋人たる乙女がどこにいるのかをこの時点で知っているのは、魔女だけなのだから」
「詩人」クリアが床の一点を見つめながら、声をかける。何やら思案気だ。
「やはり『なぜ魔女が乙女を攫ったのか』という理由は必要なのではないかしら?
乙女に成り代わった姿で騎士たちの前に魔女が現れるにしても、もっと別の方法を用意するにしても、そもそもの話がないと唐突に出てきて討ち取られて終わったけど、いったい何がしたかったのか。その理由がわからない。と、ならないかしら?」
「魔女が騎士たちによって討ち取られる。という話にしなければよいのですよ。
そう。友人の騎士が魔女を討ち果たそうとするのを、恋人たる騎士が止めればよい。
『ここで魔女を討てば、乙女の居場所がわからない。彼女がどこにいるのかを現時点で知っているのは、この魔女だけだ』
『ああ、その通りさ』魔女は勝ち誇ったかのように笑う。
『お前の恋人は私の元にいるよ。だが、お前たちは私がいる谷底の塔までたどり着けまい。
なぜなら、そこに至る道は埋もれ、橋は全て落ちているからさ。辿り着けるものなら辿り着いてみるがいいさ!』
『谷底の塔!? そんなもの、どこにあるというのだ!』恋人たる騎士が叫ぶ。
魔女は騎士たちを尻目に崖へと向かって走り出し、ためらうことなくその身を空中へと投げ出した。
騎士たちは何が起きたのかわからなかったが、遅れて状況を把握すると慌てて崖から下を覗き込んだ。
すると、その崖の下…谷底と思しき場所に何やら先の尖ったものが見える。
よくよく目を凝らして見てみれば、どうやらあれこそが魔女が言っていた塔のようだ。
塔の屋根の、その先端で何やら蠢くものがある。
今しがた崖下へとその身を投げ出した、魔女だ。
魔女は屋根にある入口を開けて、塔の中へと入っていく。
だが、騎士たちは同時に理解した。
今、崖下の塔へと向かう道がないことを。
彼らは女神さまに願う。
どうか我らの前に道を示したまえ。と」
「すると?」
「空から幾筋もの光が降り注ぐと、岩壁に沿って谷底まで続くらせん状の細い道が出来上がっていた。
『これこそが、慈悲深き女神さまのお力添えだ!』と、騎士たちは女神に感謝の祈りを捧げると、出来上がったばかりの細い道へと向かっていった。
…とまぁ、こういう感じにもできますね」
「これなら当座の騎士たちの目標ははっきりするわね。
女神さまのお力添えもこれぐらいならほどよい…のかしら?」
「そうですね。
誰かを生き返らせるなどというのは『生きる。という行為の集大成として死がある』と教える女神さまならば『できるけれども、決して行おうとはなさらない』行為の一つであるはず。
架空の冒険譚であっても、女神さまの教義に反することは受け入れられません」
「…つまり、道を指し示す。どころか崖沿いに道を作ってしまうぐらいなら女神様の教えに反していない。わよね?」
「はい。大丈夫です。
…道を指し示す。程度で大丈夫だとは思いますけれど」
「まぁ、そこは『架空の冒険譚』なので。祭りの際に披露する話なので多少の荒唐無稽さは必要ということで。
…クリア様? いかがされました?」
「…なんだろう。何か…こう、物足りないわ」
「はい?」吟遊詩人とザーリが同時に声をあげる。
「いえ、ね。
詩人が言う通り、祭りの余興にあまり長い話は歓迎されないのは、その通りなのでしょう。
女神さまの奇跡についても、今の規模ぐらいなら教義に反しないと、ザーリからもお墨付きがでたわ。
でももうちょっとこう…なんというか、こう…捻りが欲しいのよね。
例えば恋人たる乙女を救わんとする騎士に、友である騎士が静かに問いかけるのよ。
『なぜ彼女を助けようとするのですか? 彼女があなたの恋人であるからですか?
そのためにあなたは自らの身を危険にさらすのですか?
…私には、あなたの存在こそが大切です。
例えば、この旅よりもっと過酷な戦場において、あなた以上に私の命を預けられる人はいない』
『かの乙女があなたにとって大切な女性である。ということはわかっています。
けれど…その大切は、あなたが命を懸けるほどの価値があるのですか?
他の乙女でも代わりは務まるのではありませんか?
私には…あなた以上の人などいない。あなたの代わりなど、他の誰にも務まらない!』とか」
「…騎士の『戦場における、かけがいのない仲間』の話を持ち出されると…」
吟遊詩人は顎に手をかけ、天井を向く。そして、
「そうなると『言うな! それ以上は! 私とて、ともに戦場に立つならば君以外には考えられない。君の代わりなど誰にも務まらない! …だが…』と、騎士は下を向き、絞り出すような声で呻く。としかできなくなるのですよね…」と、続けた。
「まぁ…この話の旅だって一歩間違えればどちらかの身が、あるいは二人ともその身が危なかった。といえばそうなのですけれど…とはいえ…」
と、ザーリが受け、
「この話を聞いて聴衆たる若い乙女たちが怒らずにいられるかというと、それは…」
と、吟遊詩人が返す。それに対してクリアは、
「でも、この旅だってある意味『戦場』よ? 友たる騎士は主人公の騎士のことが己以上に大切で大事なのだ。と、伝えているだけよ?」
そう言って、小首をかしげる。
「いや…まぁ…それはそうですけれど…。
えーっと…うん…これぐらいなら…だい、じょうぶ…かなぁ…?」
「そうですね…騎士たちの絆の深さの話であって…これなら、女神さまの教義にかか…らないはず、よねぇ?」
「そうよ? 絆の深さの話よ? 別に子を為す為さないとかの話をしているわけじゃないわよ?」
「いや、確かにそう…なんですけれど…。これぐらい一場面として入ったとしてもまぁ、なんとかできますけれど…」
「なら、入れてしまいましょう。決まり!」
笑顔でそう言い放つクリアを前にして、吟遊詩人もザーリも「…きっと大丈夫だよ。きっと。…たぶん」と、声には出さぬまま互いの顔を見合わせるしかなかった。
そして。
クリアは、吟遊詩人やザーリとそんな話をしたことを「収穫祭」が無事に終わる頃には、すっかりと忘れていた。
それもそうだろう。
この話はクリアにしてみれば単なる「お茶請け代わりの、益体もない話」でしかない。
収穫祭当日に町の人々を楽しませる物語は、本職たる吟遊詩人がそれこそ苦心惨憺して作り上げたようだった。
ザーリは「収穫祭」が終わるまで「従教女」として街中にある「従教院(じゅきょういん)」にて、そこで育てている孤児たちの面倒を見つつ、町の人々をもてなす「奉仕活動」に従事していた。
クリアも「共同領主」として時には表舞台に出て、「収穫祭」の見物にやってきた他の町を治める貴族たちや、商機と見て訪ねてくる商人たちをもてなし、時には裏側に回って、祭りのさ中に出た要望や不満を館の者たちと手分けして解消して回っていた。
町の警備や祭りのさ中の「特に、腕っ節がモノを言う厄介ごと」については夫たるオアレイオ卿に任せていたため、祭りの一日が終わるたびごとに簡単に打合せするという日々でもあった。
そうやって、目が回るような忙しい日々を過ごして「収穫祭」が終わって数日後。
ようやく祭りの喧騒も落ち着き、領主の館の中もいつも通りの静けさが戻る頃、クリアとザーリは吟遊詩人の訪問を受けていた。
0
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる