女神の「血の恩寵」

南雲文尾

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茶請け代わりに、気晴らしを・3

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「え? あの話、騎士たちに好評だったの? 本当に?」

 クリアは自身の執務室に吟遊詩人を通した。
 クリアの傍らにはザーリが控えている。
 吟遊詩人は挨拶もそこそこに、彼らが作り出した話の評判を二人に伝えた。

「…まぁ、はい。
 彼らが言うには、これまで『恋人たる乙女より、戦場で命を預けられる仲間が大事ではないのか?』ということをあれほどはっきりと問い質してくれた話はなかった。
 そのことが表立っては言えないけれど、嬉しかったのだ。そうです」

 と、詩人は何とも言えない…強いて言えば「美味いとは感じられない飲み物を口にした」かのような表情を浮かべていた。

「あー…、そう、なの?」

 聞いたクリアもまた、ちょっと意外な人物たちにうけたなぁ…という顔だ。
「ちょっと変わった要素を入れてはみたけれど、大筋は冒険譚でしょう?
 しかも目的は『恋人を助けに行く』というもので…どちらかというと、女性受けするだろうな。って思っていたのに」
「それ…なんですけれども」

 詩人が「言ってもいいものか」という顔を見せる。

「まぁ…若い女性にもそれなりに好評だったのですが…その、どちらかというと助け出される恋人と自分を重ね合わせた女性より、友人たる騎士の献身に心をときめかせる女性がむしろ熱心で…」

 吟遊詩人によれば、あの祭りの後で「あの話の続きはどうなるのか?」「騎士たちは目的を達するのか?」と、聞く者もあるが、中には「あの友人がいっそ憐れだ」とか「乙女は助けだされて幸せになるに決まっているのだから、あの友人の騎士の献身が報われてほしい」と密かに伝えてくる騎士や若い娘がいるのだそうだ。

「うーん…まぁ、助けだされる予定の乙女、を、はっきりと出したわけではないものね」
「むしろ、敵役たる魔女。のほうが目立っておりましたでしょう?」

 と、ザーリも話の輪に加わる。

「恋人たる乙女の立場に自身を重ねる娘もいるらしいですが、友人たる騎士の立場に自身を重ねる娘や、何なら『騎士二人を手玉に取って見せた』魔女の活躍に密かに心躍ったという娘がいる、という話も、ちらほらと…」

 領主の館内や「女神の騎士団」が「女神の教え」を広めるための施設である「従教院」の建物の中で、女たちが仕事の合間の休憩中に話していることがあった。とザーリは言った。

「定番の話の流れに沿って作り上げていったほうが『聴衆が飽き始める前に話が終わる」し、少し変わった要素を入れたほうが『聴衆の興味をひきやすい』かと思って入れてもらったのだけど…」
「狙いとしては間違えてないと思いますよ。実際、その場限りの歓声だけではなくて終わった後から感想をもらえるなど今までほとんどなかったのですから」

 声を掛けられ感想をもらえた立場の吟遊詩人はその時のことを思い出したのか、そっと笑う。

「とはいえ…女神の教えに従う私としては、ちょっと受け入れがたいものが。
 互いに背中を預ける騎士の絆というものは頼もしいものではありますが、だからといって子を産み育てる乙女を軽んじていいという考え方に繋がるのではないかと思うと…」
「ザーリ、それはちょっと考えすぎよ」

 クリアが手をひらひらと振る。

「だって『恋人たる乙女』の代わりなど、いくらでもいるではありませんか。
 最終的に『子を為すこと』が目的ならば極端な話、若い女性なら誰でもいい。
 それに対して『背中を預けられる朋輩』という存在は求めても得られるものではない。
 自分と同じ強さと同じ志を持ち、ともに手を携えて進み、目の前の敵を屠る。
 そして共に死地をくぐり抜けたことを喜び、また共に戦うことを誓い合う…これぞまさに『友情努力勝利』。
 日々の鍛錬を積み重ねるのも戦で生き残ることはもとより、手を携えて進むことを誓った友を救うため」
「? ザーリ殿?」

 吟遊詩人がけげんな表情を浮かべる。

「そんな二人の前に現れるは『恋人たる乙女』。
 見目麗しく心清らかな乙女と自らの背を預けるに足る友。そんな二人の恋路を見守り祝福しながら一抹の寂しさも感じる騎士。
 だけれど騎士は知っている。友が何を喜び何に怒り、何を悲しみ何に楽しみを見出すのか。
 それこそ、恋人たる乙女よりも。だって誰よりもずっと友とともにあったのは自分なのだから。
 だからこそ、友たる騎士と恋人たる乙女が微笑みあうのを見つめながらも彼は思うの。
『ああ、友よ。なんと薄っぺらい笑顔であることか。乙女よ。あなたに彼の何がわかるというのですか。
 今まさに、私ははっきりと確信しました。彼の本心からの笑顔を引き出せるのは、この私以外にいない』と」

 と、そこまで一気に語り終えたザーリは、うっとりとした表情を浮かべながら胸の前で両手を組んで、天井を仰ぎ見ている。
 その一方でそんなザーリの姿を見た吟遊詩人は「ザーリ殿…それは『女神さま』の教えに反するのではありませんか…?」と腰が若干、引き気味になっている。
 クリアもザーリの姿を見ていったい、何事が起きたのか? とは感じたが、かぶりを一つ振る。

「まぁあ…いろいろと反響があったのなら、少なくとも領民は楽しんでくれた。ということだものね。
 それで良し。と、しましょう。
 さて。祭りが終わったら今度は会議の時間よ…毎年のことではあるけれど」

 と、言うクリアの口調は明るいが、だんだんと眉間に立て皺が寄る。

「ご親族が一堂に会して、今年の果実の収穫量と果実酒の出来具合の報告会。でしたね」

 吟遊詩人の言葉に、だが、クリアは小さくため息をつく。

「果実の出来と果実酒の出来にかこつけて、いつも通りの腹の探り合いよ」
「とはいえ、おざなりにはできません。ここで『共同領主』としての力量を見せなければ…」
 
 ザーリは案ずる様子を見せる。

「そう。噛みつかれるのはいつものことだけれど、他の町の領主たちに隙を見せるような真似は…例え親族同士であったとしても、食われるような隙を与えるわけにはいかないの。
 ま、食われてやるつもりもないけれどね。
 …さて、また忙しくなるわよ。
 もうご存じでいらっしゃるとは思うけれど、オアレイオ様達にも声をかけなければ」

 クリアのその言葉にザーリと吟遊詩人が頷いた。

* * *

「オアレイオ様、クリア様より『親族会議』開催の日程を話し合いたいと」
「もう、そんな時期か…」

 オアレイオはそう呟いて窓の外を見やる。

「マルティ。
『親族会議の日程は、そちらで決めてくれ』と、クリア殿に伝えてくれ。
 こちらは従うから、とな」
「…かしこまりました」

 少し間をおいて答えるマルティーリに対し、オアレイオは静かに「…不満か?」と問うた。

「いえ。何か、お考えあってのことだと」
「考えも何も、私の考え方はこの地に来た時から何も変わってはいないさ。
『クリア殿には手を出さない』…私にできるあの方への、きっと唯一の詫び方さ」
「…。
 クリア様のお父君の一件については、オアレイオ様の責任ではない。と、今でも私は考えているのですが」
「それでも。さ」
 
 オアレイオは視線を下げて、笑う。

「幼かったクリア殿とその母君の目の前で我が家の者があのような…騙し討ちのような形で、彼女の父君の命を奪ったんだ。
 俺が手を下したわけではない。それでも」

『父親の仇』に連なる家の男と子作りだなんて、彼女は望まないだろう?
 
 そう続ける主君に対して、マルティーリは心中密かにため息をつく。

「…領地を治める家の者としては、他家の領土を奪ってでも自家の領土を広げることこそ、存在意義ではありませんか?」

 オアレイオはマルティーリを一瞥してから、再び窓の外を見る。
 谷の底からにぎやかな声はもう聞こえない。窓の外に広がる果樹園の木はそろそろ葉を落とし始めるころだ。

「俺たちの故郷は、人が安心して住める土地が少なすぎる。森と崖しかない」
「ええ。
 だからこそオアレイオ様の家…北の『女神の肉』の地の領主家は、この地をかすめ取ろうとした。
『領民が安心して住める土地を広げる』ために。
 東の『女神の骨』の地はすでに、『女神の騎士団』の直轄地ですしね」
「俺たちは強い。
 だが『女神の騎士団』はもっと強い。
 そしてここ…西の『女神の血』の領民と敵対したいわけじゃない」
「そのための『共同領主』制でしょう?」
「ま。
 他の家や『女神の騎士団』としては『前領主の唯一の娘と娶せることで、領主家直系男子の血を残す』相手としての俺。だろうけどな。
 それでも…」
「オアレイオ様が納得できない。
 ですが、クリア様のお考えはそうではないようですが?
『オアレイオ様と子作りしたい』と、公言してはばからないのですし」
「対外的な姿勢かもしれないだろう?
 …まぁ、クリア殿が何を考えているのかなど、本人にしかわからないことではあるがな」
「おっしゃる通りです。
 最近では、彼女付きの吟遊詩人らとともに『収穫祭』の折に披露する『詩』を作られていましたが」
「あの、受け取りようによっては友人の幸せなど二の次だ。と考えている、騎士が出る話か?」と、ギョッとした顔でオアレイオが問うと、
「女神さまへの確かな信仰心こそが、奇跡を呼ぶ…という話だと思っていたのですが…」と、こちらはこちらで「想定外だ」と言わんばかりの顔をしてマルティーリが返す。
「ええ…? そういうものか?
 詩のなかで『あなたを失えば私は最良の友を失ってしまう。恋人たる乙女の代わりなど、他にもいるではありませんか』とはっきりと問いただしていただろう? あの友人の騎士は」
「それにこたえて主人公たる騎士は呻きながらも『私には君が必要だ。だが、彼女も大切なのだ。天秤の皿のそれぞれに君たちを乗せることなどできない。もしそうなってしまったというなら、その天秤ごと私が奪う!』と堂々と宣言しておりましたね」
「強欲だな。とは思ったがな」
「…オアレイオ様は、そう、なさらないのですか?」
  
 マルティーリは静かに問う。
 オアレイオは沈黙することを選んだ。

「最も信頼する友を失いたくない。というあの友人たる騎士の願いは切実なものでしょう。
 だからといって、今まさに危険を冒してまで恋人たる乙女を助けようとする友人に向かって『恋人の代わりなどいくらでもいる』と言ってしまうのは、どうかしている。と思います」
「己の友人の強さ…を、正当に評価していない。か」
「友人にとっての勝利の源。
 それは恋人たる乙女への愛であることは明らかかと」
「なるほど…。ああ、そうか。
 あの主人公の騎士にしてみればそれこそ『友人たる騎士の代わりなど、他にも』いたとしても、何らおかしくはないはずなんだよな」

 マルティーリは主君にそう言われて一瞬面くらったような顔をみせたが、そのうち「あー…」と声をあげた。
「恋人を切り捨てよ、と言うのならお前など友人ではない。と」
「友人が大事にしているものを切り捨てよ。と面と向かって迫るヤツは同時に、自分も友人から切り捨てられても文句は言えない。と、俺は思うのだ」

 まぁ、主人公たる騎士はどちらも自分のものとする。と言ってのけたわけだが。と続けてオアレイオは「…興味深いな」と呟いた。

「クリア殿にせよ、彼女の周りの連中にせよ、そこまで考えて詩を作ったわけじゃあないだろう。きっと。
 だけど、受け取り方によってさまざまな解釈が生まれている。
 祭りの余興に作ったという割には、俺はなかなか楽しまさせてもらった。
 評価としては、それでいいんじゃないか?
 それとも…」

 オアレイオはひた、とマルティーリの瞳に視線を合わせる。

「お前も、俺に切り捨てられるやも。と、危惧したか?」
「…あり得ませんね」

 あなたは。
 あなたから切り捨てられるわけがないと信じて疑わない私を、簡単に切り捨てられるような人ではありませんから。
 そう静かに言って、マルティーリはほほ笑んだ。
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